「うつくしいもの」への憧れがデザインへの力になる
クリエイティブサロン Vol.175 今村航氏

大好きな音楽や風景やアニメの話から始まった今回のクリエイティブサロン。登壇したのは、経営学部という畑違いからデザイナーになったMERRY BEETLEの今村航氏。奥深いデザインの世界で、道に迷ったり壁にぶつかったりする今村氏を引き上げてくれるのはいつも、大好きなものへの純粋な憧れだったという。紆余曲折のこれまでと現在の想いについて、素直な感動や失敗談を交えながらありのままに話してくれた。

今村航氏

畑違いから飛び込んだデザインの世界

幼少期は図鑑を見ては絵を描き、中学時代は不良に憧れ、高校生でゲーテを読む。まるで一貫性がないように見える今村氏の少年時代は、いつも「かっこいいもの」を求める衝動から始まっている。その衝動がデザインと結びついたのは、大学4年生の時。経営学部に在籍し、就職活動では銀行員の父と同じ道を歩もうとするも、どうしても興味が湧かない。マジメに自己分析をして行き着いたのが、図鑑やロケット、スター・ウォーズという、少年の頃からずっと抱き続けていた「かっこいいもの」への憧れだった。そして「かっこいいものやうつくしいものを自分の手でつくりたい」という想いひとつでデザインの道を志す。

しかし、印刷会社やデザイン会社への就職を志望するも、芸大出身のライバルがひしめくなかで、今村氏の出身は畑違いの経営学部。内定は取れなかった。そこで「せめて、かっこいいものづくりをしている会社に入ろう」と、国内有数のサイン・ディスプレイメーカーに入社した。

入社後は店舗・企業のサイン制作に営業マンとして携わっていた今村氏だが、社内のデザイナーや企画部の仕事を見るうちに、自らもデザインをしたいと考えるように。覚えたてのIllustratorやPhotoshopを使ってドローイングをしたりCDのビジュアルを作ったり、趣味で自由に表現することに没頭していった。初めて「作品」と言えるものも完成した。それが、音楽をタイポグラフィーで表現したグラフィック作品「Sympho Type」。できあがった作品を見て、「これを仕事にしたい」という衝動がとうとう抑えきれなくなった。

「デザインとは何か」という問いに悩む日々

企業での安定した収入を捨て、デザインの専門学校へ入学し、いざ再出発。そこで初めて、表面的な美しさだけがデザインではない、という新しい気づきを得たという。「著名なデザイナーたちの作品から感銘を受けて、機能や面白さ、やさしさなど背景に流れる文脈まで汲み取ったデザインをしたいと考えるようになりました」

卒業制作では、初めての作品である「Sympho Type」を仕上げて提出した。それは今村氏にとって、「デザインをしたい」という欲求を生んだ大切な原点。ただ、入学前に制作した作品だったため、冊子や動画を用いて制作の意図を審査員に説明したという。今村氏は、この作品で見事グランプリを獲得した。審査員の中には「学校で得た学びを生かさないのか」と批評する声もあったそう。しかし、総評では、「作品の意図を説明した。そのコミュニケーションがデザインだった」と評価されていた。今村氏は後に、この言葉の意味を身をもって味わうことになる。

今村航氏の卒業制作
専門学校の卒業制作「Sympho Type」

卒業後は、「かっこいい表現ができる会社に入るぞ」と意気込んだものの、就職活動は全滅。その理由を今村氏は「表現ばかりを追い求めていたから」と分析している。その後、デザイン事務所やフリーランスとしてデザインを経験する中で、いくつものターニングポイントを迎える。

その一つが、「拾われて」入社したというデザイン事務所の社長との出会いだった。「デザインは氷山だと言われました。コンセプトを水面下で積み上げ、最後の最後にアウトプットされた部分が表現になる。目に見えるのはほんの一部だけど、実際は氷山全てがデザインだ、と」。それは、表現にこだわる今村氏とは真逆の考えだった。「“自分”を出そうとするな、とも言われましたね。その意味を頭で理解することはできましたが、混乱もしました」と素直に当時を振り返る。

さらに混乱を深めたのが、ある有名デザイナーからの言葉。スタッフ募集をきっかけに会うことになり、今村氏の作品を一通り見終えたそのデザイナーが指摘したのは、表現の拙さだった。「我々の後は追わなくていい。君の自由に表現すればいい」

専門学校での卒業制作で得た総評、デザイン事務所での社長の信念、有名デザイナーからの突き放すような言葉。それらは今村氏に、「デザインとは何か」という問いをつきつけ、悩ませた。

泥臭い現場で見えた「うつくしいもの」

答えが見え始めたのは、次に勤めたインテリアデザイン事務所での仕事がきっかけだった。店舗の内装やロゴ、看板などのトータルデザインを行う会社で、今村氏はグラフィックデザインを担う一方、設計図面を引き現場で施工管理も行った。主戦場は、男気あふれる職人が汗を流す、埃っぽい工事現場。「うつくしい」とは真逆の世界だ。それでも、最後にはおしゃれな店舗に生まれ変わる、そのギャップが面白い。「事務所の代表は、デザインをあれこれ言うことは一切ありませんでした。でも、料理の動線やお客さんからの厨房の見え方、メニューの価格までを考えて店を創ることができる人。デザインってこういうことかと、目からウロコでした」と今村氏。

さらに、デザインを手掛けた店舗のオープン初日、緊張で声が出なくなるアルバイト達に対して、店のオーナーが明るく声をかけている姿を見て感銘を受けたという。「『声を出せ』ではなく『元気?』と声をかける、そのやりとりがかっこいい。それに、店にかけるオーナーの想いそのものが美しいんです。表現云々じゃなく、それら全部をひっくるめてデザインなんだと考えるようになりました」

自身もまた、職人が気持ちよく働ける雰囲気をつくるため、現場でのコミュニケーションを重視し、表現だけにとどまらないクリエイティブを実践していった。

割烹料理「利他」のロゴ
ロゴデザインを手がけた割烹料理店「利他」

人の熱い想いにデザインの力を尽くしたい

現在今村氏は、デザイン事務所「MERRY BEETLE」でチーフデザイナーを務める。同社のコンセプトは「うつくしいものをつくりたい」。これは、代表の志波大輔氏と何度もデザインの本質について語り合うなかで生まれたコンセプトだ。一見、「表面的な美しさだけがデザインではない」という考えと矛盾しているように思える。しかし、今村氏にとってのクリエイティブの原点は、やはり「うつくしいもの」を追い求める衝動にある。「それが僕たちを引っ張ってくれているんです。表現だけがデザインではないけれど、最終的にうつくしい表現を追求することは絶対に諦めません」。提案したデザインが顧客に受け入れられないこともあるが、揺るぎない動機があるからこそ、腐らず、前へ進める。

今村氏がめざすのは「うつくしい想いを持つ人とうつくしいものを作ること」。その一例が、完全予約制の割烹料理店のロゴデザインだ。「利他」という店名から、ポジティブな連鎖の無限の広がりを表現したという、魚の鱗のようなロゴ。それが、お品書きやのれん、敷紙など店内のあちこちに添えられている。「店主が何年も修行してようやく持つ、初めてのお店。店主の想いが詰まった小さなお店のすみずみにまで、僕たちの力を思いきり使いたいですね」

サロンの終盤、参加者から「デザインで心がけていることは?」と問われ、「常に自分のデザインを疑い、時間いっぱいまで推敲すること」と答えた今村氏。一つひとつの案件に感情移入して全力投球する熱い姿勢から、クリエイティブの底力を感じたサロンだった。

イベント風景

イベント概要

35歳、デザイナーのよもやま話。
クリエイティブサロン Vol.175 今村航氏

今年で35歳になりました。25歳からデザインという世界に入り、なんだかんだと10年が経ちます。格好いいもの、綺麗なものが作りたい! そんな子供っぽい想いで飛び込んだデザインの世界は底知れず深く、日々分からないこと、知らないことが増えていくばかりです。

畑違いのところからデザイナーになり、グラフィック、インテリアと少しずつ領域を動きながら過ごしてきたこれまでと現在、そしてこれからやりたいことなど、ボツになったワークスも含めて素直にお話しできたらと思います。先輩方、同級生達、そして若い方々、当日はきっとガチガチですがホットな気持ちで受け止めていただけると嬉しいです。

開催日:2020年8月17日(月)

今村航氏(いまむら わたる)

MERRY BEETLE / グラフィックデザイナー

大学卒業後、サイン・ディスプレイメーカーの営業、デザイン専門学校、グラフィック、インテリアデザイン事務所を経て現職。現在は主に企業・店舗のVI、化粧品パッケージなどのグラフィックデザインを担当しています。「うつくしいものをつくりたい」そんな、シンプルなデザインの初期動機を大切にお仕事に取り組んでいます。

山ほどある好きなものから数個選ぶなら、居酒屋とウィンドウショッピングと3000m級の山の景色です。

https://merrybeetle.jp/

今村航氏

公開:
取材・文:山本佳弥氏

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