ピクニックコーディネーターが生む、街を舞台にした“つどい”のデザイン
クリエイティブサロン Vol.132 對中剛大氏
ランドスケープデザイナーとして活躍するかたわら、飲食店のプロデュースや食育事業のディレクション、さらには料理の腕前を活かしてイベントの企画・運営を行なうタイナカ_オフィスの對中剛大氏。一見すると多彩な活動に驚かされるものの、じっくり話を聞くと「ピクニック」という言葉がキーワードになっていることが分かる。
誰もが気軽に行うピクニックをコーディネートするとは? そもそもピクニックの意味とは? 132回目の開催となるこの日は、「ピクニックコーディネーター」との肩書に興味を持った参加者が集まり、對中氏の話に熱心に耳を傾けた。
価値観を変えたフランス・パリでの風景
もともとランドスケープデザインの事務所に務め造園設計、空間設計を行っていた對中氏。もう一つの肩書「ピクニックコーディネーター」と出合うには、ある出来事がきっかけとなっている。
それは2011年旅行でフランス・パリを訪れた時のこと。ふと公園に立ち寄ると、園内に置かれたイスを利用者が自由に組み合わせて使う姿があった。ある人は3~4個のイスを巧みに配置し、噴水を前に足を伸ばして本を読む。またあるグループは、円形にイスを置き話に花を咲かせる。この光景が、對中氏の空間設計に対する考え方を180度転換させた。
「日本だったら『イスを勝手に移動させたらいけません』と注意されますよね。だけど、ここでは利用者が自分たちで好きな場所を見つけ、空間を作って集いの場にしているんです。この光景を見た時、空間はランドスケープデザイナーが作るものであると同時に、『利用者一人ひとりが場所の持つ特性を読み解き自由に使いこなせるもの』という新しい考えが加わりました」
「ピクニック」というキーワードとの出合い
それまで数々の屋外空間を作ってきた對中氏だったが、この出来事を機にさらにもう一歩先にある「利用者が自分で考えその場を使いこなし交流できる仕組み」を考えるようになった。それもランドスケープの知識を持たない一般の方にもわかりやすく親しみやすい方法はないか。模索する中で、對中氏が見つけたのが「ピクニック」というキーワードだ。
そもそも「ピクニック」という言葉は、フランス語で持ち寄りの食事を意味するpique-niqueからきている。これは18世紀ごろから見られる風習で、当時は各自が料理を持ち寄り共に食す「交流の場」であった。この姿は、「屋外ににぎわいのある風景を作りたい」との對中氏の思いと共通するところ。ランドスケープデザイナーとしてハード面で街を整備するとともに、ピクニックコーディネーターとしてソフト面から街の風景を作ることができる。まさに氏のめざす方向性を象徴する言葉との出合いであった。
その後2013年に事務所を独立。ランドスケープデザイナー、ピクニックコーディネーターの両面から街作りに取り組もうと新たな一歩を踏み出した。
価値を生みだす5つの手法
ピクニックコーディネーターの役割は「屋外の場所を作り、街を使いこなし、食で人を繫げる」こと。ただ、誰もが日常的に行うピクニックをプロとしてコーディネートするのは非常に難しい。どうやって価値を創造するのか? この点について、對中氏は実績を例に挙げながら「つくる」「つかう」「つながる」「つどう」「つたえる」の5つの手法を解説した。
まず1つ目の「つくる」の例として挙げたのは、大阪府北部の能勢町にある「杜のテラス」の設計。ここは、近年人気を集めるグランピング&キャンピング施設で、もともと雑木林だった土地を有効活用しようと計画がスタートした。できる限り土地の特性を生かした空間を作ろうと、對中氏はあえて石垣や樹木を残すことに。「森で暮らす」をテーマに、まるで本物の森で過ごすようなリアルな環境を提供した。樹々が聳える森の中に作り出された空間は一区画あたりの面積が広く、広場にキャンプ用テントが並ぶ競合施設とは一線を画している。さらに森の中での時間を楽しめるように、たんなるキャンプにとどまらない森でのアクティビティを提案。
続く「つかう」では、グランフロント大阪の食育事業「Umekiki」の「食祭」というチームで担当したイベントを紹介した。このイベントでは、普段舗装敷きの歩道スペースに天然芝を敷くと、長さ50mものロングテーブルを南北2か所に設営し、瞬く間にフードコートを作り上げた。「商業のにぎわいを屋外に出しそれを使いこなすことで、たんなる歩道が魅力的な場になります」と對中氏。街をどう使いこなすか? 見せ方を変え人が集まる仕掛けを作ることで、新たな使い方を提示している。
また3つ目の「つながる」とは、人と人、人と場、両方の繫がりを意味している。以前、兵庫県丹波市氷上町で行われた「畑のキッチン」というイベントもその一つだ。自然豊かな土地を舞台に地元の食材から即興でオリジナルレシピを考案。地元のお母さん方と共に調理し、都市部から招いた人々に振る舞った。料理を介して人の交流が生まれ、土地への興味付けにもなるとともに、過疎地が抱える農業の担い手不足への一助にもなっている。長い時間をかけ人と人、人と土地が繫がっていく仕組み作りと言えよう。
こうして繫がりが生まれれば、自ずと人々は「つどう」こととなる。4つ目の「つどう」では、現在自身がプロデュースする池田市のカフェ・ギャラリー「GULIGULI」を紹介。造園会社が母体のこの店はカフェスペースの他に、ギャラリーや屋久島の緑をイメージした庭園を持っており、作家の作品展示や造園職人のワークショップを開きお客さんが集う場を設けている。
最近では、屋久島を含む徳島、淡路島、小豆島、隠岐の島、奄美大島、6つの島の特産物と作家の作品を集めた「しましま展」を開催。大阪にとどまらず関西各地を巻き込んだイベントは、普段なら出会うことのない人々を繋げる場になっている。
そして5つ目の「つたえる」の実例となるのが、この夏、京都府南山城村にオープンさせる「山のテーブル」という店舗だ。京都府東南端に位置する南山城村は滋賀、奈良、三重の3県と面する、京都府唯一の村。今も手つかずの自然が残る緑豊かな場所である。對中氏は廃園した保育園をリノベーションし、「観光×学び×ものづくり」を切り口に人が集まる場にしようと考えている。店内中央にドーンと構える大きなテーブルはその象徴。テーブルを囲んで、特産物のお茶を味わう人、地元の食材を楽しむ人、ワークショップに興じる人、ギャラリーで展示を見る人…観光客も地元住民も一緒になって集える「お茶の間」をめざしており、村の魅力を内外に伝える発信基地の役割を果たす。
もう一つ、伝えるための大切なツールとなるのが店で発刊するフリーペーパー「やまびこ」だ。誌面を開くと、透き通った空気とともに村の生活の息吹が伝わってくるよう。同様の媒体にありがちな観光名所やのどかな風景を押し出すものではなく、「人を介して村の魅力を伝えよう」との編集方針のもと、村人が自身の仕事について語る「村の仕事図鑑」や、素描家しゅんしゅん氏が村での思い出を絵と言葉で書き表す「旅の置き手紙」など、飾らない素直な言葉が綴られてくる。
また、對中氏は「つたえる」ことについてこうも語る。「今の時代、Webを使えば現地に行く前から何もかも分かってしまいます。でも、やっぱりそれは面白くないと思うんです。現場に行ったからこそ分かるという考え方が必要だと思います。これからは、“広告”ではなく“小告”の時代。不特定多数の人に発信するより人から人へ、さらに人へ、確かな信頼関係の中で伝える必要があると思います」
SNSでの情報発信が当たり前となり、“インスタ映え”などという言葉がもてはやされる昨今。對中氏の伝える姿勢は、会場の参加者に疑問を投げかけたに違いない。
サロンの最後にあたり氏は「屋外に場所を作る、街を使いこなす、食で人を繋げることによって日本の屋外空間が日常的に人々に使われるようになり街が賑わう。その風景を僕は作りたいと思っています」という言葉で締めくくった。
對中氏の活動は、参加者一人ひとりの個性を集めかけ合わせることで街や人の繫がりを生み出している。それは、小さなものを持ち寄り人と人が繫がる「ピクニック」という言葉そのものだ。氏の姿を通して参加者は、街と人の繫がりについて自ら考える機会を得たのではないだろうか。
イベント概要
街を舞台にした「つどい」のデザイン
クリエイティブサロン Vol.132 對中剛大氏
ピクニックは「小さいものを持ち寄る」という意味で生まれた言葉。
食事はもちろん、関わる人のアイディアや技術、自身の好きな物、夢など「自分のコト」を持ち寄り、共有することが、人と人、人と街をつなげる仕組みになり、街を舞台にした新たな価値づくりになると考えています。
ピクニックコーディネーター、ランドスケープデザイナーとしての自身の活動を「つくる」「つかう」「つながる」「つどう」「つたえる」をテーマにお話しします。皆さんともアイディア交換ができる、いい温度感のある機会になればと思います。
開催日:2017年07月21日(金)
對中剛大氏(たいなか まさひろ)
タイナカ_オフィス
タイナカ_オフィス代表 / ピクニックコーディネーター、ランドスケープデザイナー
1981年大阪生まれ。まちすべてを活動の場としてとらえ 「まちと人の接点を考える」をコンセプトに、ハードづくりとしてのランドスケープデザインを行う。
ソフトづくり、場所の使いこなしをピクニックコーディネーターとして「食で人と場所をつなぐ」食事の提供を含めた活動に展開。
食を絡めた街づくり、ものづくりの作家やデザイナーと共働しての価値づくり、ハードとソフトを絡めた店舗やイベント等のディレクションも行っている。
公開:
取材・文:竹田亮子氏
*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。