日々の質感をいとおしむ、ライフテクスチャリストの冒険。
クリエイティブサロン Vol.131 宇野由紀子氏
「ライフテクスチャリスト」というちょっと風変わりな肩書を名乗って2年。収納用品を企画販売する会社の代表を務めつつ、そんな枠に収まってなるものかというように、年々自由にお茶目に、活動の幅を広げている宇野由紀子さん。目下「好きをたぐる質感研究室」なるものを立ち上げ、「心の質感」「時間の質感」といった目に見えない感覚の世界を探究するプロジェクトを次々画策中だ。「モノを持つことは体験であり文化」と語る宇野さんが、「収納」から「質感研究」に至る道のりとは? その思考の進化を、宇野さんのトークとともに辿ってみよう。
アート&カルチャー好き女子、ひょんな縁で「収納」と向き合う。
宇野さんが仕事として「収納」と向き合うことになったのは、業務用パッケージのメーカーを営む父上から家業手伝いに誘われたのがきっかけ。美大卒業後、約1年のアメリカ遊学を経て、大阪のマーケティング企画会社で3年間プランナー修行を積んだ宇野さんだが、「もう一度、学生時代のようにテキスタイルを使った作品づくりをしたい」という思いが強くなり、会社を辞めてフリーター生活を送っていた頃のことだった。
「社内に企画室を立ち上げて、オリジナル商品を開発していきたいから手伝わないか、という話でした。最初は“作品制作を続けながらのアルバイトでいいなら”という感覚で始めたんですが、自社製品の企画をするというのが思った以上に面白くなってしまって」
やがて、アパレル・寝具の業務用パッケージを作っていた素材やノウハウを活かし、一般家庭向けの収納用品づくりがスタート。宇野さんは「収納とは何か」というテーマに、モノの側からだけでなく人のココロの側からもアプローチしようと試みていく。
「当時から、収納用品の役割って何?とか、モノとの空間的距離、時間的距離、精神的距離は、収納によってどう変化するのか?なんて、わりと深いところまで考えていました。当時も今も言い続けていることですが、人にはそれぞれ“何を持つか”という価値観のフィルターがあって、そのふるいにかけられた先に“どう持つか”というレイアウトやケアの問題があるんですよね」
そもそもアートやカルチャーやおしゃれが大好きで、モノへの愛着も人一倍。だから収納はことさら「好き」とか「得意」で選んだ道ではなかったし、仕事を続ける中で迷う日もあった、と話す宇野さん。しかしある時を境に、自らに与えられた道を受け入れるのだと覚悟を決めてからは、いかに収納を楽しくクリエイティブな行為に転換していくか、という発想に切り替わっていったという。
「収納の巣」10年の活動を経て「ココロとモノの幸せな関係づくり」へ。
そして、2002年に立ち上げたウェブショップ「収納の巣」でのコミュニケーション活動にも、そんな宇野さんの思いは色濃く表れていく。
「収納って家事の中でも地味で、苦手とかめんどうというネガティブイメージを持たれがち。だからできるだけ楽しく収納に向き合ってもらえるように、“鼻歌♪収納クラブ”というブログで、スタッフとともにちょっとした日々の工夫を発信したり、SNSと連動したユーザー参加型コンテンツ“すーっと宣言”を始めたり……。これは年末の大掃除期に、今年はここをキレイにする!と宣言することで、ユーザー同士モチベーションや気づきをシェアしようという企画ですが、けっこう人気があって、片付けで夫婦仲が良くなったとか、仕事にヤル気が出たとか、いろんな声が寄せられたんですよ」
断捨離やミニマリストなど、モノを持たない暮らしがもてはやされる風潮もあるが、宇野さんはモノが多いか少ないかが本質ではないと考えている。大切にしたいのは住み手自身の満足度であり幸せだ。
「モノを持つことは体験であり文化だと思うので、そこに対しては自由と寛容さがあるべきだと思っています。モノを減らせない人が罪悪感を感じる社会になってほしくはないですね。ただ、モノとの関係で困っていたりストレスを感じている人がいるなら、思考やモノの整理を私たちがお手伝いすることはできると思うんです」
そして2012年に、宇野さんたちのチームはメーカーから独立して新会社「テンネット」に組織変更。代表に就任した宇野さんがコンセプトとして掲げたのは、「ココロとモノの幸せな関係づくり」だった。
「仕事」と「表現」を行き来しながら、より自由に、遊び心豊かに。
「収納用品って、人のココロとモノの関係性に関与している媒体であり装置なんだと捉え直してみたら、あれもできる、これもできる、ってどんどん発想が自由に広がっていきました」と宇野さん。
たとえば「収+活(しゅうかつ)」、つまり「収めて活かす」というテーマのもと、社外に飛び出して展開し始めたワークショップやセミナー活動しかり。箪笥の肥やしになりがちな家族譲りの「着物」を、どうせなら素敵に活かして着こなして楽しもう、と呼びかける「イカス*キモノ」プロジェクトもしかり。そんな活動を続けるうち、つながりがつながりを呼び、2014年には女性クリエイター2人と「ザ・クローゼッツ」なるユニットを結成。収納と遊び心をミックスしたユニークな企画を次々放ったりもした。
そして2015年の誕生日、宇野さんは「ライフテクスチャリスト」という肩書を掲げることを宣言。さらにその年の秋には、20代を最後に封印したきりだった「表現作品をつくり、展示する」というチャレンジに踏み切る。
「ワタシにオサメル」と題したこの企画展は、収納を通して「好き」をとことん研ぎ澄まし、宇野さん自身の「いま」の質感を浮き彫りにしようという実験。ここで発表した作品たちは、その後各方面からの好評を得て商品化を叶え、「VIVIDEEP」という新たなプロダクトレーベルで百貨店の催事に進出するという展開も生む。
「これまで実用的な収納用品をしっかりやってきたベースがあるから、“好きとつながるヴィヴィッド&ディープな収納”という新しい打ち出しも信頼いただけているのかな、と思います」
目に見えない「質感」を感じ取るセンサーの感度を上げたい。
こうして進化を続けてきた宇野さんの思考は、2017年春「好きをたぐる 質感研究室」にたどり着く。自分の「好き」をしっかりつかんで暮らせるのは幸せなこと。けれどその「好き」がわかるとはどういうことだろう? 宇野さんは人が物事を好きと感じる理由に、「質感」が大きく関わっていると考えた。同研究室が主催する研究会やワークショップでは、「センサーを立てて、意識的に何かと焦点を合わせる」体験を参加者に促す。そこから自身の心や周囲の空気に、どんな感触・表情が生まれるのかを探ってみようという趣旨だ。初回の「ピンクの質感研究会」で手ごたえを得た宇野さん、今後も「能の質感」「佇まいの質感」など興味深いテーマを企画中だ。
「“質”といえば高い・低いという優劣の話になりがちだけれど、“質感”にはランクがなくて、私たちのセンサーがどう感知するかという問題だと考えています。だからそのセンサーの感度を上げて、何かと焦点を合わせてみることを通して、それまでとは違う世界が見えるとか、もっと“好き”をたぐり寄せられるような発見を促していきたいんです」
モノを整え人目におしゃれに見せる「スタイリング」 ではない、モノがココロに及ぼす質感を捉え“自分に魅せる持ち方”を楽しむ「テクスチャリング」へ。その自由な世界に解き放たれて、あなたはどんな「好き」をたぐり寄せるのか、さあセンサーの感度を上げて、体験あるのみ!
イベント概要
収納用品を企画・販売する会社が「質感研究室 LIFE TEXTURE LABO」を立ち上げたワケ
クリエイティブサロン Vol.131 宇野由紀子氏
ひょんな縁で収納用品の企画開発を手がけることになり、その後収納用品のオンラインストアを立上げ今年で15年。ひょんにせよ関わることになった以上、「収納」を収まる整う片づくにとどめてなるものか、嬉しい楽しい自分らしい行為に転換するのだと、「収納」と宇野由紀子の掛け算を考える日々。「ココロとモノの幸せな関係づくり」というコンセプトを根っこに据えたとたん、商品開発の枠組みは広がり、活動のテーマもクリアになり、ひいては質感研究室へと……
開催日:2017年07月04日(火)
宇野由紀子氏(うの ゆきこ)
株式会社テンネット
株式会社テンネット代表取締役。ライフテクスチャリスト。
美大卒業後、アメリカ留学、企画プロダクション勤務を経て、収納用品メーカーで商品開発を手がける。同メーカーの直販サイトとして2002年にオープンさせた収納専門店「収納の巣」の代表となり、株式会社テンネットとして独立。同サイトを今年4月「impress & organize」にリニューアル。「“ココロ整う”“ココロ弾む”を自在に行き来。好きを持つ暮らしを研究するお店」をキャッチフレーズにオリジナルセレクトアイテムを揃える。5月に「好きをたぐる 質感研究室 LIFE TEXTURE LABO」を開設し、第一回目の研究会「ピンクの質感研究会」は好評を得る。
嵯峨美術大学デザイン学科非常勤講師。
公開:
取材・文:松本幸氏(クイール)
*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。