「音」も自分で手掛けたいという映像クリエイターのためのサウンドプロデュース術
クリエイティブサロン Vol.105 松前公高氏

映像クリエイターだけではなくディレクターやデザイナー、カメラマン、イラストレーターなど、映像編集に取り組む人々が増えている。なかには映像だけでなく、音楽、効果音、ナレーションなど「音」も自分で手がけたいと思う人も少なくない。今回は、そうした「音」のビギナーのために気鋭のサウンドクリエイター松前公高氏を招き、実演を交えて「音」を作る方法を語ってもらった。

松前公高氏

パソコン一台で演奏、録音、ミキシングまでカバーできる時代

いつものサロンであればスライドが投影されるが、今回はスクリーンにツマミとメーター、チャートなど謎めいたアイコンがひしめいている。「これはLogic Pro XというApple製の音楽制作ソフトです。音源(楽器の音、ソフトウェアシンセとも呼ばれる)も全部パソコンの中の音楽ソフト(Logic Pro X)に入っており、声や音などオーディオも全てパソコンとソフトで録音することができます。試しに、パソコンに入った音源をちょっと鳴らしてみましょう」

スクリーンに映ったLogica Pro Xを操作して手元のキーボードでドラムの音を鳴らす松前氏。パソコンの前に座って、ドラムの音が聞こえるのは不思議な光景だが、それを使ってミディアムテンポのロックのリズムを刻む様子には演奏家の構えが漂う。そこにR&Bっぽいベースのフレーズ、さらに木琴を加え、中華風のエキゾチックなメロディを重ねると曲が出来ていく。こうしてスクリーンに映った松前氏の作業を眺めていると、謎のアイコンの役目がなんとなくわかってくるから不思議だ。

音楽制作ソフト画面

うるまでるびのアニメーション作品に音をつける

松前氏がデモンストレーション用に用意した映像は「おしりかじり虫」で共演した、クリエイターユニットうるまでるびによるアニメーション作品だ。ストーリーはイモを燃料にオナラで飛ぶロケットが登場、宇宙へ飛び立ち、ある星に墜落。宇宙人が現れてドアを開くと、なかからオナラが漏れて宇宙人が仰天するという60秒ほどの愉快な内容だ。「Logic Pro Xは最初から音を映像に付ける事を想定して作られています。ユーザーは映像を見ながらタイムラインに音楽や効果音を置く要領で仕上げていくことが出来ます」

いよいよ映像に音をつけるデモンストレーションが始まる。このリポートも順を追って紹介していきたい。その前に、ちょっとした豆知識がはさまれる。「最初に、CMは最初の0.5秒と最後の0.5秒は音を入れてはいけないというルールがあります。『ノンモン(non-modulationの略)』というルールで、0.5秒の空白を挟むことでCMで音が重なって聞き苦しくなる状態を防ぎます」

現場のプロならではのトピックスは興味深い。そうしたトピックスをはさみながら、デモンストレーションは淡々と進められる。そして、短い映像だがオープニングと本編の二部構成とし、松前氏は諸々のタイミングを映像を見せながら検討する。「本当は細かい準備があるんですが、全てをここでやると時間がかかってしまうので、料理番組のようにあらかじめ用意したもの(音源ファイル)を用意してきました(笑)」

クリック音をバックに用意したドラムのリズムを録音。しかし、リズムがぎこちない。「これ下手くそなので上手く調整しておきます。16分音符にスイッチ入れたら……正確に調整してくれました」

調整後のリズムは非常に正確で「上手くなりました!」という松前氏のどや顔に会場から感嘆の声が。穏やかだが、ユーモアのある松前氏の人柄に会場は和やかな雰囲気に包まれる。

「ろけっぺ」うるまでるび

佳境に入るサウンドプロデュース

「オープニングが終わってすぐの部分は『何を食べてるんだろう?』という少し謎の意味合いを残すために静かな状態にします。そしてロケットがたつところからリズミカルに展開。ロケットが墜落する時には、音楽が止まって『ヒュ〜ン』という音が入ります。起承転結の転の部分ですね。火星人がゆったりした音楽で現れ、最後はオチの音楽」

タイムラインでそれぞれのタイミングを定め、宇宙人が出てくるポイントを軸にテンポや小節数を調整。大切なのはそうした計画を最初に立てるということ。「試行錯誤しながらパズルのように考え、一番良いタイミングで音楽が収まるように作っていきます」

次に、効果音。ここでは松前氏自らマイクを手に「むはむはむはむは」とイモを食べている音を実演し、録音する。「自分のスタジオでやるのは恥ずかしくないけど、人前でやるのは恥ずかしいですね」と照れる松前氏。「自分でやってしまうのか!」という驚きが会場に溢れた。

効果音については、効果音集のCDが市販されており、それを活用する方法がある。松前氏はデータベース化された何百枚分もの効果音CDのライブラリーを収めたSE(効果音)専用のハードディスクを持っており、随時、活用しているという。食べる音は録ったが、噛む音が足りなかったので「HUMAN」「EAT」というキーワードで音を検索する。バリバリ食べる音、食器の音、紙包みの音、鼻息が入った音……。松前氏はその中の一つをドラッグしてファイルを取り込み、食べる音と噛む音を調整しながら重ねた。

複数の効果音を合わせ、微調整を重ねて臨場感を演出

そして、ロケットの発射音に挑戦。「ロケットの発射音はないので、爆発音で代用します。そこに飛行機の音などを上手く重ね、それっぽく仕上げます」

「こういう音が欲しい」という時、探してみれば案外と見つからないものだ。そこで、他のもので代用したり、組み合わせたり、加工することで「音」を作っていく。「グイーンと上がるような音が必要なのでジェット機の音を使います。そのままだと迫力がないので音程を自由にコントロールできるサンプラーを使って上昇感を演出します」

さらに、オナラの音(腕に唇を押し付けて出す「ブ〜」という音を録音!)、管制塔の交信音、落下音、火星人の足音を入れて効果音は完成する。

最後にオープニングのナレーション。「ロケッペ!うるまでるび」というナレーションを来場者の女性に言ってもらうことに。パソコンを繋いだマイクに言ってもらい、録音。「そのままではラジオのように聞き取りやすい音にならない。コンプレッサー、リミッターという道具を使います。出すぎる音を抑えて、小さい音をあげる効果音があります」

すると、普通の声がテレビやラジオの声のように変化する。さらにイコライザーで女性っぽい声に調整。うるまでるびの「び」の音が小さかったのでそこだけ最大にあげてバランスを取って完成。最後に完成した音が入った映像をプレイすると会場から拍手となった。

「バカっぽい音が得意」という松前氏だが、そうした音が決して簡単なわけではない。洗練された音楽センスと職人的な技巧と豊富な経験値があるからこそ、さりげなく人々の心をつかむことができるのだ。

今なら映像に音楽や効果音などをつける環境を整え、作業を始めることはビギナーにとっても難しいことではない。あとは、どれだけ彼のようにアイデアを練り、微細な調整や配慮ができるかという部分にかかってくる。松前氏は嬉々としながら地道な作業に没頭する姿を通じて「音」を作る難しさと楽しさを伝えてくれたのだ。

会場風景

イベント概要

映像と音楽、効果音、ナレーション
クリエイティブサロン Vol.105 松前公高氏

ゲーム、アニメ、テレビ番組、企業映像などに音楽を制作してきた経験をもとに、映像に対して、どうやって、ぴったり同期した音楽、効果音、ナレーションを形成していくかを、初心者にもわかりやすいよう、実例を示しながら解説していきます。

開催日:2016年8月4日(木)

松前公高氏(まつまえ きみたか)

サウンドクリエイター

1963年大阪生まれ。1987年、アルファレコードから「エキスポ」でデビュー。その後「スペースポンチ」やセガのゲームミュージックバンド「S.S.T.BAND」で活動。「キリーク・ザ・ブラッド」「玉繭物語」「ビートマニア」などのゲーム音楽をてがけ、NHK「すくすく子育て」「えいごリアン」「大科学実験」などの音楽を担当。「おしりかじり虫」は、うるまでるびとの共作曲で、編曲、歌も担当。アニメ「キルミーベイベー」「たまこまーけっと」「まじもじるるも」などの音楽も制作。

2016-08-04

公開:
取材・文:櫻井一哉氏(Solaris)

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。