リーダーの覚悟、本気の経営が、限界を突破し新しい世界を拓く。
クリエイティブサロン Vol.90 杉若太郎氏

平日の夜、少人数でじっくりと話を聴くスタイルのクリエイティブサロン。90回目を迎える今回のゲストスピーカーは、株式会社スマイルヴィジョン代表取締役の杉若太郎氏。「バリバリのクリエイターからバリバリの経営者」へと変貌を遂げた氏が、経営者・リーダーとして何よりも大切にしていることを熱く語る90分。山あり谷ありのトークに会場は一気に飲み込まれていった。

杉若太郎氏

人生を決める一枚のハガキ、IT業界での波瀾曲折のはじまり

祖父・父ともに創業社長という家系に生まれた杉若氏。創業家の長男にとって、会社経営者への道は極めて自然な流れだったのかもしれない。大学進学で山口県へ。コンピューターとの出会いはこの頃で、サークル仲間を募集するサイトを立ち上げ地元メディアにも取り上げられた。

サイト運営をしながらの学生生活、ある日、結婚を報告するハガキが舞い込んだ。まったく思い当たる節のないものだったが、「あのサイトのおかげで私たちは出逢い結婚しました。ありがとうございます!」というお礼のハガキだった。衝撃を受けた。うれしかった。「インターネットってこんなことができるんだ」とその可能性に魅せられ、将来の仕事にしようと心に決める。

大学卒業後、大阪に戻りJTBのグループ会社に入社。Webプロデューサーのような仕事をしていたが、あの9.11米国同時多発テロ事件が勃発、アブガン侵攻、イラク戦争へとつながり、平和産業である旅行業界は大打撃を受けた。リストラやグループ会社再編など慌しい動きのなか、独立を決心、数名に声をかけ起業の準備に。退職後、当時、メビック扇町に設置されていたインキュベーションオフィスの審査を首尾よく通過し入所が決まる。有限会社スマイルヴィジョン、総勢6名での創業だ。

2004年創業後すぐにピンチが訪れる。独立後も取引を継続してくれるといっていた会社から相手にされなくなったのだ。『JTBの杉若』が後ろ盾のないただの杉若になってしまったから。見込んでいた売り上げも立たず途方に暮れていたが、捨てる神あれば拾う神あり、とある人からの紹介で大きな仕事を受注することができた。大手文具メーカーのWebサイトリニューアルだ。1ヶ月で400ページという膨大な量をパート・アルバイトを含め13人ほどの体制でやり遂げた。初日から寝袋を買い込んで床で寝るという生活に耐えたおかげで、無事受注したタスクをクリアし同時に信頼も得ることができた。その後はITブームにも乗り順調な運営を。が、万年人手不足は解消できず寝袋生活は続く。

上々な滑り出しで、初決算を迎えた。なんと経常利益1,000万円。資本金増資で株式会社へ組織変更する。非常に忙しい日々だったが、充実していた。この頃、現在代表理事をしている関西デジタルコンテンツ事業協同組合に入会。

カンデジウェブサイト
関西デジタルコンテンツ事業協同組合

債務超過、社員の不満、経営危機を乗り越えるカギは本気のコミュニケーション

さらに増収増益、社員も20名にまで膨れ上がった。この規模になると人事の問題も顕在化してくるが、きっちりと利益も出ているので「不満のある人間は辞めればいい」ぐらいに思っていた。先輩から経営の勉強の必要性を諭されても売り上げが指標のすべてだった。「天狗になっていたんですね」と当時を振り返る。

しかし2008年9月15日のリーマンショック以降、受託が減少、成長にも陰りが見えはじめた。2010年打開策をと新規事業に挑んだ。保険の予約窓口のHPを開設、保険乗り換え希望の顧客へのサービスを開始したが、競合の資金力には勝てなかった。「経営のことがわかっていなくて、続けるべきかやめるべきか、広告を増やすべきか減らすべきか、意思決定ができなかったんです」。結果、新規事業は失敗、4000万円の巨額赤字で債務超過に陥った。

どうしようもなくなり、事実をありのまま全社員に伝えた。愚痴、不満が爆発。社内の雰囲気も悪化の一途を。現状を打破する策も見えず悩んでいたこの時期、起業時に入会していた関西デジタルコンテンツ事業協同組合の代表理事に就任。同時に兵庫県中小企業家同友会に参加していた関係で青年部の副幹事長にも就任している。「これから組織を一致団結させ、売り上げを伸ばさなければならない。でも、その方法がまったくわからなかった」。そんな現状が変わるきっかけになるのならと、藁にもすがる思いで引き受けた。

試行錯誤を繰り返す日々のなか、創業メンバーの一人が退職した。会社の雰囲気も最悪で「もう限界です……」と。彼女は前職でアルバイトからスタートし、ずっとサポートしてくれていた。社名のスマイルヴィジョンの『スマイル』を提案してくれたのも彼女だった。心から会社のことを思い杉若氏を支えてくれた一人だった。そんな彼女のスマイルを奪ってしまった自分の不甲斐なさに泣けた。「何のために会社をやってるんだろう。このまま続けるのか」という思いが込み上げてくる。悔しさに打ちひしがれながらも、彼女の退職をきっかけにもう一度原点に戻り、みんなが笑顔になれる会社にしよう、と再起を誓った。

怒涛の「カイゼン」がはじまった。創業メンバーの一人を失うという痛手から得た教訓は「本気・本音のコミュニケーション > 戦略・戦術」だ。どんなに優れた戦略・戦術よりも社員とのコミュニケーションを重視する。それから円滑なコミュニケーションのための工夫が徹底された。

まずは不満の会。ホワイボード2枚表裏にびっしりと不満が書き出された。次に社長と一対一のランチ会。まず自分という人間を知ってもらう。忘年会、新年会、BBQ、経営計画発表会など多くの交流会も開催するようになった。「コミュニケーションが密にとれていないときは、どんな戦略や戦術を提示してもうまくいかない。でも、一旦社長と社員の間にパイプがつながると『やりましょう!』となる。ベースになる信頼関係がすべての原点です」。地道な努力が実を結び、2013年過去最高利益を上げ、2011年の債務超過も一気に解消。

研修に参加する社員たち
全社MG研修の様子。ゲーム形式で会社経営を疑似体験し、全社員が利益意識を持つ。

2014年は創業10年の節目の年。スマイルヴィジョンの代表は勿論、関西デジタルコンテンツ事業協同組合の代表理事、兵庫県中小企業家同友会青年部の幹事長という3つの代表を兼任。特に会社では、第2創業期と位置づけ「毎月何かを変える1年」とした。全社研修、環境整備点検、席替え、1泊合宿、タスクボード・案件ボードで各人の業務の見える化、サンクスカード(=スマイルカード、社長も含め社員間で日頃の感謝の気持ちを文章で伝え合う)など、毎月新しいことをやった。社内に「浮遊する情報」に具体的な形を与えることで、気持ちの整理やアクションの具体化が可能となる。これらの実践は、経営コンサルタントのカリスマ、一倉定氏の「社長は会社に混乱を巻き起こす人間。たえず新しいことをやりなさい。たとえ席替えでもいい」という言葉を愚直に実践したもの。いつも新しいことが起きる環境では、それに耐性がつき、いざ未知の仕事に挑戦するときもひるむことがなくなる。変化が常態化した強さということだ。この年、カンデジ会員数100社、同友会青年部会員数300社、スマイルヴィジョン過去最高売上昨対130%、それぞれを達成した。

現在、スマイルヴィジョンではWebソリューション事業、EC通販事業、自社サービス開発に取り組んでいる。2014年度は、クラウド型勤怠管理システム「スマイルワーク」と楽天ショップ分析システム「Rトラッキングアナライザー」をリリース。5年後の2020年には、自社サービスと通販の売り上げを倍増し、受託開発企業から自社サービスの開発メーカーへと脱皮する計画だ。全体の売り上げ推移でみると、対前年売り上げを毎年140%以上アップ、売上5倍、社員数3倍を目標としている。

キングダムな経営者が大切にしていること、そして夢

起業から11年、波乱万丈の会社経営だった。いま経営者として大事にしてることは、1)未来を自分で意思決定する経営計画、2)リーダー論、3)夢の大切さ、だと杉若氏は語る。経営に関しては、起業当初消極的だったが、兵庫県同友会で「こんな経営者になりたい」と思える師とも出逢うことができた。謙虚に他者のアドバイスに耳を傾けることはコミュニケーションの基本、手痛い失敗から学んだことの一つだ。いまは佳き師・メンターがいかに大切な存在か実感しているという。

経営を学ぶことは、同時にリーダーはどうあるべきかという課題に真摯に対峙することでもある。ブッダは「同じ価値観を持ち、同じ方向を歩める人を自分の友人にすることが、人間の人生の目的である」と言い、会社経営も同じだと杉若氏は考えている。大切にしている世界観が異なると一緒の道を歩むのは難しい。また幼少から漫画が好きな杉若氏が、いまハマっているのは中国の春秋戦国時代を描く『キングダム』。乱世の武将たちの生き様が、自身の理想のリーダー像とつながったという。「社員が社長を命懸けで守れるか、社長が社員とその家族を命懸けで守れるか」、そんな気概で動く組織は強い。「うちの社長は日本一や!」といわれるくらいでないとダメだと杉若氏。だから、細かな気遣いも忘れない。社員が妻帯者の場合、奥さんの誕生日にはお礼のメッセージと花束を届ける。また、最近は会社にいる時間も限られてしまうため、毎月給料日には社員全員に手書きのメッセージを送っている。心のこもったコミュニケーションを実践し、信頼に値する行動を社長自らが垂範率先している。

最後に夢について。まず会社の成長、社員とその家族を守ること、そして50歳で引退、あとは後継者にさらなる成長を託す。実はもう一つある。プロサッカーチームを作ることだ。これまで育ててもらった地域に恩返ししたい。みんなで力の限り応援する、商店街に人が集まる、そんな地域の活性化に貢献できるようにしたいのだという。「トップが諦めなければ、本気でやれば、目標は必ず達成される。だから必ずやります!」。キングダムな経営者がどんな「限界突破」を見せてくれるか、夢に向かって打つ次の一手が楽しみだ。

会場風景

イベント概要

クリエイターから経営者へ。10年後のIT業界を担う企業への挑戦!
クリエイティブサロン Vol.90 杉若太郎氏

2004年、メビックがインキュベーションをやっていた時代に、社員6名で起業。お客様0人、売上0円からスタート。創業者として力強い経営で会社を牽引。しかしある時をきっかけに業績が悪化。気がつけば社員とも軋轢が生まれる。必死で経営の勉強をと模索し、師や仲間と出会い、変革を繰り返し、業績はV字回復。社内にも笑顔が戻った。昨期は過去最高の業績を達成。新製品も3本リリースし、制作会社から、自社メーカーとしての発展を目指す。今回、すこしのきっかけで救われる自分のような経営者へ向けて、メッセージを発信します。

開催日:2015年11月02日(月)

杉若太郎氏(すぎわか たろう)

株式会社スマイルヴィジョン

1976年茨木市生まれ。39歳。総合Web制作会社 株式会社スマイルヴィジョン代表取締役。JTBグループ会社でWeb制作を担当後、2004年に独立。大手上場企業のWEBサイト制作・システム開発を手がける。
2014年には新製品、クラウド型勤怠管理システム「スマイルワーク」、楽天市場広告分析ソフト「Rトラッキングアナライザー」をリリース。
現在、近畿経済産業局認可法人「関西デジタルコンテンツ事業協同組合」代表理事ほか、兵庫県中小企業家同友会 阪神支部副支部長、兵庫県中小企業家同友会青年部 直前幹事長を努める。

http://www.smilevision.co.jp/

杉若太郎氏

公開:
取材・文:赤瀬章氏(Lua Pono Communications)

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