プロジェッタツィオーネの木 根っこに戻って考える創造力
クリエイティブビジネスフォーラム海外編

第一部では、演出家/アーティストの多木陽介さんの講演会を行いました。現在、ローマ在住の多木さんは、20世紀の工業デザインの巨匠、アキッレ・カスティリオーニのスタジオに通い詰め、彼の思想や業績に肉迫した『アキッレ・カスティリオーニ – 自由の探求としてのデザイン -』などの著書も出されています。カスティリオーニが活躍した時代、イタリアにはまだ「デザイン」という言葉があまり一般に普及しておらず、「progettazione(プロジェッタツィオーネ)」という言葉が使われていました。この言葉は現代の「デザイン」とは異なる意味合いを持ち、ものづくりにおける色やかたちというだけでなく、人類の歴史と未来をも見据えた言葉でした。ひたすら前進することを目指してきた現代社会のありようが転換期を迎えつつある今、改めてこの言葉が意味を持つ時代が訪れています。今回は、人、自然、産業、文化などありとあらゆる地球上の営みを、「プロジェッタツィオーネの木」という1本の大きな木に例えながら、ものづくりの本質に迫りました。また、第二部では編集者やデザイナーなど4名の若手クリエイターが参加し、多木さんのトークを受けて思うことを、自らの活動とも照らし合わせながら自由にお話いただきました。

第一部 講演会「プロジェッタツィオーネの木 根っこに戻って考える創造力」

イベント風景

「プロジェッタツィオーネ」とは何か?

多木陽介氏

僕は7年前にカスティリオーニの本を出しまして、以来、progettazione(プロジェッタツィオーネ)という言葉について考え続けていますが、この主題を巡って僕自身が何をいちばんこの人から教えてもらったかな、ということを考えると、2つあります。
ひとつは、彼は自分が生きた時代に、本当に必要なことをする人間だったということと、もうひとつは、完全にインダストリーの世界で育ちながら、またいわゆるエコロジカルな素材等は使わず、またエコロジーと言う言葉も一切使わなかったにも関わらず、そのものづくりをよく観察してみると、実は極めて自然に近いものづくりをしていた人だったということです。だからもしも現代に彼が生きていたら、何をするかなと……。それが今、僕がいろんなことを考える指針になっています。確信を持って言えますが、ただ漫然と企業のために仕事をするデザイナーにはなっていないでしょう。

progettoというのはプロジェクトのことで、progettazioneはプロジェクトをゼロから考えて、最終的にかたちにするところまで持っていくという、全体を見据えた言葉です。そして、デザイナーの代わりに使われていたのがprogettista、つまり「プロジェクトをつくる人」という言葉でした。今日は、この言葉を手がかりにしながら、人間が何かを生み出す創造行為というものが歴史の現在のなかで一体どういう状態にあるのかを考えてみたいと思います。クリエイティビティ(創造力)と言うと普段は、ポジティブにしか解釈されない言葉ですが、実は、我々の創造力というのは華々しい文化や産業を生み出す一方で、環境破壊をはじめとするカタストロフィーを生み出す元凶ともなっています。創造力にこの両面があることは忘れてはならないでしょう。そこから、どうしたらカタストロフィーを生み出さない創造力を生み出していけるだろうか、という思考が生まれて来る訳です。

プロジェッタツィオーネが掲げた目標とは?

では、progettistaたちがどういう人たちだったかというと、彼らはカスティリオーニさんも含めて、スプーンから都市までなんでもつくる人たちでした。人間の生活全部を考えて、場合に応じてものをつくる。さらに、文化とか政治とか経済といった社会のありようについて、私はものづくり専門だからそれは知りませんというのではなくて、しっかりと自分なりの見解を持っている。そういう視点がなければ、自分たちが今どういう生産活動に関わってるかを理解できないですよね。良いのか、悪いのか。彼らには、そういう判断能力と批評精神がありました。
そして、最終的にめざすところは、「人間の生活環境の改善」ということでした。企業の利潤の追求ではなかったわけです。だから場合によっては、自分を雇っている企業に批判的な立場をとることもあり得たわけです。
たとえば、現代のプラスティックの生産を考えると、最初に石油を採掘して、精製して、加工して、商品開発をして……そこでやっとデザインが出てくる。その後、生産され、輸送販売され、誰かが使って、ゴミになって、うまくいけば再利用される。デザインが受け持っている幅はものすごく狭い。
しかし真のprogettistaであれば、このすべてのプロセスを一応は見通して、責任を持ちます。彼らが活躍した時代にはエコロジーが今ほど問題になっていなかったのですが、もし今、カスティリオーニが現役で仕事をしていれば、製品がゴミに変わった後のことまで絶対に考えるはずです。

イベント風景

ものを「名詞」ではなく「動詞」で観察する。

progettazioneというのは、pro(前に)+gettare(投げる)というという意味。とにかく前進することが良いとされていた、20世紀冒頭に生まれた言葉です。しかし一方で、progettistaというのは、どこかで後ろを見ながら前に進む人たちなのです。ものを見て、観察して、これでいいのかと疑ってみる。

彼らにとってのデザインの仕事は、だから、ただ外見の色形のデザインではなく、必ず生活のなかに有効な機能を挿入する行為でした。たとえばカスティリオーニは見事な照明器具を沢山つくっていますが、必ずかたちからではなく、光から入るのです。光には、自然光は別として、直接光、間接光、透過光という3つしかありません。この照明器具、「フリスビー」というのはたったひとつの光源を使って、その3種類の光をつくり出そうとしたものです。
テーブルの上は直接光で明るくする必要があります。食べるものはよく見えなければいけません。座っている人たちは、この白い円盤を通した透過光で照らされますが、光源が目に入らないから、まぶしくはない。さらにこの円盤が反射板となって、部屋全体もやわらかく、明るくなります。つまり、キッチンやダイニングにはこういう光が必要だという考えが最初にあって、結果的に非常にシンプルで美しいかたちになってはいますが、かたちありきでデザインしたわけではない。
つまり、「照明」という名詞の下に隠れている動詞を考えていくと、今まで我々を制限していた物質的な条件から解放される。照明が我々に何をしてくれるのか。それがわかったら、まったく新しいものができるかもしれない。

“Frisbi” designed by Achille Castiglioni, 1978 FLOS

根っこにおりることで、創造力を豊かで強いものにする。

ここまで、プロジェッティスタは、必ず後ろを向きながら前へ進もうとした人々だったという風に、彼らの特徴を「後ろ向き」という形で表現して来ましたが、ものの本質に迫る、誰も気付いていないような可能性に辿り着くというのは、もう少し上手く言うと、「後ろ向き」というよりは「根っこを見る」と言った方がいいかもしれません。次にエンツォ・マーリの話をしますが、それは彼が長崎に来て、波佐見焼の絵付け師の人たちとワークショップをしたときの話です。彼らは技術的には非常に長けているのですが、マーリは一つ重要な問題に気づきました。この職人さんたちには、それは本当に美しいのかとか、なぜそうなるのか、とか、そういう判断力が欠けていたのです。で、何をしたかというと、彼らが自らの仕事をより基本的により幅広く見直すツールを与えようとしました。そこで、まず、絵付け職人がよく描く「うさぎ」をテーマに、古今東西の他の文化におけるうさぎの絵を観てみた。さらに、書道の先生を呼んできて、いろんなタイプの筆使いの技術を習った。自分たちが今までやってきたことをいったんリセットして、相対化してみる。そこで変わっても変わらなくてもいいんだけど、ともかく判断する(自分で考えられる)ツールを得るわけです。それが大切なことなんですね。
この事例を通して、僕が「プロジェッタツィオーネの木」と呼ぶ図式が見えてきます。これは、人間の生産活動の営みのすべてを表す図だと思ってください。木を支えている根は、人々の精神に当たります。木と根を育む、土壌にあたるところが自然です。そしてその上に広がる枝のところが医療、建築、デザイン、農業みたいなそれぞれの分野ですね。今、いろんな分野の最先端で活躍している人たちはみんなこの枝の先っぽにいる。つまり、根っこからは非常に遠いわけです。マーリさんが注目したのは、このいちばん先っぽにとじこもって仕事をしている職人たちの状況でした。では、それをどう改善するか。どうやって、枝先の彼らを自分たちの根っことつなぎ直すか。そこで上述のワークショップが生きて来ます。波佐見焼の絵付け師が、他の文化の絵にふれようと思ったら、いったん少し根の方へおりなきゃいけないんです。降りて来ると少し太い枝に辿り着きますから、豊かな樹液にふれる機会が出て来る。この経験を経ることで、自分たちの創造力をもう1回、力強いものにする可能性が生まれて来るのです。

プロジェッタツィオーネの木の図式

文明の黒い蝶(カタストロフィー)を羽ばたかせないために。

さらに、この木をこういうふうに書き直して見ると、同じ図式が、歴史の創造力のあり方を表現する図になります。歴史の創造力というのは、文明、それを支える人間の精神、それから自然の3つの協働の成果と言えます。しかし、現代世界ではその三者の間のバランスが極めて危ない状態に陥っており、それが極めて危険な創造力を生み出します。だから創造力とカタストロフィーっていうのはコインの裏表。カタストロフィーは多様な形で実現しますが、その一つが、我々の生活のおかれている、自由を奪われた一種の監獄状態です。経済至上主義が最優先となっている我々の社会では、我々は、気づかぬうちに本当の意味でものを選ぶ権利を奪われています。食べ物だって、本当に食べるためというよりは、売るための商品が横行している。日本に帰ってきて、コンビニでサンドイッチを買うと、今や消費期限の時間まで書いてあります。何時何分と。この時間が来たら、バーコードがレジを通らなくなります。でもそれは、消費者の健康を考慮した賞味期限ではありません。そうやってどんどん廃棄してでもいいから、商品の回転を早くした方がいいわけです。まさに食べるための食物ではなく、売るための食物です。こうして最終的な目的を売ることに置いているこの消費文化というのは、突き詰めれば武器を消費しないと産業がまわらないからとりあえず戦争しとくか、ってことになりかねない危うさを秘めているわけです。

書き足されたプロジェッタツィオーネの木の図式

カタストロフィーというものは、文明と言うさなぎの中で成熟する蝶みたいなものです。最後にぱかっと割れて出てくるときに、きっかけとなるのは戦争だったり津波だったり、地震だったり、公害だったりなんだけれども、さなぎの中の蝶をどんどん成熟させているのは我々の日々の創造行為なんです。最後に出てくる黒い蝶がカタストロフィーですが、何としてでもこの蝶を羽ばたかせないようにするには、どうやって仕事をしていけばいいのか。それを考えることが我々にとっていちばん大事な、地球のための創造力になるのではないでしょうか。

第二部 クリエイター座談会

参加クリエイター(五十音順)

大植亜希子氏

大植亜希子氏

Oue
ジュエリー、プロダクトデザイナー

戸田祐希利氏

戸田祐希利氏

暮らすひと暮らすところ
プロダクトデザイナー

吉行良平氏

吉行良平氏

吉行良平と仕事
プロダクトデザイナー

ゲスト

多木陽介氏

多木陽介氏

演出家 / アーティスト

司会・進行

多田智美氏

多田智美氏

editorial studio MUESUM
編集者

多田智美氏

多田氏

今日は、大阪でものづくりをしている人たちと一緒に、多木さんにお話いただいた内容を受けて、私たちが今感じていることや考えていることをお話していけたらなと思います。

大植亜希子氏

大植氏

デザイナーというのは、かたちをつくる人というふうに思われがちですけれども、今日お話をうかがって、エンツォ・マーリさんのようにひとつのプロジェクトとして全体をデザインするのもデザイナーの仕事なんだなと。

戸田祐希利氏

戸田氏

僕はアアルトやカイ・フランクなどのちょっと素朴だったり、クラフトマンシップが感じられるものに共感することが多いんですけれども、カスティリオーニさんも同じことをしてたんだなって。なかでも「後ろを見ながら前進する」っていうのが僕にとってはすごく印象的で。そういう使命を背負っているというのが、ものをつくる仕事の責任というか、そういう気持ちでやらないといけないな、と……。

多木陽介氏

多木氏

今、多くの人は使い捨てのように自分の創造力というのを使っているんですね。さっきのプロジェッタツィオーネの木という図式のなかで、自分がどれくらいあの木を使っているか、どこを向いて仕事をしているか、根っこはなんだろうかっていうことを、各人が検証しないといけない。新しいものをつくるっていうのは魅力のあることではあるけれども、根っこというものを自分なりに見つけていかないと、本当の意味で力強いものはつくれないと思うんです。

多田智美氏

多田氏

今日はいろんなジャンルの人にご参加いただいているんですけど、ひとりひとりが自分のことに置き換えて、あの木を見つめながら考えていたんじゃないかと。私自身はお話をうかがっていると、3年前から私たちが取り組んでいる小豆島のアートプロジェクト*1のことが浮かんで仕方がなくて。特に名詞と動詞のお話は、人間でも一緒かな、と。

多木陽介氏

多木氏

人間だとどうなるんですか?(笑)

多田智美氏

多田氏

人間だと、アイデンティティっていうんですかね? ふだん私は大阪で、編集事務所をやっています、本をつくったり、イベントを企画したりしています、っていうなんとなくの言葉で自分を説明しています。でも、小豆島に私は神戸から船で3時間かけて行くんですけれども、そのときに出会ったおっちゃんに、「あんたどっから来たんや?」って聞かれるじゃないですか。で、「大阪から来た多田です」って答えると、「ああ、そうか」ってそれだけで終わるんです。この人がいったいどんな仕事をしているのか、どんな勉強をしてきたのか、そういうことはまったく関係なく。

吉行良平氏

吉行氏

島の人たちはみんな、本当によくしてくれるんですよね。魚釣ったから、食べようぜみたいなのとか。今年で2年目になるんですけど、最初はよそゆき感があったのが関わっていくうちにだんだん肩書きを失っていって、ここで何か自分の役割を見つけたい、みたいなことを自然に考えはじめて。

多木陽介氏

多木氏

先ほど、アイデンティティの話がありましたけれども、伊東豊雄さんが東北で「みんなの家」っていうのをつくったでしょう。仙台の宮城野地区っていうところに建てたのが、なんかごく普通の小屋みたいなものだったんですよね。えっ、これが伊東さんの設計?って驚くような。皆さんも、島へ行かれたときに最初そうだったと思うんですけど、俺はデザイナーだ、みたいな顔して行っても「あんた何?」ってことになっちゃうんですよね。

しかも、震災の後で、あれだけの大きな悲しみに浸っている人たちの前で、私は 建築家ですなんて顔はできないわけですよ。彼らの悲しみに、人間として向き合うためにはそんな衣は脱ぎ捨てないとだめだと。その後、40代の建築家3人が「みんなの家」みたいなものをつくったわけですけれども、明らかに現代建築家の「作品」だったんです。それを見たときに、ああ、この人たちは建築家の衣を脱がなかったんだなと。

多田智美氏

多田氏

震災の直後に、デザイナーとして何かしたいということでポスターをつくったりとか、そういう活動をする人たちにずっと違和感があったことを思い出しました。小豆島には移住するんじゃなくて、行ったり来たりしてるんですけれども、それも重要なキーワードになっているんです。今日の木のお話でも、ずっと先っぽにいたらダメだし、ずっと根っこにいるだけじゃなくて、何回も何回も行ったり来たりすることで、フィードバックしながら関係性も入れ替わるんですよね。私たちが、何かを教えるとかじゃなくて、教えられる場面も多いんです。たこ釣ったからやるわ、みたいな場面でどうしていいかわからない。で、おっちゃんに教えてもらうっていう……(笑)。

多木陽介氏

多木氏

行くほうも、リハビリを受けているんですよね。

多田智美氏

多田氏

そうなんですよ。人間には大昔から、見えないものを見る力があるじゃないですか。ちょっとしたきっかけで、見えるようになるんですよね。小豆島では高校生、中学生たちと一緒にものづくりをしたんですけれども、ある生徒さんが「デザインっていうのは僕には関係ないものだと思っていたけれど、皆さんと一緒に過ごしてきて、僕たちの日常にあることなんだっていうのがわかりました」っていうのを聞いて、それはすごいことだなって。一緒に過ごした10日間のことが、いつかどこかで、彼らのなかで結びつくんじゃないかなって、すごく楽しみなんです。

イベント概要

プロジェッタツィオーネの木 根っこに戻って考える創造力
クリエイティブビジネスフォーラム海外編

メビック扇町では、クリエイティブに関する先端的・専門的な話題や海外情報等を提供するため、クリエイティブビジネスフォーラムを開催しています。
今回は、イタリア在住の演出家・アーティストの多木陽介さんの帰国に際し、イタリアのデザインに対する伝統的な考え方(プロジェッタツィオーネ)を解説頂きながら、デザインの本質について考えたいと思います。
特に、大阪で活動する若手デザイナーや参加者と多木氏との座談会を実現し、若手デザイナーや参加者にとっての気づきの場となればと考えています。

開催日:2014年10月9日(木)

公開:2015年1月20日(火)
取材・文:野崎泉氏(underson

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。