秋田道夫氏が語る、フォロワー10万人の裏側
クリエイティブクラスターフォーラム「クリエイターのためのSNSとの付き合い方」

誰もが発信者になれるこの時代、ブランディングや営業ツールにもなるSNSはクリエイターにとって重要なテーマ。そのことを裏付けるかのように、申し込みは定員を超え、会場は満席に。スピーカーは、70代を迎えてなお第一線で活躍し、SNSの総フォロワー数は10万人を超えるプロダクトデザイナーの秋田道夫さん。親交のある江口海里さんを聞き役に、自身の経験をもとにクリエイターとSNSの付き合い方について語り、後半では質疑応答も行った。

イベント風景

アカウント開設から1年で7万人突破

2003年にブログを始めて以来、約20年にわたって発信を続けてきた秋田さん。2021年に開設したXのフォロワーは10.2万人、今年9月に始めたnoteでもすでに3,000人以上がフォローしている。

Xを始めた当初、半年で増えたフォロワーはわずか12人。今と同じように発信していたにもかかわらず、「いいね」すらほとんどつかなかった。転機となったのは、講演会を聞きに来ていた人が、秋田さんの「機能を増やすには技術がいるが、機能を減らすには哲学がいる」という言葉を投稿したこと。その人には当時すでに約8万人のフォロワーがおり、投稿が注目を集めた結果、秋田さんのフォロワーは一気に7,000人まで増加した。さらに、自身がデザインした信号機についての投稿が論争を巻き起こし、トレンドランキングで4位になるほどの話題になった。

その流れを受けて、秋田さんは過去にレスポンスが良かったポストを2日にわけて再投稿。するとXのおすすめに表示され、フォロワーは一挙に7万人を突破した。その様子を見ていた江口さんも、あまりの勢いに驚いたという。「僕のフィードにもどんどん秋田さんのポストが流れてきて。フォロワー数もあっという間に増えていきました」

現在のフォロワー動向は、「100人近くが減って、また同じくらいの人数が増える」というサイクル。減って増えての新陳代謝があるからこそ、過去のポストを再投稿しても新鮮に届く。中でも人気なのは、「さっさとやってさっさと失敗してさっさともう一回やることです」というポスト。投稿するたびに、多くの“いいね”がつくという。

日常の中に、どれだけ機微を見出せるか

それだけのフォロワーを獲得する戦略を知りたくなるところだが、秋田さんは「成果なんて出そうと思っちゃだめですよ」という。「何かを始めるときに、目標を設定しない。設定しなければ結果を楽しめるんですよ。やる前にあまり自分を縛らないほうがいいですね」

さらに秋田さんは、自分から仕掛けることも大切だと話す。「実は今日のフォーラムも、僕から売り込んだんですよ。そういうのは恥ずかしいことではないし、なんなら恥もかいたほうがいいですね」

発信に欠かせない文章については、「文章を書いているというより、話しているだけ」と語る。秋田さんの講演を聞くと、その翌日からブログが秋田さんの声で再生されると言われるほど、話し言葉と書き言葉の距離が近い。かしこまった文を書くより、普段の自分の言葉に寄せるのが秋田さんのやり方だ。

秋田道夫氏
安いもの、高いもの、両方を試すのが秋田さんのスタイル。この日は、講演のために高価なブランドシャツを着てみたものの、肌触りが寒く感じられたため国産シャツに着替えたとのこと。

さらに大切なのは、“自分が書きたいこと”より“自分が読みたいこと”を書くこと。特別なテーマである必要はなく、日常の中の小さな機微をどう捉えるかに差が出るという。「同じ制服でも、おしゃれに見える人とそうでない人がいるでしょう。印象が違うのは、襟やシワ、靴など小さな部分の整え方。要は、着こなしです」。文章も同様、同じことを書いても、どこに気を配るかで印象は変わる。その小さな違いが、人を惹きつける力になる。

実際、秋田さんの日常の視点は面白い。例えば、新しいものを使うときはまず安いものを買い、慣れてからおもむろに高いものを買うという。「これを僕はサンドイッチ作戦といって、安いものと高いものを両方買って、その間にどんな価値の違いがあるかを見定めるんですよ」。デニムもユニクロとA.P.Cを履き比べ、ダウンジャケットもユニクロとモンクレールを着比べる。時には思い切って50万円100万円する時計を買ってみるのもいい。「それがおとなの面白さです」と秋田さん。そうした経験の積み重ねが、自分だけの視点になっていく。

秋田さんが本音で応える質疑応答

休憩をはさんで後半スタート。ここからは、会場からの質問に答えていく。

イベント参加者

質問者

クリエイターがつぶやかない方がよいことはなんですか。

秋田氏

SNSでは、嘆かない、悪口を書かない、批判をしない、そして自慢もほどほどに。基本は“自分が読みたくないものは、他の人も読みたくない”ということですね。特に、批判はやめておいたほうがいい。みんな批判の代理人を求めているだけで、批判で評判を取っちゃうと後が大変なんです。それから、特定のクライアントを褒めない方がいい。どこかを褒めると、書かないということは非難になっちゃうんです。

嘘でもいいから元気そうな文章のほうが、読むほうも元気をもらえるじゃないですか。実態なんてわからないわけですよ。だから、服装さえ良くしておけば、儲かってるように見えるんです。人も仕事も、人気のあるところに集まるから、儲かってるふり、仕事があるふりをしたほうがいいですね。

イベント参加者

質問者

目標を設定しないとのことですが、日々の発信のモチベーションは何でしょうか。

秋田氏

もう呼吸みたいなものですね、空気を吸って空気を吐くのと同じ。僕は、仕事はそのうちなくなるという前提で考えるんです。仕事がなくなっても働ける手段として、SNSがあるでしょう。たとえばnoteのメンバーシップは、200円でも500円でもお金が発生する。そうすると、その金額に見合う価値を提供しないといけないという、いい意味のプレッシャーが生まれるんですよ。その適度な負荷が、生きがいにもつながるんです。

そもそも、誰も人に期待なんてしていません、皆さんにも、僕にも。だから、あまり大げさに考えないほうがいいんですよ。

最近は、卒業を意識しているんです。卒業すると、入学できるので。同じようなものを買ったら、古いほうは手放す。サブスクも整理していて、iCloudもやめました。どこまで手放したら困れるか、試してるんですよね。

秋田さんのnoteは毎日更新。「1週間に2回でいいとかよく聞くんですけど、毎日書いて短くしたほうが楽だと思って」。

イベント参加者

質問者

発信する際に気をつけていることはありますか。また、発信内容のマイルールみたいなものはありますか。

秋田氏

昔のことは言わないし、未来のことも言いいません。でも、不思議と予言みたいな偶然はあるんです。たとえば、ハンス・ウェグナーの椅子を紹介したら、たまたま渋谷でハンス・ウェグナー展がやっていたとか。そういうことがよくあって「秋田さんが注目すると、何か月後かに雑誌で特集される」なんて言われたこともあります。自分の昔話はしないけど、昔のいいものは今でもいいと思うという柔軟性があると思います。

それから、僕は“自分の中のザワザワとかギザギザ”みたいなものは、わざわざ書かなくていいと思っていて。外から見てる人って、自分が思うよりずっと“きれいな僕”を見てるかもしれないでしょう。僕自身が秋田道夫なのかどうか、わからないですよ。本とかSNSに生きている秋田道夫がいちばん秋田道夫で、生身の僕はどうでもいいんです。

イベント参加者

質問者

SNSを始める前と後で何か気持ちや生活は変わりましたか。

秋田氏

いや、変わってないと思いますよ。僕、昔から“歩くSNS”というか、おしゃべりマシーンだったんです。「機能を増やすには技術がいるけど、機能を減らすには哲学がいる」と言ったのはわたしがソニーにいた1986年のことです。老成した33歳ですね。当時、いろいろな機能がついた高級CDプレイヤーをデザインしていたんですが、僕は「高級なものほど、安物と一緒にしましょう」って言ったんです。便利な機能を足すより、筐体を丈夫にして安定させるほうが価値になると思っていて。20代で受けた取材でも「製品に求められているのは、さりげない上品さと意識的な野暮ったさだ」と言ってたんですよ。だから僕は昔からSNSなんです。やっと時代が追いついた感じですね。

イベント参加者

質問者

評判が良かったものをもう一回載せるとおっしゃってましたが、過去に反応が良かった文章をまったくそのままコピーペーストしてつぶやくという意味ですか。

秋田氏

そうですね。ただ、そのままリポストではなく、少し修正します。文章の最後に丸をつけないのが今時らしいんですよね。ちょっとずつ改良して投稿します。

イベント参加者

質問者

2009年にツイッターを始めてフォロワー35人です。いつも何か書こうとするたび、誰が興味あんねん!と思ってためらってどうでもいいことしか書けません。改善方法はありますか。

秋田氏

指南書には、「有名人を100人フォローする」とか書いてますよね。せこいとは思うけど、やってみるのは手ですよね。埒があかないなら、埒をあけるためにやったほうがいいです。僕も自分の講演会の集客のために、身銭を切ったこともあります。自分にバリューがあると思ってる人がいるけど、バリューなんかないですよ。だから、お金を使ったり恥をかいたりしないと。

Instagramのフォロワーは約4,000人。ほかにFacebookのアカウントも開設しているが、そちらはほぼ知り合いとのこと。
イベント参加者

質問者

秋田さんが最近SNSで「読みたい! 見たい!」と思うものはどんな内容の発信ですか。好きなテーマはありますか。

秋田氏

ないんです。なぜかというと自分が出す側だから、面白いものを見ちゃいけないんです。本も読みません。読むと、かぶってるんですよ。僕が考えてることなんて、何百年も前からあるんです。本を読むと、同じようなことを言う人がいるんです。だからもう怖くて読めない。

イベント参加者

質問者

SNS疲れみたいなことってありましたか。

秋田氏

インプットしないから疲れないし、人の情報が入ってこないから疲れない。自分の書くタイミングで動いているから疲れないんです。ただ、Xは一週間休んだことがありました。10万人を超えて、さすがに疲れたので。後ろから人がいっぱい追いかけて来る感じでしたね。

イベント参加者

質問者

SNSでフォロワーが多くなると、対応しきれなくなったり、お仕事につながらない場合もありませんか。

秋田氏

これは言っておかないと。仕事には一切つながりません。仕事を発注する人はXを見ていませんから。昔から、ブログを見る人は仕事を頼む人にはならないと思ってました。これから独立しようと考えている若い人には響くかなと思ってましたけど、僕はある程度キャリアもあったから頼みにくい存在だったと思うし、しかも偉そうなことを書くからめっちゃ怖がられてました。仕事がもらえるどころか、俺に仕事をくれるなって言ってるようなものでしたね(笑)。

イベント参加者

質問者

発信をしていない日はないのでしょうか。

秋田氏

ないです。もうライフスタイルというか、朝起きて食事をして事務所に行って書くというパターンになってます。でも、やめてもいいんです。ただし意味が出るのは、ずっと続けてきた人がやめたとき。書いたり書かなかったりの人がやめても何も起きないけど、書き続けてきた人がふと止まると、そこに意味が生まれます。

イベント参加者

質問者

自己投資に効果があるのは何歳まででしょうか。

秋田氏

何歳でも。無駄遣いできるようになることがとても重要で、自己投資って投資効果があると思ってるでしょ? 自己無駄遣いですよ。戻ってくるなんて思ったらダメです。おすすめは、月に10万円まで無駄遣い経費にするんです。たとえば2万円でジーンズを買って失敗しても、それは損じゃない。最初から無駄遣いする10万円の中の2万円だからです。空振りしても大丈夫な打席を自分で作ることが、心の余裕につながります。

イベント参加者

質問者

ご自身の言語やセンスや哲学は何で培われたと思いますか。

秋田氏

哲学ってデザイナーにね、昔は必要なかったんですよ。絵が描ければそれでよかったんです。でも1年浪人していた時に、これ以上絵が上手くなったら東京藝大に行きたくなるから、上手くなるのをやめたんです。石膏デッサンをせずに、色彩構成とか立体構成をやりました。それで愛知芸大に入学したら、絵が上手くなってたんです。だから、目なんですよね。目が肥えると絵が上手くなる。

ここで時間が来たため全ての質問を取り上げることは叶わなかったが、秋田さんは名前の由来や家族、ファッションなど多岐にわたる問いに丁寧に回答。秋田さんにしか語れない独自性のある回答に、会場が大いに沸いたフォーラムとなった。

イベント概要

クリエイターのためのSNSとの付き合い方
クリエイティブクラスターフォーラム

「SNSは、若者だけのもの」「SNSで発信なんて、ちょっと恥ずかしい」。そう思っていませんか? 日本を代表するプロダクトデザイナーであり、70歳を超えてなお第一線で活躍し続ける秋田道夫さん。SNSで日々発信を続け、その総フォロワー数はなんと10万人を超えています。なぜ、この年齢でSNSを続けるのか。そして、どうすれば「知られること=恥をかくこと」を恐れず、SNSと良い関係を築けるのか。今回、秋田さんご自身の「経験を世の中に役立てたい」という強い想いから、自身の経験をもとに、クリエイターがSNSとどう向き合うべきかをお話しいただくことになりました。秋田さんが長年培ってきた経験は、若い世代のクリエイターはもちろん、秋田さんと同世代の方々にも「自分もできるかもしれない」という希望を与えてくれるはずです。デザイン、建築、写真、映像など、あらゆる分野のクリエイターの皆さんに、ぜひ知っていただきたい内容です。

開催日:

秋田道夫氏(あきた みちお)

プロダクトデザイナー

ケンウッド、ソニーのインハウスデザイナーを経て独立。生活家電や文具、LED信号機、Suicaのチャージ機など、多岐にわたる公共機器のデザインを手がける。1970年代後半から現在まで、第一線で活躍し続ける日本を代表するプロダクトデザイナー。

https://note.com/kotobakatachi
https://x.com/kotobakatachi

秋田道夫氏

江口海里氏(えぐち かいり)

株式会社江口海里スタジオ 代表取締役
クリエイティブディレクター / デザイナー

大阪府生まれ。大阪市立工芸高等学校、大阪市立デザイン教育研究所をともにプロダクトデザインを専攻し卒業。メーカー、デザイン事務所と下積みを経て2008年独立。「デザインでものと人のいい関係を構築」をビジョンに掲げ、新たな価値創造や埋もれている価値を掘り起こすことに日々奮闘している。セレクトショップWELD DESIGN STORE店主 / 日本インダストリアルデザイン協会(JIDA) 正会員 / 自立分散型デザインイベント DESIGN WEEKEND OSAKA 発起人

https://www.kairi-eguchi.com/

江口海里氏

公開:
取材・文:金輪際セメ子氏(株式会社シカトキノコ

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。