一挙公開、デザインコンペで勝つ方法。
クリエイティブサロン Vol.145 久保貴史氏

毎回、さまざまなジャンルのクリエイターをゲストスピーカーにお迎えして、その人となりや活動内容をお聞きし、ゲストと参加者、また参加者同士のコミュニケーションを深める「クリエイティブサロン」。今回のゲストは、デザインコンペで多くの受賞実績を持つコンセプトデザイナー、久保貴史氏。この日は約2時間にわたり、デザインコンペで勝つための戦略やテクニック、デザインアイデアの発想方法が伝授された。実際の受賞作を例にとった、わかりやすくためになる“特別セミナー”。その模様を今回は“講義”のダイジェスト版としてまとめてみた。

久保貴史氏

デザインを三つの立場から俯瞰。

久保氏は大阪生まれ大阪育ち。国立京都工芸繊維大学の工芸学部造形工学科で学び、現在はプロダクトデザインやブランディング、デザインコンサルティングなどを行うthe authentic designを主宰し、大学の同窓生の高良浩世氏と運営する久保高良建築設計事務所では共同代表を務めている。久保氏はデザイナーとして活動する“実践者”の立場だけでなく、母校内にある研究機関での“研究者”の立場や専門学校・中学校で教える“教育者”の立場からもデザインを俯瞰しているという。
「三つの立場をとっているのは、社会がどのように変動するのかを知るためです。“過去”を研究し、その延長線上で“現在”を捉え、そしてここ数年で社会に出る若者の動向や感覚を理解すれば、デザインにおける“未来”の予測精度は高まる、と考えているからです」と久保氏は語る。

勝つための五つのセオリー。

本題の“デザインコンペに勝つ方法”としては、セオリーとテクニックが五つずつ事例を交えながら丁寧に紹介された。五つのセオリー、そのトップバッターは“プロファイリング”。主催者の強みや弱み、開催意図、審査員の着眼点など、コンペに臨む上で調べられることはすべて調べよう、というものだ。
「これなくしてはまず勝てない。主催者側の意図を的確に把握し、傾向や嗜好を見極め、見当違いを防ぐことが出来て初めて審査の土俵に上がることが出来ます」
事例として有機ELパネルメーカーのデザインコンペ最優秀賞受賞作品が紹介された。久保氏は採用作品がドイツでの展示会に出品されることや審査員の中に日本人の工業デザイナーがいることも踏まえてデザインしたという。

セオリーの二つ目は“ワンアイデア”。訴求点は一つに絞ろう、というもので、事例として紹介されたのは店舗用金具を用いた空間デザインコンペのグランプリ受賞作。金具の気配を消し去ることを主眼に置いて、金具を付けたポールと付けていないポールを林立させ、店内にポールの森をつくり出したという。

三つ目は“ワンビジュアル”。一枚のビジュアルですべてがわかるようにしよう、というもの。応募作品が大量に寄せられた場合、ふるいにかける選別時には題名すら読んでもらえないケースも考えられる。だから、読んでわかるのではなく、見てわかるようにしておくことが重要というわけだ。事例としては、杉の合板を積み重ねて川面の波の姿を表現した創作行灯デザインコンペ最優秀賞受賞作品“高瀬川”が紹介された。

四つ目は“インコンプリート”。意外なことだが、コンペに応募する際にはあえて完成させない方がいい、と久保氏は言う。
「未完成ではなく、改良できる余地を残しておくことが重要ですね。そうすることで使用シーンや応用方法などを各々に想像してもらえる、つまり頭の中で疑似的に経験してもらえるんです」
紹介された事例は、文具メーカーのデザインアワードで優秀賞を受賞した作品。“エンボスノート”という名で実用化されているこの作品は、紙だけで作られていて全く印刷されていない。応募の際には、“どんな人に贈りたいか”や“交換日記としてこんな風に使ってもらえたら”ということをプレゼンシートにあえて書かず、実際のプレゼンテーションのときに口頭で伝えたという。

五つ目のセオリーは“コーナーカッティング”。やり過ぎないこと、尖り過ぎないことが肝心という。事例として江戸小紋を用いたワインマーカーが紹介された。パーティー会場で自分のグラスと他の人のグラスとの取り違いを防ぐためのグッズで、この作品は東京手仕事プロジェクトの商品開発支援対象に選ばれた。
「このコンペでは、ちょっと目新しいけれど、年配の人にも受け入れられる。そんなところを意識しましたね。感度の高い尖ったものは素晴らしいデザインであっても、その分、理解できる人も少なくなります。野球で例えるなら、肩の力を抜いて自分が思っているところに投げ込む、といった感じですね。時速160kmの豪速球を投げるよりも140kmでコーナーを突く方が賞を獲れます」

Light-Brick
LG OLED DESIGN COMPETITION 2018 最優秀賞“Light-Brick”

おすすめテクニックも五つ伝授。

セオリーに続いてレクチャーされたのは五つのテクニック。一つ目は“プレーン”、簡潔で素朴、見たままでわかるのが大切ということ。参考事例として紹介されたのは、京都府立林業大学校の校章ロゴだ。
「このコンペでは審査は行政の方がされるということだったので、そのことを意識して誰が見ても理解できることを心掛けました。複雑な造形や、理解の難しい意図をあえて排すことで、市民からの反対意見やクレームを回避したい行政マンの心理にも配慮しています」

二つ目は“リアリスティック”、現実的ということ。少しデフォルメしてでも審査の段階で先方に“本物を作ってみたい!”と思わせるのが大事、と久保氏はいう。事例としてスライドで映し出されたのは、京もの文化イノベーション事業“新ものづくり創造コンペティション”で審査員賞を獲得した漆塗りの指輪。若い人でも年配の人でも身につけることができ、長い期間使えて、さまざまなシーンで活躍するものを想定してデザインしたそうだ。
三つ目は“ティックル”。くすぐりという意味で、コンペ主催者が暗に意図している部分をケアしよう、というもの。久保氏は第五回京都文化ベンチャーコンペティションのアイデア部門で最優秀賞に輝いた“中高男女学生服における京工芸の積極的利用”を例にとって、それぞれのくすぐりどころを披露した。

「学生服のスカーフなどに西陣織や京ちりめんを使うというこの案が採用されると、それらを毎年二月三月に生産することになるので、つくり手側も生産の見込みが立ちます。それがすなわち職人さんへの継続的な支援になるというわけです。採用する学校側も自校の特色を打ち出すPRになり、京都府という自治体にとっては京都ブランドの認知度向上につながるというメリットがあります。抱えている懸念や危惧される問題を解決する内容は、さまざまなメリットを生み出すので、選考者を大いにくすぐることができます」

四つ目は“コントレイリー”。逆張りという意味で、大多数が考えることは、まずプランから外しましょう、というもの。久保氏が事例として取り上げたのは、ホテルにおけるシャワー水栓を使った日本の風呂の提案だ。デザインコンペで最優秀賞に選ばれたこのプランは、雨を風呂に見立てた案で、大抵が檜風呂や陶器の風呂などのバスタブで提案してくることを想定して逆張りしたのだという。

そして五つ目は“リユース”、つまり再利用だ。応募したコンペで選ばれなかったとしても、別のコンペに出した方が良い。プランが全否定されているとは限らないし、自分自身が良いと思って相当な時間や手間を費やしたプランであれば、他のコンペでテーマが変わった時に視点を変えることでむしろ自分の作品の新しい価値に気づく事ができる、というわけだ。事例として挙げたのは、虹をつくる歯ブラシ。柄の部分がプリズムになっていて、壁や床、天井に美しい虹をつくり出す。以前コンペに出した案を“リユース”することで新しい価値を再発見し、改めて提出したところ選考会のファイナリストに残ったという。

以上がサロンで語られた五つのセオリーと五つのテクニックだが、それらはいずれもサロン終了後に引用された「離見の見」という世阿弥の言葉の通り、審査する立場に立った客観的な視点の重要性を説いたものだった。

学生服のスカーフ
第五回京都文化ベンチャーコンペティションのアイデア部門 最優秀賞“中高男女学生服における京工芸の積極的利用”

必要なのは、専門性と広範囲な知識。

“本当にいいデザインができているのか?”、“新しいものをつくることができているのか?”を知るために、そして社会的な評価を得るために、デザインコンペにチャレンジし続けている久保氏は、デザイナーに必要なスキルについてこう語った。

「僕は書店に行くと、一番興味のない本棚を一回のぞいてみることをしています。なぜなら、デザインというのは教養で、言い換えると余剰知識でもあります。日々の生活の中で自分が意図しないことをあえてすることが思考に役立つと信じているからです。デザイナーに必要なスキルは、スペシャリストとしての専門性とジェネラリストとしての広範囲な知識だと考えています」

単なる思い付きではなく、論理的な思考や知識を得るための努力、手間を惜しまないCG作成やモックアップ(模型)づくりによって生まれた受賞作の数々。今回のサロン参加者は、その制作過程やコンペの舞台裏まで本人の解説付きで“受講”でき、多くの気づきや学びを得たことだろう。久保氏の“教え”を実践することによって、参加者の中からそしてこの記事をお読みくださった方の中から、実際のデザインコンペで入賞する人やビジネスの現場でイノベーションを起こす人が誕生することを大いに期待したい。

イベント風景

イベント概要

デザインコンペに勝つ方法 – 実例解説と論理的思考法 –
クリエイティブサロン Vol.145 久保貴史氏

デザインはそのジャンルを問わず、創ったモノの評価が困難で、その価値を推し量ることが大変難しいです。それゆえに、客観的評価を得るためにデザインコンペに勝つことが非常に重要だと考えています。
今回は、受賞作の実例解説をベースに、その戦略やテクニック、デザインアイデアの発想方法までを惜しみなくお伝えしたいと思います。これは、商品開発やブランディング、企業イノベーションの場にも応用できる論理的な思考法の解説でもあります。

開催日:2018年6月28日(木)

久保貴史氏(くぼ たかし)

the authentic design 代表 / コンセプトデザイナー
久保高良建築設計事務所 共同代表
京都工芸繊維大学 伝統みらい教育研究センター 研究員
大阪モード学園 講師

略歴
  1. 1973年 大阪府生まれ
  2. 1992年 大阪府立住吉高校卒業
  3. 1997年 国立京都工芸繊維大学 工芸学部造形工学科卒業
受賞暦
  1. LG OLED DESIGN COMPETITION[最優秀賞]
  2. コクヨデザインアワード2015[優秀賞]
  3. オカムラvisplayデザインコンペ[グランプリ]
  4. ハンスグローエジャパンデザインコンペ[最優秀賞]
  5. 他多数

公開:
取材・文:中島公次氏(有限会社中島事務所

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