エンジニアとしても経営者としても“養殖モノ”。“天然モノ”にはない強みで、組織を導く
クリエイティブサロン Vol.115 大谷佳久氏

大手SI企業でプログラマーとしてキャリアをスタートし、フリーランスのwebデザイナー、ベンチャー企業の取締役と変化に富んだ道のりを歩んできた大谷佳久氏。2008年に設立したジールズ株式会社は、約10年の時を経て数々の人気アプリを手がけるクリエイター集団へと成長した。エンジニアとしても、経営者としても自らを「天然モノではなく養殖モノ」と評する大谷氏が、現在に至る足取りとそれを支えた独自の考えを語った。

大谷佳久氏

100本を超えるアプリプロジェクトの出発点は、
一人のエンジニアの好奇心

大学を卒業後に就職したSI企業は、社員数1,500人以上という大組織。その後、一転してフリーランスに。少数精鋭の制作会社での営業経験を挟んで次に所属したのは進境著しいベンチャー企業。ここで取締役まで務めた後に設立したのが、現在、社長を務めるジールズ株式会社だ。
「私は根っからのエンジニアではなく、職業としてエンジニアを選び、知識や技術を身につけた“養殖モノ”の技術者。その後、クリエイターに転じたものの、ベンチャー企業で担当したのは営業に加え人材の採用や育成。必ずしも思い通りになったわけではないキャリアですが、スケールも成長ステージもまったく違う組織を経験することができました。ここに、自分なりの強みがあるのかな、と今は感じています」
ジールズは、ベンチャー企業時代の経験を自分なりに体現することを目標に作った会社だ。大谷氏が社長になったのは、組織作りや人材育成の経験を活かすため。当初は、webシステムの開発を主力事業としていた。
「企業サイトの更新を効率化するシステムを開発していました。今で言うCMS的なものですね。ただ、なかなか思うように業績は伸びなかった。そこにリーマンショックの余波も加わり、かなり厳しい時期もありました」
そんなとき、大谷氏が「勝利の女神」と語る存在と出会う。iPhone3Gだ。
「エンジニアの一人が、『これは来ますよ』って言うんです。アプリを開発するには設備を整える必要があって、正直苦しかったのですが、『エンジニアがやりたいと思ってくれているなら、やってみよう』と考え直してチャレンジすることにしました」
開発したのは、iPhoneで撮影した画像が、iPhoneを刀のように振ることでバラバラに斬れるというアプリ。その名も「斬鉄剣」だ。当時はまだ、スマホアプリの開発について世の中にノウハウがあまり蓄積されていない時代。斬鉄剣を手に営業に打って出た大谷氏は、行く先々から相談を受けるようになった。今に続く、アプリ開発業務が本格的に稼働したのだ。


自社で開発したアプリ「斬鉄剣」

「このとき、たまたまですが、『カメラの制御をしよう』『画像処理技術を使おう』『ジャイロセンサーの制御をしよう』『App storeで販売しよう』というテーマを決めていたんです。いずれも初めての経験なので簡単ではないテーマでしたが、エンジニアのやる気をかき立てたのか、エンジニアの頑張りで想像以上のスピードで完成することになりました。また、営業先が興味を持つポイントとも合致していた。この経験から、以降の開発ではテーマ決めをして取り組むようになりました」
斬鉄剣でアプリ開発の可能性と出会ったジールズは、第2弾として検定ものにチャレンジする。このときのテーマは「多階層な画面構成」「オンラインで内容を更新できる」「他ジャンルに応用できる汎用性」「課金アプリにする」というものだった。これらのテーマは、“検定”というジャンルと見事にはまった。共通の枠組みを使い、内容をカスタマイズすることでさまざまなジャンルの検定アプリを開発できたのだ。さらに、この考え方は占いというジャンルにまで広がっていった。
「この広がりの結果、iPhone用アプリ開発という立ち位置から、アンドロイドを含めたスマホアプリ開発という立ち位置に変わってきました。また、アプリ開発を受注するだけでなく、企画段階からご相談を受けることが増えました。その結果、日本を代表するような企業やクリエイターと一緒に仕事をさせてもらう機会も生まれてきました。電車に乗ると、私たちが作ったアプリを操作する人をリアルに目にすることも。創業時には考えられなかったようなステージにまでたどり着いたと、嬉しさも感じつつ、驚きを感じています」

自分たちは頑固なラーメン屋になっていないか?
自問自答の末に、海外へのチャレンジを決意

webシステム開発からスマホアプリの開発・コンサルティングへと事業の軸足が移っていくなかで、大谷氏が大切にしてきたことがいくつかある。そのなかの一つが、エンジニアの好奇心を刺激すること。これは、斬鉄剣が誕生したときの体験とも関係している。
「エンジニアに『これ、作れる?』って尋ねると、たいていの場合は『作れますよ』と答えてくれます。すると依頼する側は、『じゃあ、作ってね』となるのですが、エンジニアの考えていることは違う場合がある。『技術的には可能です。ただし、時間や設備などの環境が整えばですが』という、条件付きでの話なんです。このギャップをお互いに埋めることが重要なポイントだと学びました。だから、『これ、明日までに作れる?いくら◯◯さんでも、さすがに明日は無茶かな?』といったふうに相手の状況も鑑み尋ねるよう心がけました。自分がエンジニアだった頃を思い出しても聞き方次第、依頼のし方次第で、エンジニアの動きは変わってくる。俄然燃えてくれる場合もあるんです」

作品
SNSアプリ「Planet」

ジールズが手がけたアプリは今や、あるものはランキングで1位を獲得し、あるものはダウンロード数300万を超える。大飛躍を経験し、改めて大谷氏は自問自答することがある。それは、「自分たちは頑固なラーメン屋になっていないか?」ということだ。
「僕は『ラーメンを食べさせてやっている(アプリを作ってあげている)』『うちのラーメンはうまいんだ。黙って食え(黙って僕たちに全て任せておけ)』っていうのは少し違うと思っています。美味しかったか、また来たいかはお客さんが総合的に判断する。もちろん明らかに間違った判断をしそうな時はプロとして出来うる限りの提案や代替案を出してみます。お客さんに喜んでもらうため、社会に何らかの役に立つために、常に自分自身をブラッシュアップしていくべきです。それは個人としてもですし、会社組織としてもです」
そこでジールズでは、収益構造の再検討、新しい技術への挑戦、やりたい分野の明確化という3つのテーマに取り組んでいる。特に「やりたい分野」に関しては、医療、教育、海外という具体的なジャンルまで絞り込んだ。
「日系の企業と共同で進めているシンガポールでのプロジェクトは、売上としても重要な位置を占めるまでに成長してきました。2015年の夏からは、台湾でもプロジェクトを開始。こちらでは、優秀なエンジニアとの出会いが期待できそうです。医療分野では健康アプリの開発を進めていますし、教育分野では、私自身が大学での授業を受け持つようになり、それも4年目になりました」
目まぐるしい変化を経験し、試行錯誤を重ねながらも組織を成長へと導いてきた大谷氏。エンジニアとして“養殖モノ”だったという言葉を受けて、会場からは、「経営者としては養殖モノか、それとも天然モノか」という質問が上がった。それに対して大谷氏は、経営者としても養殖モノだと回答。
「チームの先頭に立ってビジョンを語り、メンバーを鼓舞して導いていくリーダーに憧れはしますけど、私はそういうタイプではない。現実ありきでそのときどきの施策を考え、行動してきました。このスタンスでジールズの社長をやってこれた要因の一つには、やはり、大小様々な組織を経験してきたことがありますね」
組織を率いるリーダー、あるいは事を成したエンジニアやクリエイターといえば、多かれ少なかれ、“天然モノ”の要素を持っていると考えがちだ。しかし、それとは異なるアプローチでジールズを成長へと導いている大谷氏。その言葉と足取りに、参加者はみな、「自分は天然モノか、養殖モノか?養殖モノなら、今、何をすべきか?」を考えているようだった。

イベント概要

クリエイティブサロン Vol.115 大谷佳久氏
起業して思ったこと。海外展開してみて思ったこと。

起業してから間もなく10年目。当初はWebシステム開発をメインにしていた私たちですが、1つのきっかけからアプリ開発に着手。現在までに100本を超えるアプリプロジェクトに参画するようになりました。また、3年ほど前から海外のプロジェクトにも参画するなど、これらを経験して感じた事、気づいたことなどを私のキャリア変遷と併せご紹介します。

開催日時

2016年10月13日(木)19:30〜21:00

会場

メビック扇町 ロビー

大谷佳久氏(おおたに よしひさ)

ジールズ株式会社 代表取締役
大学卒業後、大手SIerに入社しシステム開発の基礎を学ぶ。5年半ほどエンジニアとして様々なプロジェクトに参画した後、退職。フリーランス、ベンチャー企業での役員を経験し、ジールズ株式会社を設立。Webシステムやスマートフォンアプリなど、多数の開発プロジェクトに参画。現在は大阪成蹊大学やバンタンゲームアカデミーでの講師も務め、教育分野にも積極的に取り組みながら国内での事業展開に加え、アジア圏での事業展開も進めている。
ジールズ株式会社

公開日:2016年11月25日(金)
取材・文:ウィルベリーズ 松本守永氏