危機感と愛のあいだで。迷い揺れながら、探しつづける方法論。
クリエイティブサロン Vol.117 中川悠氏

トレードマークは陽気なオネエキャラと赤メガネ。さまざまな社会課題を編集の力で解決せんと「イシューキュレーター」を名乗り、障がい者福祉やまちづくり、学生教育、ものづくり企業支援に東奔西走する中川悠さん。最近では、都心のオフィス街に立ち上げた障がい者福祉施設「Give & Gift」がグッドデザイン賞を受賞するなど、その活躍ぶりに「この人、一体何者なの?」とお思いの方も多いだろう。今回のサロンは、いつものメビックを離れ、その「Give & Gift」へ。トークが進むにつれ、普段はあまり語られることのない本音も飛び出す密度の濃い時間となった。

中川悠氏

「編集の力」に気づいた青年が「イシューキュレーター」を名乗るまで。

「人前でプレゼンや講義は山ほどしてきたけれど、自分のことを1時間半も話すとなると、アタシ一体どうすればいいのと(笑)。今日は本音をどこまで伝えられるか、そのせめぎ合いになりそうです」

そんな前置きから始まった語り。まずは「イシューキュレーター」という肩書に込められた意味からひもといていく。もともと23歳からタウン誌の編集者として約3年を過ごした中川さん。年に4回は繰り返される「焼肉特集」の切り口を変えて斬新なものにするため、「阪神タイガース」と掛けて解いてみたり。新しいアイスクリーム店のオープンには、スイーツ好きアナウンサーをぶつけてみたり。自ら知恵を絞り、街ネタを取材して歩いた日々のあいだには、企画が当たってお店に大行列ができたこともあれば、逆にクレームの嵐で騒動を招いてしまったこともある。こうして中川さんは、一見ニュース性のないものにニュース性を付け加えることもできてしまう「編集の力」を知っていく。

そして2007年に株式会社きびもく、後にNPO法人チュラキューブを立ち上げると、その「編集の力」を活かし、以前から関心を寄せていたソーシャル分野の仕事に取り組み始める。「イシューキュレーター」のイシューとは、少子高齢化・医療福祉・教育・雇用・防災など私たちの前に立ちはだかる社会課題。そしてキュレーターとは、過去にさかのぼってこれまでの経緯を調べ、各分野の専門家の知識と新しい切り口を掛け合わせるという「編集」の視点で、新しい価値軸を作る人のことだ。

講演をする中川氏
学生時代の演劇経験でハマったオネエキャラ。他人に心を閉ざしがちな若者や障がい者も、このキャラなら警戒心がゆるむと気づいて以来、定番化した。自治体や教育機関などでの講演・講義は年間60本以上。人前で話す機会を増やし、その活動をSNSで発信することで、新たな相談依頼を次々呼び込むきっかけになっている。

「障がい者」「支援者」「社会」の三者にこれからの共生を問いかける「Give & Gift」

中川さんたちが2014年に立ち上げた「Give & Gift」は、1階にカフェ、2階に厨房、3階に軽作業のできるスペースがあり、ビル丸ごとが障がい者就労支援の場。最大のテーマは「障がい者の工賃向上」だ。

「障がい者が就労訓練として月20日働いて得られる工賃は、全国平均で約14,500円、大阪は全国ワースト1で約1万1000円程度です。さらに障がい者福祉施設は郊外に多い。これは戦後間もない頃にできた法令が、戦争で四肢を失った方、心を病んだ方を差別主義の中から隔離して守ろうという考えに基づいているからとも言われています。それが障がい者総合支援法のもと、障がい者も自分たちで仕事を請け負って工賃を生み出しなさいという流れになってきています。でもビジネス経験のない福祉専門職員が商品開発して、郊外でモノを作ったって売れないんです。だったら都心で、しっかりマーケティングしたものを売ればお金が回転するんじゃないかとずっと思っていました」

「Give & Gift」では管理栄養士と一緒にカフェメニューを開発。味や盛り付け、適正価格にもこだわったランチやデリが並ぶお店は、昼には近隣のOLで一杯になる。来店する人の9割以上は、ここが福祉施設だとは意識せず、「おいしいし、おしゃれだから」と足を運ぶ。今や工賃は全国平均の2倍に到達するときもあるという。

中川さんが望むのは、「障がい者」「支援者」「社会」三者の気づき。障がい者にとっては、電車に乗ってオフィス街に通うことが、時間を守り身だしなみに気を配るなど、一般就労を意識した働き方につながる。また支援者である福祉専門職員に対しては「もっと福祉の外の世界を見て、ちゃんとお客様に喜ばれる商品を作ろう」というマインドシフトを促す。さらに学校や行政、企業など外部からの見学も受け入れ、広く協働を呼びかけている。

笑顔で販売するスタッフ
Give & Giftではカフェの調理業務だけでなく、デリ持ち帰り用の手提げ紙袋加工や、清掃、機織りなど、複数の作業を用意。障がいの度合いや個性に合った作業をひとりひとりが選べるよう工夫している。

今、中川悠を突き動かすもの。

「Give & Gift」のほかにも、これまで手掛けたプロジェクトを次々紹介していく中川さん。障がい者就業支援、コミュニティ再生、商業施設内での食育、ものづくり工場見学ツアーなどなど、内容は多岐に渡り、たとえ駆け足の紹介でも、そのタフな働きぶりが伝わってきて圧倒される。

でも中川さんは「こんな話ばかりすると、なんか“キラキラしてる人”みたいに思われちゃうのよね」と、どこか自分を突き放したように言う。そこにあるのは「自分のしたことは、社会にとってどれだけ価値があったのか」という、絶えず心を去らない自問自答のようだ。トークはやがて「中川悠を突き動かす危機感」という核心に迫っていく。

「すべてに立ちはだかる壁として少子高齢化があります。これから次々と自治体がなくなり、学校がなくなり、マンションがゴーストタウンになっていくと目に見えてわかっている中で、未来に向かって何ができるかを考えています」

母方の実家が精神病院、父は義手・義足の研究者という環境に育ち、幼い頃から弱い立場に追いやられた人と接する機会が多かった。かつて身を置いていた関西雑誌業界は廃刊が相次ぎ、その憂き目に遭った人々をたくさん見てきた。多くの人が生き残るために消耗戦を強いられ、行き詰まっていく状況の危うさ、脆さ。今、中川さんの書棚には、20年後の未来予測やAIに関する本が並んでいるという。

「僕がやってるのは、今から起こりうる困窮を予防するための、先読みの社会実験なんです」と中川さん。流行を追い、世間の耳目を集めるモノやコトを作るだけでは、もう満たされない、とも。増え続ける社会課題にコミットしながら生きていこうと決めた覚悟が、その言葉の端々から伝わってくる。

ピクニックイベント風景
六甲アイランドのコミュニティ再活性化に3年半かけて取り組んだ「PIC」。「ピクニック」をコンセプトに、まちのキーパーソンと膝突き合わせてイベントや情報発信に取り組み、世代間ギャップを超えたコミュニケーションづくりをめざした。

愛と経済のバランスを取りながら、長く続いていく価値あることを。

避けようのない環境変化の中で、脆弱な人を含めみんなを少しでも生きやすくするには、どうすればいいか。その持続可能な仕組みを探しつづける中川さん。今も日々山あり谷あり、悩みは尽きない。たとえばクリエイティブ業、福祉、飲食サービス業など、さまざまな仕事が入り混じる組織を率い、プロジェクトを動かしていくむずかしさもそうだ。

「うちはこれまで個の集合体のように自由にやってきたけど、それが通用しなくなっていく気がして。個の時代とは言うけれど、学生たちを見ていても、本気で個として力を発揮しようという強靭な精神をはぐくむ機会がないまま社会に出てしまう若い人が多い。よっぽど強力な個か、強力な組織か、でないと生き残りづらい時代なのかもしれません」

トークの話題はその後も「失敗したプロジェクトとその理由」「SNS活用のコツ」「中川流アイデア発想法」など縦横無尽に広がっていくが、やがて終わりの時間に。サロン後の交流会では、中川さんが先頭に立って参加者を「Give & Gift」の厨房や事務所に案内し、ハンディがある人の働きやすさを考慮した工夫の数々など、知られざる日常を垣間見せてくれた。

そして最後、お開きの挨拶を「これからも、本当に必要とされて、長く続いていくことをやっていけたらなと思います」と締めくくった中川さん。「伝えたい愛は一杯あるんだけど、複雑すぎる人間なもんだから…。ちゃんと伝わったかしら?」と心配そうに言うが、大丈夫、確かに伝わったはずだ。

会場風景

イベント概要

「社会課題を編集する」を仕事にする生き方
クリエイティブサロン Vol.117 中川悠氏

「自分が働いていた場所が無くなってしまう」。雑誌の編集者として生きてきた20代に、紙媒体の低迷により、所属していた雑誌が無くなってしまうという事態に飲み込まれてしまいました。その後、経済の低迷の中で、関西では10を超える雑誌が廃刊になり、フリーペーパー、テレビ番組、ラジオ番組までが消えていく時代が到来。果たして僕たちは、ものすごいスピードで進化しつづけるコンテンツ業界の中で、命の短い新しい媒体を作り続けることに意味があるのか? そう考えた時、「減少していくコンテンツ」ではなく、「増加していく社会課題」を仕事にしていこうと心に決め、動き出しました。
今回のクリエイティブサロンでは、「『社会課題を編集する』を仕事にする生き方」をテーマに、現在・過去に取り組んできたこと、課題解決を具体的なアウトプットにする方法などをお話できたらと思っています。

会場:GIVE & GIFT cafe

開催日:2016年10月24日(月)

中川悠氏(なかがわ はるか)

NPO法人チュラキューブ / 株式会社きびもく

株式会社講談社 KANSAI1週間編集部での情報誌編集業務、アートギャラリー運営などの経験をもとに、2007年にNPO法人チュラキューブ / 株式会社きびもくを起業。近年はクリエイターのビジネス促進を目標に掲げ、大阪府や近畿経済産業局などのマッチングイベントのファシリテーターを担当。その他にも、障がい者施設の工賃向上をめざしたお墓参り代行サービスビジネスの立ち上げ、団地やニュータウンのコミュニティ再生を目的とした「PIC六甲アイランド」など、人と街を元気にするため様々なプロジェクトに尽力している。また、2014年9月からは淀屋橋にカフェ併設の障がい者福祉施設「GIVE & GIFT」をオープン。社会課題を少しでもプラスに変えられるようなアイデアをカタチにしている。

http://chura-cube.com/

中川悠氏

公開:
取材・文:松本幸氏(クイール

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