好奇心で走り出し、チームで形にする。
クリエイティブサロン Vol.114 松本希子氏

毎回、さまざまなジャンルのクリエイターをゲストスピーカーにお迎えし、その人となりや活動内容をお聞きし、ゲストと参加者、また参加者同士のコミュニケーションを深める「クリエイティブサロン」。今夜のゲストは、株式会社ルセット代表の松本希子氏。コピーライターとして働き出し、その後は編集者、プランナーとしてキャリアを重ね、いまはフードコンテンツプランナー、おべんとうコンシェルジュとして「食のデザイン」をテーマに食と文化のコミュニケーションプロデュースを中心に精力的に活動している。そんな同氏が、好奇心の軌跡を存分に語ってくれた。

松本希子氏

たとえアシスタントでも、自分で企画を。

松本さんのキャリアは20歳の時、年収100万円のアシスタントコピーライターとして大手広告代理店の子会社に勤め出したときにスタート。クリエイティブディレクターの下、チームで取り組む広告づくりによってコミュニケーションデザインのプロセスの基礎を身につけた。

「アシスタントであっても自分で企画を考えて、サムネイルと呼ばれる簡単なアイデアスケッチを描くことが求められました。案がよかったら採用され、最終的に形がまとまったときにコピーはコピー、デザインはデザインといった具合に分かれて作業をする。そんな仕事の進め方でしたね」

同僚との結婚後は編集プロダクションへ転職し、編集のほかマーケティングリサーチも担当。主婦へのグループインタビューを行って、結果を報告書にまとめる仕事にも携わった。子どもにも恵まれたが、その子が0歳でアレルギー性気管支喘息を発病して入退院を繰り返したため、会社勤めを続けることが難しくなり、フリーランスの道へ。

「入院している子どもに付き添わないといけないので、ワープロを病院に持ち込んで夜になって子どもが寝ている横で原稿を書き、ファクシミリで送信することもありました。そのような状況でも仕事を辞めずに走り続けて来たから今があると思います」と当時を振り返る。

眼鏡のことは、松本に聞け!

フリーで仕事をしている松本さんに、京都で眼鏡店を営む夫婦を取材する仕事が舞い込んだ。中学生のときから眼鏡をかけていた松本さんだが、そこでそれまで見たことのないデザインのフレームが並んでいるのを目にする。聞くとヨーロッパのフレームだという。日本とヨーロッパのデザインの違いなど、いろいろと話を聞いているうちに彼の地でフレームを見てみたいという思いが募り、頼み込んでパリで開かれる国際的な展示会に連れて行ってもらうことに。費用は自腹、子どもは1週間家族に任せての旅だ。その後も足繁く通って取材をするうちに「眼鏡を見に行くだけではなく、眼鏡について書くことはできないか?」と思い立ち、知り合いのつてを頼って雑誌の編集者を紹介してもらい、デザイン誌や女性誌に眼鏡の記事を書いたり、生粋の眼鏡業界の人ではないにもかかわらず、依頼によって大手眼鏡チェーンのシーズンディレクションを5年間担当したりもした。「その頃は≪眼鏡の松本さん≫と呼ばれ、眼鏡のことは松本に聞け! なんて言われていました(笑)」

書籍の表紙
松本さんがたちあげたSNSコミュニティ「Oh! Bento Labo」から生まれた『みんなのOh! Bento』(日東書院本社 2013年)

伝統芸能への思いを行動に。

2008年には東京で友だちと観た映画を関西で自主上映するために奔走した。映画は、十三代目片岡仁左衛門のドキュメンタリーで、当代十五代片岡仁左衛門の父である十三代目の姿を追った全6部約11時間の大作。歌舞伎好きの有志15人が集まって実行委員制でお金を出し合い、フィルムと映写機を借り、映写技師を招くことに。松本さんは知り合いの紹介により銀行へプレゼンに行き、本店ホールを上映会場として無償で借り受けることに成功。3日間の開催で訪れた観客は延べ2,160人にも及んだ。「上方の役者さんだったので、関西でも上演してほしいという思いがありました。おかげさまでご尽力くださった方へのお礼の費用を含めても赤字にならずに済みました」

また、地歌と上方舞に出会い、その美しさに魅力を感じた松本さんは、立方さんと地方さんにお願いして、はじめてでも楽しめる『地歌と舞の会』ワークショップと鑑賞会を仲間と企画した。「大阪に色街がなくなってしまい、座敷舞と言われているにもかかわらず座敷で観ることができなくなっていたので、空堀商店街にある大阪からほり複合施設≪練≫の2階の座敷で開催しました」

食は、人を良くする。

子どもを保育園に預けて働いていた松本さんにとって、子どもとの唯一のコミュニケーションがとれるのは夜の食事時。子どもは気管支喘息も患っていたため、松本さんは食に関する思いが人一倍強く、ご飯は自分で作って食べさせることを課していたという。「私の母も働いていて、たとえ忙しくても出来合いを買って来たりせず、また外に食べに行ったりせずに自分で料理を作る人だったので、自然とわたしもそうしていました。わたしの中では、≪食≫はとても大切なキーワードだったんです」

そんな松本さんは2007年2月、グラフィックデザイナー、フードコーディネイターとともに株式会社ルセットを設立した。ルセットはフランス語でレシピの意味。フード関連のプロモーションや企画立案、制作ディレクション、デザイン、コピーワークまでを総合的に行うことを目指したという。意気揚々と思いを込めて立ち上げた会社だが、経営に対する3人の方向性が定まらず、立ち上げメンバーは設立から2年後に会社を離れ、会社は松本さんが引き取ることになった。

お弁当で遊ぶ、お弁当で学ぶ。

松本さんがOh! Bento Laboというコミュニティを立ち上げるきっかけは、長野県大鹿村での出来事だった。東京の歌舞伎友だちとこの村の農村歌舞伎を観に行ったときに、目にしたのが≪ろくべん≫と呼ばれる芝居弁当。家名入りで漆塗りの岡持ちに弁当が入っている。土地の人はこの≪ろくべん≫と一升瓶とおひねりを携えて、朝から芝居見物の陣地取りをする。

「それまでは歌舞伎を観に行っても、劇場でお弁当を買って30分の幕間(まくあい)に食べていたのですが、≪ろくべん≫を見たとき、これが本来の幕間弁当、ハレの日らしくっていいなぁと思いました。それ以来、歌舞伎や文楽を観に出かけるときには演目や役者にちなんだ弁当を自分だけでなく友だちの分まで作り、盛り上がっています。狐が登場する『義経千本桜』にちなんで、稲荷ずしと桜海老の揚げ物を用意したり、市川海老蔵さんが出演するときには海老づくしにしたり、という具合です」

すぐさま行動に移すところが、いかにも松本さんらしい。

これまでに作った弁当例
演目や役者にちなんでつくる芝居弁当

その後、松本さんはさらに新たな弁当にチャレンジする。≪二十四節気弁当≫は、一年間に二十四ある節気ごとに旬の素材を使って作る弁当。これを2年間24回作り続け、その都度インターネットにアップした。また、ワークショップを開催して、就学前の子どもたちに色紙やモール、西陣織の端切れを使ってお父さんやお母さんへのお弁当を作ってもらったりもした。これは、お弁当作りを通してデザインプロセスを学んでもらう試みだ。東日本大震災の被災者を招いてお弁当会を開いたり、千羽鶴ならぬ千の弁当画像&メッセージの投稿を目標にして呼びかけたり。2013年にはコミュニティの仲間と共に『みんなのOh! Bento』も出版。これらの活動を通して、お弁当がプラットフォームになる、と確信したという。

食と運動、2つを合わせて考える。

今一番したいことは、食文化としての組み立てをビジネスにつなげること、と話す。クライアントの依頼により、トレーニングジムに週2回通ってハードな筋力トレーニング90分間行い、脂質制限や糖質制限をすることになった松本さんは、その後リバウンドしないための≪きちんとした食事≫を模索した。その体験をもとに医学や保健医療分野での科学的根拠、いわゆるエビデンスを基にした「食と運動」のプログラムを事業化したいと考えている。食と運動それぞれにはエビデンスは存在するが、この2つを一緒に捉えたものはない。そこにビジネスチャンスがあるのでは、という見立てだ。

「私一人ではできないことがたくさんあるし、私自身誰かと一緒に仕事をすることが好きなので、仕事はチームで取り組むことが多いですね。プロセスは、コミュニケーションデザインを実践する過程でしっかり叩き込まれていますから。食は≪人を良くする≫と書くように、人を良くする・人によりそう≪食のデザイン≫をテーマに、現在、開発を進めているプログラムを、企業や地方自治体の研修で使ってもらえることを願っています」

「やりたいことはやってしまえ!」の精神で行動するが、「言い出しっぺは失敗できないし、いろいろな人を巻き込んでいるから帳尻は合わせたい」と語る松本さん。「Karaokeと同じように、Bentoもいまや世界共通語。4年後のオリンピック開催に合わせて≪Bentoのオリンピック≫を開催したい。そんな妄想をしています」

あっという間に過ぎた1時間半。それは≪好奇心≫と≪食文化への思い≫を手際よく料理した、聞きごたえのある話のフルコースだった。

会場風景

イベント概要

がむしゃらに好奇心だけで走っていた頃からいま、どうせなら
クリエイティブサロン Vol.114 松本希子氏

好きなことばかりを追いかけすぎているのか、人から何屋さんか判らないとよく言われます。経験と年齢を重ねて一番楽しい仕事は何かと自分に問うたとき、それが「食」でした。日本のお弁当文化を発信するコミュニティ「Oh! BentoLabo」を立ち上げて5年。日本のお弁当が教えてくれた「食」のコミュニケーション×デザイン。そして「食を編集するとは」についてお話します。

開催日:2016年10月6日(木)

松本希子氏(まつもと きこ)

株式会社ルセット

コピーライターとして仕事をはじめ、結婚・子育て・離婚という人生の節目を経験しながら、日々子どもとの暮らしを支える仕事をこなしながらも自身の好奇心には勝てず、「おもしろい」と思ったら、それを追いかけずにはいられない。現在は仕事と子育てを両立させるための大切な家族の軸であった「食」を極めたいと、人を良くする・人によりそう「食のデザイン」をテーマにフードコンテンツプランナーとして活動をスタートさせた。
コピーライター・編集者・プランナー・料理愛好家
日本のお弁当文化を発信するコミュニティ「Oh! BentoLabo」主宰

https://www.recete.jp/

松本希子氏

公開:
取材・文:中島公次氏(有限会社中島事務所

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