デザインは自立する。表現者の心をのせたデザインで、人の心を動かす発信力を。
クリエイティブサロン Vol.57 南部俊安氏

様々なジャンルで活躍するクリエイターをゲストに招いて、活動の内容や思いを伺い、その人となりに触れる「クリエイティブサロン」。57回目のゲストは、メビック扇町で開催中だった「東日本大震災ポスター展」に作品を出展していた、タイポグラファー・アートディレクターの南部俊安さん。デザインの自立を考え、20代の頃から積極的にソーシャルなテーマを表現した作品展を開催し、大阪のデザイン界を牽引してきた一人である南部さん。永続的にコミュニケーションを育てていくブランディングデザインや、審査員として参加した国際ポスター展の話など、広い視野から繰り広げられる南部さんの一言ひと言に参加者たちは耳を傾けた。

南部俊安氏

作品を発表し続けることで、デザイナー南部俊安の名を業界に送りだした。

3連休の真ん中の日曜日の夕方、時間がすこしゆっくりと流れているようなサロン会場で、南部さんが静かに語りはじめ、スクリーンには、この日のサロンのためにつくられたロゴが映し出された。「あらゆる機会に積極的にデザインをして、自己表現をし続ける。そういう積み重ねが力になっていくんです」。Toshiyasu NanbuのイニシャルTNをデザインしたロゴマークに視線を向けてそう言った南部さんは、機会を逃さず自主作品を発表し続けることで、デザイナーとしての道を切り拓いてきた。
美術、音楽、文学と幅広い分野で数々のアーティストを輩出してきた大阪市立工芸高校図案科を卒業後、デザイン事務所でデザイナーとしての仕事に就きながら、20代の南部さんは、プロのデザイナーとしてやっていくための自信と実感を求めていた。そして25歳の時、新人発掘の展覧会「第1回NACC展」に出展。入選だった。「絶対に受賞する」という気概で出展を続け、第6回NACC展で特選を受賞。広島をテーマに「PEACE」というメッセージを伝えるポスターだった。
この作品が東京セントラル美術館に展示され、授賞式で出会いに恵まれた。当時、第一線で活躍するデザイナー達が所属していた「東京デザイナーズスペース」の会員になるのに必要な推薦を得ることができ、六本木のアクシスビルにあったそのスペースで、毎年展覧会を開催した。まだ無名の若手デザイナーにとって大きなチャンスだった。5年ほど続けていた展覧会の一つ、カラーコピーを使った実験的な作品の展覧会がデザイン界の大先輩である田中一光氏に着目された。自主作品を発表し続けることで、いつしか南部俊安の名が、東京で知られるようになっていた。「業界デビューを果たした」と確信を持てた。35歳の時だった。

作例
今回のサロン用に作成されたロゴ

デザインは自立した表現として、発信力をもつ。

NACC展への出展にはじまる南部さんの自主制作作品は、地球、自然、動物などをテーマにしたソーシャルなポスターだった。日本では、ポスターはコマーシャルベースのものという感覚が強いが、世界の潮流はそうではない。平和の尊さを訴えるなど、社会への発信力のあるものと考えられ、用いられている。「デザインは自立したものである、コマーシャルのためだけに使われるのではなく、多様な社会や生活への表現手段として、自立したものであるはず」というのが南部さんの持論だ。
南部さんのこの持論を培ったのは、市立大阪工芸高校での3年間だった。3年生の一年間はひたすら創作に明け暮れる毎日だったという学校生活で、南部さんは学友と「なぜ、僕たちはデザインするのか」という哲学的な議論を続けていた。ドイツのBauhausを模して建てられた学び舎で過ごした高校生活の3年間は、南部さんにとってデザインの知識、技術とともに、哲学や姿勢を育てる時間だった。
デザインは自立性をもって発信する。青春時代に芽吹いた思いは南部さんのなかで育ち続けた。メビック扇町で開催していた「東日本大震災ポスター展」への出展作もその一つだ。そして、デザインという感性によって伝えられるメッセージは、国境を越えて広がっていく。2007年、南部さんは中国美術学院で開催された国際ポスター展に審査員として招かれた。フランス、ハンガリー、スイス、香港、台湾…世界各国からデザイナーが集まり、デザインの未来を考えた。審査員として招かれた南部さんは、作品を出展し、講演を行い、ワークショップを開いた。東日本大震災からの復興途上の「福島」というテーマで学生たちが作ったポスターは、後日、美術学院の美術館で展示された。

ワークショップの様子

感動や、心に訴えるかける何かをのせた「感性的デザイン」。

「南部俊安の感性的デザイン」。サロンの始まりに南部さんが口にした言葉だ。「今のデザインは言葉が先行しがちに思います。理論や言葉はもちろん大切です。コンセプトワークはデザインの土台。その上に感性がのっていてこそ、デザインなんだということです」。静かさの内に強さを秘めた口調で、南部さんは言った。「コンセプトをつくり、理論に合ったデザインをする。たしかにこれでデザインは完成します。この合格点の上に、感性……精神的なもの、思いをのせる。それこそがデザインの真骨頂だと、私は思います」
南部さんがデザイナーとして仕事を始めた頃はアナログの時代だった。デザインに必要な文字は、自身の手でつくった。浮かんでいるデザインのイメージに合わせ、一つひとつの文字をレタリングでつくっていく。そのなかで南部さんは、レタリングやタイポグラフィの技術とともに、自分ならではのスパイス、すなわち南部俊安の感性を育てた。
ブランディングデザインの一環として、多くのロゴタイプをつくってきたが、ロゴタイプの文字は、どれも南部さんオリジナルだ。「既存のフォントから5種類ほどを選んで組み合わせ、そこから新しい書体をつくったものもあります。既にある素材にスパイスを加え、新しいものに生まれ変わらせる。これもオリジナリティ。他の誰でもない、南部俊安が手がけたからこうなったという、感性のスパイス、心や精神性、思いが、そこに乗せられているデザインです」

作例
第6回 NACC展特選受賞作品

コミュニケーションの可能性をひろげるブランドデザイン。

20代の頃から、デザイン界の中枢をなす現在まで、あらゆる機会に積極的にデザインをして、自己表現をするという姿勢は変わらない。この日のサロンもそうだが、講演を行う際にはテーマに合わせたロゴをつくり、受講者を作品のオーディエンスに変える。南部俊安とは、表現することに貪欲なデザイナーだ。
2013年、新たに開館した秋田県立美術館のシンボルマークは、コンペで南部さんのデザインに決まった。応募総数約600点、南部さんは3点応募したが、3つのうちの採用されたデザインが美術館で展開されているイメージが、応募した時点から不思議なくらい頭に浮かんでいた。
旧秋田県立美術館が移転し、リニューアルオープンするにあたり、ブランディング力のあるシンボルマークを公募しているのを知った時、「これは、自分がしたいと思ってきた仕事ではないか。この機会を逃してはいけない。必ず、この仕事をする」と思った。南部さんのつくったシンボルロゴは様々なミュージアムグッズとなり、その一つに秋田の伝統工芸漆器がある。プロダクトデザインは外国人デザイナーによるもので、デザインと伝統工芸のコラボレーションによる地場産業活性化への新たなアプローチだ。
そしてさらに、2014年春に開館したあべのハルカス美術館のシンボルロゴも南部さんのデザインだ。そこには南部さんの、大阪を思う心がのせられている。このブランディングは南部さんとリビドゥ&リンダグラフィカのリトウリンダさんとのデザインコラボレーションによって実現したものだ。「ロゴをはじめとするブランドデザインは、永く続いていくコミュニケーションの核となる存在。施設、企業、商品…いろいろありますが、ブランドデザインは一過的にではなく、続いていくものとしてコミュニケーションできなければならない。だから永く褪せることのないデザインが必要で、そこには当然、思いや精神的なものが必要です。そして美術館という公的な性格をもつブランドデザインは、そこを中心とした文化のムーブメントを起すことができるんです」

秋田県立美術館のシンボルマークが印刷された紙袋

チャンスを創りだすことから、デザインははじまる。

NACC展受賞作品、様々な展覧会への出展作品、企業のためのブランドデザイン…「ここに集まってくれた人たちにだけ…」という特別公開も交えて、多数の作品をスクリーンに映しながらの濃密な話は、予定の1時間30分を超えて続いた。南部さんの視野の広さ、思いの深さに比例して、広がり深まる話を伺いながら、そのコアに「なぜ、僕たちはデザインするのか」という思いを感じた。「チャンスはそうあるものではない。身近に小さなチャンスを見つけたら、すかさずデザインをつくるんです。デザインをつくりだす場を創ることから、デザインは始まる」。デザインの自立性を信じて表現するチャンスを逃さない南部さんの言葉は、デザインという分野を超えて、表現することを目指すすべての人へのメッセージだと受け止めた。

イベント風景

イベント概要

ブランディングデザインからソーシャルなデザインまで
クリエイティブサロン Vol.57 南部俊安氏

最近、秋田県立美術館とあべのハルカス美術館のロゴマーク制作に連続して携わるという幸運に恵まれました。私の仕事は、基本的に企業の多様なブランディングの構築と幅広いグラフィックデザインですが、タイポグラフィデザインをベースにした実験的なアートブックにも積極的に取り組み、ソーシャルな環境ポスターや平和ポスターも現在まで多数制作してきました。
このサロンでは、ブランディングデザインからソーシャルなデザインまでの私自身の最近の活動についてお話します。

開催日:2014年9月14日(日)

南部俊安氏(なんぶ としやす)

1988年にデザイン会社のアートディレクターを経て有限会社テイストを設立。企業のデザインプロジェクトやブランディングの開発とインフォメーションデザインに携わっている。日本と世界の各地でデザインセミナーや教育活動にも従事。国際的なデザイン誌にデザイン特集や執筆を多数寄稿し収録されている。主な受賞に東京タイプディレクターズクラブにて金賞受賞。香港デザインアワ-ド「HKDA賞」2005年と2007年に連続金賞受賞。コンケラーデザインコンテスト 2007・金賞受賞。Hiiibrand Awards 2011・金賞受賞。ニューヨークADC賞・銅賞受賞。日本タイポグラフィ年鑑・ベストワーク賞受賞。中国杭州のADI DESIGN AWARDにてデザイン業績により最高賞受賞。

南部俊安氏

公開:
取材・文:井上昌子氏(フランセ

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