デザイナーの思考と鍛錬が、社会をも変えるアイデアを生む。
クリエイティブサロン Vol.58 高橋善丸氏
メビック扇町が昨年5月から週1回のペースで開催している「クリエイティブサロン」。様々なジャンルで活躍するクリエイターが活動内容や思想を語り、相互のコミュニケーションを深める少人数制のトークサロンだ。58回目のゲスト、株式会社広告丸を主宰する高橋善丸氏は大阪を代表するグラフィックデザイナーの一人。国内外で展示会、講演、審査員など幅広く活動し、自ら企画、執筆、デザインした本も多数出版。大阪芸術大学の教授として、後進の指導も担う。今も第一線で活躍するベテランクリエイターが語る、社会にポジティブな変化をもたらす、デザイナーの役割とは。
グラフィックデザイナーは本来、発信者ではない。
冒頭、参加者の3分の2がデザイナー以外の人であることを確認した高橋氏は、大学の「ビジュアルデザイン論」の授業で使っているというスライドを利用し、ある事例をもとにグラフィックデザイナーの基本的な役割について解説した。
「とある大阪のデザイナーが、北区役所員から“地域経済を活性化したい”という相談を受けた。そこで、大阪で育った伝統的な食文化である“だし汁”をテーマに、北区の伝統産業である乾物「昆布と鰹節」を、若い女性が抱える課題「婚活」に掛け、『婚勝だし』を企画提案。地味な印象もある昆布をハート型に抜き、ロゴやパッケージデザインも女性向けに柔らかくポップなイメージで表現し、神社で売りだした。こうして、区役所職員は職務達成、乾物屋は売上上々、神社は参拝増加、悩める女性は良縁成就、“四方よし”という話です」
実はこの話、実際に高橋氏が関わったプロジェクトだ。2011年、職人技とクリエイターの感性を掛け合わせ、新しい視点のブランド開発を模索するために結成された「チーム手わざもん」の一員として手がけた。
「この成果の立役者がグラフィックデザイナーという存在です。よく綺麗な形を作ることだけがデザイナーの仕事と捉えられがちですが、社会の様々な課題を解決し、活性化させていくことが本来の役割。発信者でも受信者でもなく、情報や表現の媒介者というのが正しい立ち位置なのです」
デザインは、誰かのためにあるもの。
一方、デザイナー自らの思想を表現する“発信者”になる時もあるという。その一つが、社会課題をテーマにするケースだ。「デザイナーが社会課題にアプローチする際に求められるのが、日常の仕事で鍛えているデザイン思考です。媒介者として、目的に対して合理的な結果を導くプロセスを考える、デザイナーの本来の役割がそこで活かされるのです」
その思考プロセスは、まず社会を知る。現状を知ってリサーチをする。そこから問題点を拾い上げ、その解決方法を考える。そして手法を具現化するための仕組みを練る。それを、自分なりのオリジナルの発想で提案する。このプロセスを踏まないと、本来デザインは成立しないという。同氏は、具体的な事例として災害に寄せるポスターを取り上げた。
「ポスターが具体的な援助になる訳ではない。けれど、被災者や周囲の人にも共栄共存の意識を拡げることができます」その意識さえ人々に芽生えれば、より大きなうねりになって、互いに思いやる社会へ進むことに貢献できる。
「啓蒙というからには、見る人に何らかの心の変化をもたらさないと、作る意味がない。行動まではいかなくても、気持ちを動かされたり、認識が変わったり。そんな人が少しでも増えれば、社会が良い方向に向いていくことに繋がると思う」
2008年の中国四川省であった巨大地震。当時、中国のデザイン団体から要請を受け、この大災害に寄せて制作したポスターが「ARE YOU OK?」だ。
「このポスターは、ある時耳にした阪神・淡路大震災のエピソードから生まれたんです。当時、避難所で被災者同士が毎朝起きた際に『大丈夫か』と声を掛け合った。つまり“元気か”ということですが、この何気ない言葉で“自分は一人じゃないんだ”という意識が芽生え、支えられたというのです」
こんなコミュニケーションが被災者のメンタルケアに繋がればと、ビジュアル化した。被災地において応援に駆けつけた人も被災者同士も、みんなが「元気か」と声を掛け合うことによって、共同体である、孤立していないと感じることが被災者の支えになる。そんな相互の思いやりが拡がることを期待した。
「デザイナーはこのデザインで、誰がどんな恩恵を得るのかということまで具体的に考えなければいけない。自分自身が発信者であるケースも、自分の満足だけのために作ったものであれば、それはデザインとはいえないんです。デザインするという行為は、誰かが精神的に、もしくは物理的に恩恵を得るべきもの。ここにデザイナーの存在意義があると私は思う」
様々なフィールドに挑戦し、日常の仕事にフィードバック。
デザイナー自身が発信者になるケースで、高橋氏が近年積極的に取り組んでいるのが、書籍だ。2011年、収集している薬のパッケージコレクションを紹介した「くすりとほほえむ元気の素」、今年に入ってそれ以外のコレクションを紹介した「レトロな印刷物、ご家族の博物紙」などを出版。9月末には、企画からブックデザインまでを担当した書籍「幻想耽美」も発売された。
「出版はまさに自己発信ですから、デザイナーの性で、作品ごとに自分なりの主張や個性を持たせようと、様々な挑戦を試みています。必ず新しい試みにトライして、自分自身を開拓しているんですよ」
日常の仕事を試合に例えるならば、時に別の場所に出向き、戦わなければいけないと高橋氏は話す。日々の仕事、社会課題へのアプローチ、そして作家的活動。全てが、デザイナーのクリエイティビティを高めるための鍛錬だ。「様々なフィールドで引き出しを増やし、それをまた日常の仕事にフィードバックする。このサイクルが、デザイナーには必要ではないでしょうか」
厳しい試合を戦い抜いたデザイナーの、研ぎ澄まされた思考と積み重ねた鍛錬が、社会をも変えるアイデアを生む。そして今、多くの課題を抱えるこの日本社会で、その存在に大きな期待が寄せられている。
イベント概要
デザイナー自らが発信者の立場で社会と接するとしたら。
クリエイティブサロン Vol.58 高橋善丸氏
グラフィックデザイナーは、情報の発信者そのものではなく、あくまで情報や表現の媒介者であることが基本です。
でも、そのデザイナーがあえて発信者となるとしたら、そこにどんな意味があるのでしょう。
今回は行為ではなく、あくまで視覚表現者としてのデザイナーの社会性を足がかりとして表現者の思考プロセスについて話してみたいと思います。
開催日:2014年9月18日(木)
高橋善丸氏(たかはし よしまる)
ブランディングからブックデザインまで、タイポグラフィを主軸としながら湿度ある視覚コミュニケーション表現を探究。
欧米からアジアまで企画展、講演、審査員等多数行っている。ニューヨークADC銀賞、香港デザインアオード銀賞他受賞多数。
主な著書に、「曖昧なコミュニケーション」ハンブルク美術工芸博物館、「高橋善丸設計世界」広西美術出版、「情感のあるタイポグラフィー」DNP文化振興財団、「くすりとほほえむ元気の素」「レトロな印刷物ご家族の博物紙」光村推古書院、他がある。
大阪芸術大学教授。株式会社広告丸主宰。JAGDA、東京TDC、日本タイポグラフィ協会、ニューヨーク TDC各会員。
公開:
取材・文:土井未央氏(株式会社PRリンク)
*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。