理解していく複雑さを愉しむ“持続するデザイン”
藤井 まさと氏:studio m+

大阪を中心にリノベーションを得意とする住宅・店舗の設計施工の会社、studio m+。単に使える空間だけではなく、独創的なデザインで、人の気持ちにポジティブな変化を生み出す環境作りを目指している。カフェ経営といったユニークな経歴を持つ藤井まさと氏の言葉には “いかにクリエイティブであるか”という思いが溢れている。クリエイションの源はどこにあるのか。人が惹きつけられる空間の魅力はどこからやってくるのか。その本質に迫った。

藤井氏

独創的なデザインはどこから生まれる?

様々な設計・施工会社の中からstudio m+を選択するということ。それは単に『機能的だから』『お洒落だから』ということだけではなさそうだ。例えば、木材にエポキシ樹脂を何層も重ね、ナチュラルな木目とカラーリングが際立つ見たこともないような家具を創り上げる。ここまで厚みが乗って透明度が高い素材は珍しい。「何度もトライ&エラーを繰り返すし労力もかかります。でも、こういう家具があったら面白いじゃないですか。そういうのを考えるのが好きなんです」。

studio m+ではテンプレート(既製品)を使用しないという。一つひとつの作品を一からデザインする、そのこだわりが人の心を打つ。「扉にしても規格が決まっていて、それを使うほうが簡単。オリジナルなものを作るとサイズも変わるし手間も5倍くらい違う。その手間を惜しまないことが僕にとって大切なこと。お金を頂くことへの責任に対してクリエイティブなもので貢献したい。全ての分野において妥協することなく、一から進めないと気が済まない」。施工チームも作らず、見積もりから施工まで氏自身が手掛けている。このクリエイターとしての感覚が空間創りの鍵となっているようだ。


エポキシ樹脂を使ったオリジナル素材

持続可能なクリエイティブ空間を作る

コンセプトは『お気に入りの洋服を着ると踊る心、そんな感覚が持続可能な空間を創造する』。素敵な洋服を着ると気分が上がる。袖を通すと身が引き締まり前向きになれる…そんな、毎日がワクワクする気分を継続できる“場”を提供したいと語る。斬新で素晴らしいものであっても直ぐに飽きてしまう空間はつまらない。「住むうちに理解してだんだん好きになっていく複雑さが欲しい。そういう意味では少し住み難いかも知れない。でも使用感を上回る気持ちを大切にできる空間にしたいんですよね。そういう意味で『持続するデザイン』を重視しています」。


制作事例

デザイナー業を離れ、カフェ経営にチャレンジ

建設業の家庭で育った藤井氏にとって、親と同じ道を歩むことは自然なことだった。「なんの迷いもなく建築を学んでいました。とにかく好奇心が強くて興味が湧くことには熱中して取り組む癖がありましたね。学生時代は遊んでばかりだったけれど(笑)、その中で自分の性格の強みも理解していったと思います」。
卒業後は、百貨店など主に店舗を手掛けている会社に就職。一流ファッションブランドの店舗を作る現場を経験していった。海外の優れたデザイナー達と交渉しながら、デザインに対する考え方や発想の豊かさを学んだ。また、デザイン画から施工図を描きそれをカタチにしていく工程も学んだことが、大いに役立っているという。「ブランドというよりもデザイナーそれぞれにカラーがあって、こだわりも違う。いろんな方から刺激を受けました」。

そんな仕事を続ける中、一つの転機を迎える。それは、箕面にある古い旅館のリノベーションの仕事だった。国定公園のそばで真下に川が流れる美しい景観を望める建築物。この景観に心を奪われてしまった。丁度、一階で喫茶店をしてくれる人を探しているという話を聞いた氏は迷わず手を挙げた。カフェ『橋本亭』の始まりだ。すりガラスの窓をすべて透明な窓に変え、四季移り行く豊かな景色を眺められる居心地の良いカフェにリノベーションをし、珈琲を淹れることに熱中した。「多いときで、一日に400杯くらい淹れるんですが、同じ温度や豆の挽き方をしていて5杯くらいあるかないかの確率で完璧だと思える珈琲に出合う時があるんですよ。その瞬間がたまらなくてずっと研究をしてましたね」。
商売を軌道に乗せたあと『橋本亭』を友人に任せ、デザイン会社を起業する。「このカフェの経験も活かしながら、経営の提案をするコンサルティングの仕事や空間デザインの仕事をはじめようと決意したんです」。


橋本亭

興味のアンテナを仕事のアイデアへと繋げる

「特にコレといった趣味もない」と苦笑する藤井氏だが、心理学や好きな本、音楽、スポーツ、アート…と話し出すと多岐に渡るジャンルへの興味が伺える。「最近、お気に入りのフレンチのお店があって。例えば牛蒡のアイスクリームが料理に添えられていたりすると『一体どんな味がするのだろうか』と想像がつかないのだけれど、食べてみると『ああ!なるほど』と新鮮な驚きと納得があったりする。そんなクリエイティブなところに惹かれます。建築でもそういうクリエイティブさを出したいなと思うわけです」。自分が考えつかないコトやモノに出会うと思わず嫉妬してしまうと話す氏の物事への興味は尽きない。
アートではアクション・ペインティングで代表的なジャクソン・ポロックに感銘を受け、自らクリエイトした絵画を事務所の壁に飾ってしまうほど。「でも、そういう衝動みたいなものは、この仕事をしていなかったら全くやらなかったかも。美術館へ行くのも音楽を聴くのもフレンチを食べてみることも、自分が抱えている物件のデザインを出すためにアンテナを張っているかんじです。いつになったら凄いアイデアが閃くのだろう…と思うし、それまで納得しないんですよ」。様々な分野に刺激を受けて彼の“クリエイティブ”は動き出す。「そういう自分の変わった性格も含めてこの仕事が向いているのだと思います(笑)」。

取材風景

公開日:2015年06月25日(木)
取材・文:Phrase 久保 亜紀子氏
取材班:HIROMINAMI.DESIGN 南 大成氏、パラボラデザイン 吉永 幸善氏、有限会社ガラモンド 和田 匡弘氏