長く愛され、記憶に残る作品にしたい。
サトウノリコ*氏:

サトウノリコ*氏

ゲーム会社、イラスト制作事務所を経て独立、2006年1月にyellowgrooveを立ち上げた。以来、着々とイラストレーターとして実績を築いてきたサトウノリコ*さん。教材やカレンダー、広報、雑誌、広告と多様なジャンルのイラストを描く一方、ほぼ毎年、展覧会などでオリジナル作品を公開している。いつか絵本も手がけてみたいと精力的なサトウさんに創作の軸を聞いた。

絵の世界に身を委ねて

今年1月、メビックで得たネットワークを活用して、ウェブサイトを全面リニューアルした。サトウさんが得意とする「レトロヴィンテージな外国の絵本風」「ユーモアを含んだタッチ」「高キロカロリーな絵」のほか、朗らかで明るいイラストがたくさん載っている。
サトウさん自身が好きなのは1930年代のレトロなポスター作品で、フランスのポスターデザインの巨匠、レイモン・サヴィニャックやエルヴェ・モルヴァンに影響を受けたという。彼らのポスターは、商業制作物でありながら、今日のフランス文化の一部をなしている。
サトウさんのオリジナル作品にも、ヨーロッパの香りがするものが少なくない。フランスをモチーフにしたり、大好きなトリコロールカラーを使ったり。話を聞いたこの日も、エッフェル塔のモチーフのあるベストを着て、赤と白のストライプのハンチング帽を被って現れた。学生時代には金髪の坊主頭だったこともあるそうだが、今の風貌からは想像ができない。ストリートダンスを楽しみ、独学でウクレレも弾く、多彩な才能の持ち主だ。
働き始めてから同姓同名のクリエイターが複数いることに気づいた。実際に同姓同名の人と間違えて仕事の電話がかかってきたことも。「なので、名前にアスタリスクをつけて、『サトウノリコ*』と名乗ることにしたんです」。
学生時代には、“絵を描いてばかりの変わり者”として周囲に馴染めない時期を過ごし、一度は絵を描くことを完全に辞めようとしたが、進路を選ぶ際に「絵の世界にしか自分の身のおきどころはない」と創造社デザイン専門学校イラスト学科に入学した。以降は、誰から揶揄されることなく、のびのび絵を描けるようになった。卒業後はゲーム会社に就職、デザイナーとして格闘ゲームのデモンストレーション画面を担当、ドット絵(コンピューター上での画像表現の一つ)を描いた。


仕事を始めた初期のオリジナル作品(デジタルタッチ)。
“高キロカロリー”と評され、ユーモアがあり、デフォルメをきかせた、ヨーロッパの香りがする作品。

誰もが好感をもつ気持ちのいい絵を描く

サトウノリコ*氏 イラストレーターとしてどう技術を高め、息の長い仕事をしていくか、修行時代から徹底して鍛えられたというサトウさん。

いずれはイラストレーターとして独立したいと思っていたので、機をみて転職活動を始めた。その頃、出会ったのが山本重也氏のイラスト。素敵だなぁと思い、調べてみると、山本イラストレーション制作室の大阪事務所で「アシスタント募集 18歳から23歳、やる気のある方」。ちょうど23歳だったので、早速、東京にいる山本氏に連絡した。最初の半年は見習い期間として、月1回、山本氏の来阪日にデッサンを提出して、指導を受けた。
山本氏は自分にも他人にも厳しい師匠だった。まず言われたことは「明るい絵でないとだめだ。暗い絵や重い絵は商業ベースでは必要とされないし、芸術的な絵でも困る。様々なクライアントに採用してもらえるよう、気持ちのいい絵を描け」。
2004年、正式にアシスタントとして入室し、筆洗やパレットの洗浄から買い出し、資料の切り抜きと整理まで、雑用はなんでも引き受けた。師匠や先輩たちは、独立採算制で働いているから、誰とも重ならないような作風を心がけて描いた。また、日々、師匠や先輩たちの様子を観察し、会話に耳をそば立てて、経営に必要な考え方やギャラの交渉法なども覚えた。夜はバーテンダーのアルバイトも。
師匠の指導は、イラストレーターとしてのサトウさんのスタンスに大きな影響を及ぼした。徹底されたのは、「うちの事務所の指す“イラストレーター”は、あくまでもイラスト制作を専業とする人である。絵だけで長く生計を立てられる人を目指せ」と。「自分の作品という意識より、むしろ生産工場のように依頼されたものを製造していく意識を強く持て」とも。
絵に対して「自分ができること」をどんどん増やしていく、「クライアントから求められること」に心から努力していく、そして「自分がしたいこと」をしっかり思い描いていく、その3つの交わりが仕事であると思えるようになった。
2005年5月から制作室所属のイラストレーターとして名刺をつくり、作品をファイルにして取引先を開拓する営業活動を始めた。半年で111社の会社を訪問営業したという。デザイン年鑑でデザイン会社の住所を調べ、地域ごとに分類し、アポイントをとって作品をもってしらみつぶしに回った。興味をもってくれる人もいたが、こてんぱんに批判する人も。この先、やっていけるのだろうかと不安になっても、意地で営業し続けた。ガッツの持ち主だ。
2006年1月、いよいよ独立。黄色が好きで、黄色人種で、ノリコがノリノリで働き、グルーブ感(ノリを表す音楽用語)を大切にしようと「Yellowgroove(イエローグルーヴ)」という屋号にした。
教材関係の仕事が順調に回り始め、次第にフリーペーパーや広報、広告などの分野に広がっていった。ともかく師匠に指導された通り、明るく朗らかな絵を描いた。
「独立して最初のうちは、自分らしさを出すより、クライアントに希望されるままに描きました。こんなタッチにしてくれと具体例が出たら、それに近い絵を模索してましたね」

顧客に柔軟に対応しつつ、自身も飽きない仕事に

東京方面への営業活動は当初、全く実を結ばなかった。個展をしたギャラリーのオーナーが、イラストレーション専門誌を発行している玄光社の「ファッションイラストレーション・ファイル」への掲載を紹介してくれたことが突破口となった。同社の「イラストレーションファイル」(年艦)への掲載者に選ばれ、仕事の実績や得意とする画風の作品が載るようになってから、東京でも取引先を開拓でき、仕事が入るようになった。
東京では誰かの紹介を得るか、実績を掲載されることが大切なんだなぁと実感した。ただし、すべてのクリエイターが年鑑に掲載されるわけではないので、そこはサトウさんの実力と運の強さを物語っている。以来、ファイルには毎年掲載される常連に。
イラストはファッションと同様、時代によって流行り廃りがある。また、一般の人にうける絵と、企業や同業者にうける絵とはそれぞれ異なる。単に個性が強ければいいわけではなく、まずはクライアントや媒体、時代性などに柔軟に対応しなくてはならない。
サトウさんは、絵画の基礎、イラストの技術、デザインなどをしっかり勉強して、実績をつけてきたという自負がある。デジタルも手書きも両方できる。自分の絵については「インパクトの強いものではないけれど、長く愛してもらえる、心地よくなるような絵だ」と思っている。
「『これしかできない』という姿勢ではなく、伸びしろや余裕がある方が相手もとっつきやすいし、柔軟に対応しながら、自分でも飽きずに楽しんでいきたいと思っています。その意味で私は、作家よりイラストレーターに向いていると思います」


展覧会用オリジナル作品の「僕のブリオッシュはどこ?」(手描きタッチ)。陶製人形を貼付けたり、イラスト入りのマスコットを作品の一部として付けたり、展覧会での展示では平面では表現しきれない部分をプラス、生で観に行く愉しみを加えている。

商業作品でありながら、長く愛されるアートに

一方、サトウさんは毎年、個展や企画展、グループ展などで自分のオリジナル作品を出している。オリジナル作品には、いろいろな要素を詰めている。ちょっとおしゃれ、ひねりの効いたタイトル、小さなボケを入れて笑える、あとでじわじわくる、長く見ているとはっと気づく…そんな作品が秀逸だ。初期のオリジナル作品「サラリーマンの日常」はその代表例で、くすりとさせられる。
「クライアントから依頼された仕事では、自分の世界観を見せる場は少ないので、展覧会では、より強く自分のこだわりを見せるようにしています。ただ、最近、私らしさを出してほしいと依頼される仕事もあり、普段からオリジナル面を磨いておかなければと考えています」
小学6年生向けの教材の表紙のイラストを、ポストカードのように部屋に飾ったり、友だちに自慢したくなるようなおしゃれなイラストにしてほしい、とオファーを受けた。「もっとサトウさんらしい色を出して」と求められ、新しい手応えを感じた。
市場で売れる商品にするためのイラストであるとともに、一方でアートとして長く飾ってもらえるようなビンテージの絵にできれば‥。たとえカード1枚、ポスター1枚でも、記憶に残る作品にしたい、単に消費されるだけでなく、じわじわと長く愛してもらえるイラストにしたい…。サトウさんはそう考えている。
将来は、イラストを描くだけでなくストーリーも創る「絵本」に挑戦したいと思っている。さらに子ども向けのもの、例えばNHKの「みんなのうた」やおもちゃ、自分一人で完結するのでなく、いろいろなジャンルの人とコラボした仕事もしたい。
新しいオファーがきた時に「これはしたくない」とは思わないし、来るものは拒まない、と話すサトウさん。なぜなら、絵を描くことは社会とかかわることだからだ。絵を通して社会に役立っていきたい。それがサトウさんの創作活動のスタンスだ。


仕事を始めた初期の頃のオリジナル作品「サラリーマンの日常」(デジタルタッチ)。楽しげでユーモアのある、デフォルメをきかせた作品。


小学6年生向けの教材の表紙で採用されたイラスト(デジタルタッチ)。部屋に飾ってみたくなるほどおしゃれな絵に、と依頼された。

公開日:2015年06月25日(木)
取材・文:鶴見佳子 鶴見 佳子氏
取材班:CA-RIN WORKS カツミ氏、株式会社一八八 北窓 優太氏