二人でいることのメリットを生かし、面白いことを追求したい
松尾 啓三氏・村上 貴祥氏:シャトルクラフト


松尾さん(左)と村上さん(右)

JR環状線桜ノ宮駅に程近い住宅街。昭和の街にタイムスリップしたかのようなレトロなアパート「白浜荘」にシャトルクラフトはある。松尾啓三さんと村上貴祥さんの二人のCGデザイナーが今年(2012年)3月に起業したばかりのCG制作工房だ。この道約20年、CGひと筋に歩んできた二人が強力タッグを組み目指す方向とは。それぞれにCG制作を始めたきっかけや、二人の出会い、現在の仕事などについて伺った。

君もCGデザイナー!

村上氏

村上さんがCGを始めるきっかけとなった「人体」の書籍(NKH出版、1989年12月初版)

1989年、NHKで放映された「驚異の小宇宙『人体』」で、人体内部の説明に使われたCG。それを見て、「CGなのに、こんなにアート的な表現ができるなんて」と、村上さんは衝撃を受けたという。
期待に胸を膨らませて入学したCGの専門学校では、当時まだ珍しかったMacのフォトショップや、パーソナルリンクスというCGソフトを使って様々な作品を創作していた。専門学校を卒業後、建築系のCGプロダクションに入社するはずだったが、2月にまさかの内定取り消し。困り果てていた時、あるイベント会社のCG部門の求人広告に出会う。そこには迫力あるスペースシャトルと「君もCGデザイナー!」というキャッチフレーズが踊っていた。

入社した、その会社では1台1000万円、小型冷蔵庫ほどの大きさのシリコングラフィックスのマシンを使い、テレビCMやVPのCGを制作していた。「そんな本格的なマシンを使ったことがなくて、毎日が楽しくて仕方がありませんでした」と当時を振り返る。充実した日々を送っていた村上さんだったが、会社がゲーム制作にシフトしたこともあり方向性の違いから独立を決意。CGデザイナーの仲間が集う飲み会で、突然、フリーランス宣言してしまう。ちょうど、その飲み会に参加していた一人に「それなら、うちに手伝いに来てよ」と声をかけられ、居候としてのフリーランス生活がスタートした。2年後、自宅兼事務所で本格的に独立を果たしたものの、「なにしろ寂しがり屋の性格で、いろいろな事務所に顔を出していました。そうするうちに、ある映像編集会社にCG部門を立ち上げるという話しが舞い込み、フリーランス仲間と事務所をシェアして11年間、働きました」。

建築系CGで鍛えられた技術力

松尾氏

一方の松尾さんは、カーデザイナーを目指して専門学校に通っていたが、将来の仕事に疑問を感じ、就職せずフリーターに。懸賞で当たったノートパソコンとの出会いをきっかけに、安いCGソフトを購入して、様々なモノをコンピュータ画面の中で創作していた。「粘土細工のようにモノが形作られていく様子が楽しくて、CGデザイナーを目指そうと思いました」。

就職した会社は建築土木系のCGが得意なプロダクションで、橋梁や道路、公共建築物の完成予想図をひたすら創っていた。数年間働き、建築土木以外の仕事がしたいと思っていた頃に、会社が経営不振に陥る。松尾さんは独立を考えるも、ライバル会社から「CG部門を立て直してほしい」と誘われて転職。「以前と同じ建築土木系の仕事だったので、1年間で事業を軌道に乗せて、後は誰かにまかせて退職しようと思っていました(笑)」。しかし、入社してみると周りは新人ばかりで、お得意先との打ち合わせやマネジメント業務、おまけにISO取得の責任者にまで任命され、CG制作に没頭できない状態が続いてしまう。なんとか以前勤めていた会社の後輩に入社してもらい、徐々に仕事をまかせて、退職できたのは2年半後だった。

その後、自宅兼事務所でフリーとして働いていたが、仕事の波が激しく、当時購入した真っ赤な外車アルファロメオのローンもあって、一人で仕事を続けることに不安を感じ始めていた。映像制作会社のシェアオフィスから出ようと考えていた村上さんから相談を受け、「それなら一緒に仕事をしよう。二人の方が仕事の量も安定するし、協力し合える」と二人での起業を持ちかける。それが昨年(2011年)のことだ。

レトロなアパートで最先端のCGを操る


昭和の雰囲気が漂うアパートにシャトルクラフトはある

二人の出会いは、1993年に遡る。共にサラリーマンの時代に、共通の友人が主宰する草野球チームに所属していた。最初の頃は、お互いの仕事のことは全く知らなかったという。その後、松尾さんが村上さんにアニメーションの仕事などを依頼。2000年には橋梁のデザインコンペで協力し、四季折々に移り変わる川と橋の表情をCGで再現し、コンペに勝利したこともあった。何度かの仕事のやりとりを通して信頼関係が強くなり、自然と二人での起業への道へと進んでいく。

「ここを事務所にした決め手は、駅から近く、二人の家のほぼ中間地点にあること。また、古民家風のカフェが好きな二人のフィーリングに合いました。何よりも、こんなレトロな雰囲気のアパートで、最先端のCGを創っているというギャップが面白いと思ったんです」。
入居後、会社名を決める暇もなく働いていた二人。クライアントにも名刺も渡せず、何案かの中からなんとなく選んだのが「シャトルクラフト」だった。それは村上さんが最初の会社の求人広告で見たスペースシャトルであり、松尾さんも元々NASAに行くほどのファンだったというから自然と決まっていったのだろう。
「技術もノウハウもほぼ同じレベルで、どちらかに寄りかからずに仕事ができること。また、作品に対して客観的に意見を求めたり、技術的な解決方法をアドバイスし合ったりできることが二人でいることのメリットです。二人ならクライアントも安心して仕事を依頼できると思いますしね」。

最近のCGは日々新しい技術や表現が生まれてくる。CGを使わないテレビCMや映画、VPなどあり得ない。起業から半年間で、テレビで目にするCMで使われる作品をいくつも創ってきた。たとえば、某不動産会社のテレビCMで俳優の胸にたぎる情熱をCGで表現。某グローバル企業で、その企業すべてのCMに使うロゴアニメーションも採用されている。
「テレビCMでは、ディレクターの意向に沿って制作していきますが、微妙な色使いやCGキャラクターの動かし方などは自分なりに工夫して提案することを心掛けています」。
また、映画の場合は監督の意向で幾度かの変更が続くことも多く、苦労して仕上げた作品を映画館で見たところ、カットされていたこともあったそうだ。

松尾さんは村上さんのことを「年齢は僕の方が上ですが、経験は彼の方が長く、知識が豊富で尊敬できる存在」と語る。村上さんは松尾さんのことを「つねに冷静な判断ができることに頭が下がる。その反面、アルファロメオを衝動買いしてしまうようなところもあって、そのギャップが面白い」と笑った。
今後の目標は、という質問に「大きな仕事よりもヤリガイのある仕事を続けたい」と口を揃える二人。「きつい仕事もあるので、楽しく仕事ができる環境にしたい」とも語ってくれた。

3Dプロジェクションマッピングなど面白い実験に挑戦

そんな二人は2012年夏、枚方市の家具町ラボで「3Dプロジェクションマッピング」を公開した。3Dプロジェクションマッピングとは、オリジナルのCGをプロジェクターなどでスクリーン上に映し出すアート作品。家具町ラボでは真っ白な段ボールの箱にCGを投影。段ボールがさまざまな形に変化していく幻想的な世界を表現した。詳細はこちら→ http://vimeo.com/46335914#
「一人なら日々の業務に追われて、このような実験的な遊びはなかなかできませんが、二人なら面白いと思ったことを追求していくことが可能です。これからも面白いことに、二人でどんどん挑戦していきたい」。


枚方の家具町ラボで公開されたプロジェクションマッピング

公開日:2012年10月18日(木)
取材・文:一心事務所 大橋 一心氏
取材班:森口 耕次氏