デジタルの技術と活版印刷を組み合わせて新しい表現を
白石 里絵氏・松木 紀子氏:(有)ブルーム


松木さん(左)と白石さん(右)

取材にあたって、ウェブサイトの制作とレタープレス(活版印刷)をしている女性二人組であることをあらかじめ聞いていた。デジタルの世界と超アナログな世界。一見相反することを得意としている女性二人って?好奇心をそそられながら入ったメビック扇町のロビーで待っていたのは、まるで日だまりのような雰囲気の二人。有限会社ブルームの白石里絵さんと松木紀子さんだ。
「中学・高校と同じ学校だったんです。でもきちんと話すようになったのはつい最近なんです」と、顔を見合わせて笑う二人。その関係は友人のようにも、姉妹のようにも、またよきライバルのようにも見える。女性らしい色合いやフォルムで構成された作品にも、二人の人柄がにじみ出ているようだ。秋晴れの日差しがまぶしいメビック扇町のロビーで、仕事への思いやこれからの展望などを伺った。

別々に歩んできた道がつながった


趣味はゴスペルや演劇鑑賞という松木さん

料理と旅行が好きと話す白石さん

「高校卒業後は別々の道を歩んでいたのですが、社会人になってから再会しました。やっていることが似ているねと話しているうちに意気投合したんです」と話す松木さん。大学卒業後、一度社会人になるものの、かねてからの夢だったNYへ渡り、夜間学校でデザインを学んだ。そこでデザインに魅了された松木さんは帰国後、東京でデザインの仕事に就いた。
「店舗の企画や運営をしている会社で、グラフィックデザインを担当していました。仕事は大変でしたが、やりがいがありましたね。実務としてのデザインの基礎はそこで学びました」

一方、白石さんは大学在学中から花に魅了され、卒業後フラワーショップに就職。その後ワーキングホリデーを利用してカナダに渡った。
「カナダでもお花屋さんで働いたんです。田舎のリゾート地だったその街では、お花屋さんというと買い物帰りにちょっと立ち寄るようなコミュニケーションの場。お客さんとのおしゃべりが楽しい毎日でした」
帰国後、知り合いの会社のホームページの更新作業を手伝ったことをきっかけに、ウェブサイト制作の面白さを知った白石さんは、その技術を本格的に学校で学ぶ。その後ウェブサイト制作会社に就職。二人が再会したのはこの頃だ。
「私たちがこのタイミングで出会ったのも、必然というか運命というか、何かを感じるんですよね。どちらか一人がやる気にならなければ今の私たちはなかったんですから」
マイペースで歩んできた二人の道。お互いに引きつけ合うように交わり、新たな道の起点となった。

活版印刷機の入手が背中を押してくれた


小型活版印刷機で刷った名刺作例

再会してからは頻繁に会うようになったという松木さんと白石さん。
「話しているうちに、将来やりたいことや好きなデザインのタッチが似ていることに気づき始めたんです。もしかしたら一緒にデザインの仕事ができるかな。二人ともそんなふうに感じていたんでしょうね」
お互いに海外生活を経験し、ステーショナリーや雑貨が大好き。そして意気投合した一番のポイントは、今でこそ女性に静かなブームを呼んでいる「活版印刷」に、早くから注目していたということだった。
「海外ではグリーティングカードの印刷などで、活版印刷がよく使われています。柔らかな風合いのコットンペーパーに活版印刷で刷られたあたたかみとアナログ感がいいよねという話から、いつか活版印刷機を使ってカードを作りたいね。それを売れたらいいよねという話になって…。それで活版印刷関係のワークショップに一緒に参加したりしていました。そんなある日、びっくりする話を持ちかけられたんです」
それは印刷会社で不要になった活版印刷機を引き取らないかという話。二人で悩んだ末に手に入れることを決心。2011年の夏のことだった。

重さ1.5tもある大きな印刷機の引き取りをきっかけに、事業開始が急に現実になった二人。機械の置き場所は大きさの関係で必然的に吹田市にある松木さんの実家の納屋に決まり、同時に小さな手動の活版印刷機も購入。2012年5月に事業を本格的にスタートさせた。
「同じ頃に大きなウェブサイトの案件をいただいたんです。全てのできことが絶妙なタイミングだったんですよね」


印刷会社から引き取った活版印刷機「コメット」。


小型活版印刷機(手前右)が鎮座する作業場風景。
どことなく暖かみのある空間だ。

“つなげる”をキーワードに活動中

普段、松木さんは吹田の自宅兼事務所で、白石さんは芦屋の自宅で仕事をしているという。ウェブサイトやグラフィックの案件などはSkypeなどで連絡を取り合いながら、そして印刷機を稼働するときには松木さんの実家の納屋で二人で作業をする。
「活版印刷のちょっと凹んでたり、滲んでたりという独特の味わいが好きなんです。大きな機械なのにポストカードサイズの紙までしか刷れないんですが、そんな非効率なところもアナログ技術の活版印刷ならではのことですね。作業に関してもアナログなので、紙の種類や大きさ、デザインによって毎回微調整が必要です。その分うまくいった時にはやったぁって二人で喜んで…」と朗らかに語る松木さん。
「そうそう、そして不思議なことにどんな案件でも自然と役割分担が決まるんです。言いたいことをちゃんと言い合えるのに喧嘩をしたり、嫌なムードになったりということがないんですよ」と白石さんも相づちをうつ。

現在は受注制作を中心に仕事をしているという二人。今後はオリジナルのカードなどを制作し、雑貨店やネットショップなどで販売することが目標だと語る。
「“つなげる”という言葉をキーワードにしているんです。私たちデザイナーは、デザインの力でクライアントとエンドユーザーをつなげる役割を担っていると思っています。制作に関して言うと、活版印刷という古い技術と、最先端のデジタル技術やデザインセンスをつなげることで新しい表現を模索する。お互いにその原点を忘れないようにしようねと話しているんです」

2012年のメビック扇町主催イベント「わたしのマチオモイ帖」展では、二人の原点、甲南女子中・高等学校の通学路を題材に作品を制作・出品した。甘く懐かしい思い出に浸りながら、かつての通学路を歩いてみたという二人。あの頃、こんな風に再びこの道を歩くなんて思ってもいなかった。でもこうして共に歩く道が、まだ見ぬ世界につながっている気がしてわくわくする。今、ブルームの二人は、さらなるステップへと向かう道を歩き始めているのだ。

公開日:2012年10月18日(木)
取材・文:株式会社ランデザイン 岩村 彩氏
取材班:株式会社Meta-Design-Development 鷺本 晴香氏