デザインの力で人を惹き付け、つなげたい。
池田 敦氏:G_graphics

池田氏

CDジャケットのように小さなフリーペーパー「hanauta(はなうた)」。力の抜けたナチュラル感が心地よくて、ふと手に取ってしまう。発行しているのは、G_graphicsの池田敦さんと松木香織さん。「人と人とをつなげるデザインを目指したい」というアートディレクターの池田さんにお話を伺いました。

人とのつながりからデザインが生まれる

白とダークブラウンで統一された落ち着いた空間。大きな窓からは天神橋と大川のほとりが見渡せる。「この眺めが気に入って決めたんです」。池田さんは、2009年7月、2人の仲間とともにG_graphicsを立ち上げ、ここにやってきた。
それまでの池田さんは、デザインの専門学校を卒業してすぐに印刷会社に入社、その後デザインの制作会社を経てSP代理店へと、デザイナーが目指すステップアップの道筋を希望通り進んでいた。「それでも、自分の思っていたデザインの仕事をするのは難しかった」と言う。
池田さんは専門学校時代から「人と人とのつながりからデザインが生まれる」ということを強く意識していたようだ。それは、そのころの恩師であり、現在デザイン事務所とカフェギャラリーを経営する「鯵坂先生((有)スカイ 鯵坂 兼充氏)」の影響があったかもしれない。
「デザインありきで話をするのではなく、もっとお客さんを見て、人としてのつながりを持った上で生まれるデザインがあるはず。そういう仕事をしていきたい」。社会に出て現実の中でクリエイティブに携わると、ともすれば忘れてしまいそうなことだが池田さんの中では何より大切なことだった。

事務所風景

かんじるフリーペーパーhanautaを創刊

hanauta

とはいえ、会社では望むような仕事には出会えず悶々とした日々を過ごす。そんなある日、「そうだ、自分で作ればいいんだ」。会社勤めで多忙に働きながら、2008年の夏、デザインに対して同じ想いを持つデザイナーの松木さんと共に「かんじるフリーペーパー hanauta」を立ち上げた。広告をとるわけでもなく、ただ自分たちの中にある「人と人とのつながりから生まれるデザイン」を大切にする場所として。毎号のテーマは、「あるく」「つたえる」「であう」など、「日常で忘れ去られそうな感覚的なこと」を選ぶ。それらを「鼻歌を歌うような心地よさで伝えられたら」。「制作にもできるだけたくさんの人を巻き込みたい」と、ロゴはコージィデザインスタジオの佐藤浩二氏に依頼、多くの人の手に渡るよう、カフェやバー、雑貨屋などを一件一件回って置いてもらった。

hanautaが独立のきっかけ

「人と人とのつながりから生まれるデザインをやりたくて始めたhanautaが、実際に人とのつながりを作ってくれることも多い」と池田さん。創刊からほどなくしてhanauta経由で仕事が入って来るようになる。それまで独立願望はほとんどなかった池田さんだが、何となく手ごたえを感じていたのと、会社勤めとの両立が難しくなったこともあり、1年後、独立を決めた。

hanautaが運んできた仕事の話を聞くと、これがなかなかおもしろい。
ある会社の部長さんと歌手という異色メンバーの鍋パーティーに松木さんが呼ばれて参加したときのこと。CDジャケットサイズのhanautaを見た部長さんが「歌手もいることだし社歌のCDを作ろう!」と思い付き、酒の席で盛り上がった話が本当に実現してしまったり、松木さんの実家のある愛媛にhanautaを置いていたら、大学からロゴマークの仕事の話があり、すぐに愛媛まで飛んで行ったらパンフにまで発展したり。
「どんな仕事をするにしても、直接相手の顔を見て話をして、ときには一緒にお酒でも飲んで、人対人の仕事をしたい」と池田さん。「パン屋さんのオープンのお手伝いをしたとき、オープン前日にお店の方と一緒に試作のパンとビールで乾杯したんですが、そのビールの味が本当に美味くて。お客さんと一緒になって心から喜べる。望んでいたのはこういう仕事だ、とそのとき実感しました」。

hanauta

G_graphicsのGは、重力のG

作品

G_graphicsのアートディレクターであると同時に、雑誌などで絵本作家としても活躍されている池田さん。多くの絵本作家やイラストレーター、歌手などのアーティストとも親交があることから、今後は作家のプロデュースや音楽関係のデザインやプロデュースにも力を入れていきたいと言う。
「G_graphicsのGは、重力という意味。重力となって人を惹き付け、人をつなげたいという想いで名付けました。まだ始まったばかりでどこへ行こうか答えを出し切れていないのも正直なところですが、いつもデザインのパワーで人を惹き付け、その受け皿でいられたら、と思っています」。

周りの人を惹きつける松木さんの温かい人柄と、デザインでものすごい実力を持つ阪口さん、そして、たくさんの人を巻き込んでひとつのことを作り上げていく力量のある池田さん。G_graphicsは、メンバーを見てもその仕事のスタイルがわかる。
G_graphicsのオフィスには2度訪れたが、いつも帰りは鼻歌でも歌いたくなるようなさわやかな気持ちになる。hanauta経由で「いい仕事」がくるようになったと言うが、クライアントがG_graphicsに惹き付けられる理由はそんなところにあるのかもしれない。

公開日:2009年10月22日(木)
取材・文:わかはら 真理子氏
取材班:株式会社ランデザイン 浪本 浩一氏