メビック発のコラボレーション事例の紹介
野球界の課題を、町工場×クリエイターが解決
野球機器のネーミング
野球に革命をもたらす、町工場の技術。
サクゴエ、それは青空に向かって美しい弧を描くホームラン。そんな一打を生むための画期的な野球機器の名前だ。このサクゴエは、大阪市港区にあるイノベーションポート200の高満洋徳さんと弓場直樹さんが立ち上げた、町工場のスキルを共有する「Garage Minato(以下ガレージミナト)から生まれた初の製品。「置きティー」と呼ばれ、何十年も形が変わらなかった製品を改良したサクゴエは、現代の野球理論にフィットすると、ネーミングを担当した野村武史さんは言う。「昔はゴロを打てというのが指導のセオリーでしたが、今はフライボール革命といわれるように理論も変わっています」。フライを打つには球の下部にバットを当てる必要があるが、これまでの置きティーではバットがスタンドに当たるので打ちづらい。サクゴエは球の下をとらえやすいように工夫されており、思い切り下をたたいて飛距離を伸ばす練習ができる。
そもそもイノベーションポート200とは、地域社会で発掘した課題の解決を目的とした団体。この場合は地元の野球チームの課題に対して、「野球がうまくなるために、町工場の技術で最新の道具をつくれないか」という弓場さんの提案からはじまった。ものづくりの最前線に立ち、町工場の力を集結させてイノベーションや社会貢献をめざす高満さん。それをビジネス化するのが学生時代から野球を続け、今は奈良県の社会人野球チームの代表も務める弓場さん。ふたりを両輪にプロジェクトが走り出していく。販売はガレージミナトの第1号ベンチャー企業のハングが担当。
そしてネーミングはコピーライターに依頼したかった。そもそもイノベーションポート200もクリエイターと一緒に立ち上げたもの。協働のなかで「ものづくり企業にとって、クリエイターの存在は不可欠という意識が生まれた」(弓場さん)。高満さんも同感だ。「町工場って凄い技術を持っているのに発信力がない。クリエイターの力でうまく発信することができれば、新たな顧客が創造できるはず」。そこでメビックに相談に訪れた。
名刺が引き寄せた、野球との再会。
そこでは、意外な出会いが待ち受けていた。同席していたコーディネーターからもらったイベントのDMに掲載されていた、野村さんの名刺。屋号やデザインから「絶対野球好きだ」と確信した弓場さん、同時にコピーライターとしての尖った感覚に惹かれた。それはおりしも、ガレージミナトでのベンチャーピッチ中間報告の日。すでに開発は進んでおり、ビジネス化に向けての発表をしたいと考えていた弓場さん。話題のひとつとして「野村監督というクリエイターと仲間になった」と言いたいために、プレゼンの2時間前に面識もない野村さんに電話をかける。その熱意に押されるまま、名前の使用を承諾する野村さん。
「高校時代、予選の決勝で敗れて甲子園に出られなかったのが大きな挫折につながっていて。野球とは縁を切ったけれど、心のどこかに悔いのように残っていた。だから独立したときにもう一度、野球と向きあうために屋号を野村監督にしたんです」。つまり野村さんが出したサインに最適な人が反応した結果に。
その後、ガレージミナトに合流しネーミングを依頼される。「名前をつけられないのが中小企業の弱み。町工場も自分が主役だと考えるときには、バックグラウンドやイメージが伝わりやすい商品名をつけるべき」だと高満さん。サクゴエという名前には「港区発、日本初だから絶対日本語を使いたかった。4案出したなかで、みなさんが選んだのがサクゴエでした」(野村さん)。「ホームランを打ちたい子どもたちに伝わりやすいし、夢が広がるネーミングだと思いました」(弓場さん)。サクゴエは人気野球ユーチューバーの番組『トクサンTV』で紹介されると、発売前にもかかわらず、高校野球の強豪校から注文が入った。さらにその高校が夏の甲子園で活躍してからは多くのメディアで取り上げられ、右肩上がりに売上は推移。現在月100台売れており、生産が追いつかない状態。子どもたちに使ってもらいながら、ビジネス展開しようという当初のもくろみ通り、いやそれ以上の成果を上げている。
クリエイターのポテンシャルを引き出すしくみ。
もとは建築業だった弓場さんは、「町工場が集まるガレージミナトでは、いかに課題を自分ごとにしていくか、さらに同じような気持ちで対峙してくれる仲間を見つけることが大切だった」と語る。いっぽう野村さんは、接点の少なかった町工場と協働することで、仕事への取り組み方が変わったという。「熱のある人が集まって、ひとつのものをつくり上げていくのを見て、こういう世界もあるのかと。弓場さんは人を巻き込むタイプ。ただ突然の電話もそうですけど、やり方は雑なので(笑)、たいていの人は構えるけれど、ぼくはその力を利用して巻き込まれてみた。するとその渦の中で自分のやりたかったことも形になっていく。弓場さんがよく言う“仕掛けられたら仕掛け返せ”はつねに意識しています」
現在、野村さんはハングの取締役として、ガレージミナトの活動に参加している。「これだけクリエイターの力を信じてもらえる環境は珍しい」というが、逆に町工場の人間からすると、裏方に徹したクリエイターの控えめな態度に驚くという。「クリエイターの“聞く力”と“伝える力”ってとても大きいと思う。だからこそサクゴエという名前は自分がつくったんだと、どんどん言って欲しい。そうしてもっとクリエイターに光が当たるようにしたい」(高満さん)。「ハングで仕事するときにはもっと我を出してもらってもいい。それだけ野村さんを信頼しているから」(弓場さん)。ものづくりにおけるクリエイターの役割を理解しているから、ポテンシャルを最大限に引き出せる。そのしくみ自体がクリエイティブだ。サクゴエはいずれ海外にも販路を拡大し、近い将来、日本のメジャーリーガーやアメリカの野球教室にも導入を検討しているという。町工場の夢を載せた商品が、国境をサクゴエする日は近い。
公開:2020年5月7日(木)
取材・文:町田佳子氏
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