メビック発のコラボレーション事例の紹介
ある日、コピーライター田中有史が、町工場のキャッチコピーを勝手に作った件
町工場のブランディングにつながるキャッチコピー
「気になった」。ハードの会社なのにソフトでの差別化にもがく町工場社長。
(頼んでもいないのにw)と先に記しておこう。憧れのクリエイターから、ある日、「あなたの会社のキャッチコピーを考えてみましたよ」とメールが届いたらどうする? 本事例は、40年近く第一線を走り続けるベテランコピーライターと、自社ブランディングを探り続ける町工場社長の間に実現した熱量と純度の高いコラボレーション。
2019年のある夏の夜のこと。大阪市西成区で「貼り箱」工場を営む村上紙器工業所代表の村上誠さんは、受信メールに「田中有史」の名を見つけた。村上さんにとって、「田中有史」というコピーライターは雲の上のひと。メビックで開催する「田中有史のクリエイティブ塾」なども欠かさず受講するほど。その日はアートディレクターの浪本浩一さんを媒介役に、田中さんが村上紙器の工場見学に来てくれたことで以前より打ち解けた感も……。そこから冒頭の(頼んでもいないのにw)に行きつくわけだ。村上さんは驚愕した。添付された文書には大きな明朝体のキャッチコピーが綴られてある。「ハートのあるハード」「考える手」「箱に魂、込めてます」など。「その夜7時か8時ぐらいでした。熱の熱いうちにこんなん書いたんですけど、って。ただ驚いて。感動よりも先に、ど、どうしよう、ベンツぐらいギャラいるやろかって……(笑)」。コピーはどれも秀逸で、村上さんがずっと模索してきた自社ブランディングの靄を晴らすものだった。
「こんなことしたのは僕も、初めてですよ」と田中さん。工場見学に行く前に、田中さんは村上紙器工業所のホームページを見ていて、あることが“気になって”いた。「この人、変やなあと(笑)。ハードウェアの会社でありながら、ブランド論を書きまくってて、同業他社との差別化をソフトでやろうとしている。その姿勢は面白かったんだけど、勉強しすぎてブランド論がごっちゃになってて、言いたいことの核が見えない。何とかしてあげなあかんかなと」。田中さんは、そういって村上紙器について分析をしたノートを見せてくれた。「貼り箱だけでブランディングするには無理がある」「見える化=出来上がった箱=組んでいるクリエイターの差になる?」「貼り箱のプロ→技術 / 品質 / 心意気」などなどの数々のメモ。そう、頼まれてもいないのにw。
町工場が差別化を図るためには、クリエイティブを理解する力が必要!
アートディレクターの浪本さんは、10年前から村上紙器のホームページを手掛けている、村上さんの“貼り箱にかける想い”を最も理解するクリエイターだ。今回は、村上さんと田中さんの間に立った。「補足しますね。ものづくりの工場は設備や技術をアピールすることが多いのですが、それだと値段の差でしか会社を選んでもらえない。村上紙器は、丁寧な手作業を売りにする工場ですから、直接デザイナーやメーカーが問い合わせしたくなる内容にしようと方向性を定め、ブランドイメージの土台を作ってきました。村上さんは、町工場が競合他社と差別化を図るにはクリエイティブへの理解力が必要だと早くから気付いていて、メビックで様々なクリエイターと交流したり、ブランド論を勉強されてきました。ただ、整理がついていない部分もあって。そこを田中さんが“気になって”手を差し伸べたわけです」。そんな流れと貼り箱への興味で、田中さんは村上紙器を訪ねた。「見学して驚いたのですが、村上さんの工場はマニュファクチュアの塊(笑)。職人さん一人ひとりが貼り箱マイスター、精度の高い手作業をされていました。ホームページにあるブランド論とのギャップがあったんですが、そこがかえって面白いなと。それで、事務所に帰ってコピーを作った。初案は、工場見学の後に書いたので、手作業に関するものが多かったかな。後日、正式にご依頼をいただいた段階で、村上さんの言いたいことはやっぱり“ブランド”だろうと考え直し、10本ぐらい再提案しました。プレゼンテーションは説得ではなく、一番は信用。田中有史のコピーを使ったらうまくいきそうだな、と信用してもらうことです」
依頼主と村上紙器の真ん中にある“箱”を主役にしたキャッチコピーが誕生。
今、村上紙器のホームページを開くと、「意思を運ぶ箱」というキャッチコピーが目に飛び込んでくる。「いくら村上さんがブランドのことを理解できる方でも、運用するのは相手方。そう思った時に、依頼主と村上紙器の真ん中にある“箱”に主観を置いた方がいいなと。それで“企業、依頼主の意思を運んでいる”という視点が見えた瞬間、ああ、できた!と思いました」。結果的に、工場見学前にノートに書いた分析からほぼブレがない。脱帽。「ブランディングは手法や戦術ではなく“意思”。ひとつの旗印を決め、使い続けるという意思なんです」。田中さんは続ける。「メビックとお付き合いしはじめて数年来だけど、クリエイティブの仕事にコピーライティングがほとんど介在してない。旗印の作り方が弱い。きちんとコミュニケーションするためには、コトバもいるし広告視点がいる。それがメビック周辺の皆さんに広がるとええなあと。最近、東京や神戸や福岡より、大阪が熱いぞと思ってもらえるようにね。僭越ながら、お役に立てればいいなというのが根底にあったんです」
ボディコピーはやさしい口調で綴られてある。業界の人でなくとも理解できるように。「あなた」という個人に伝わるように。嬉しい反響があった。ホームページに「意志を運ぶ箱」を掲載してから2ヶ月にも満たない頃、神戸から女性3人連れのお客さまが、工場を訪ねてきたのだと村上さんが教えてくれた。「オリジナルの財布を販売するための箱を作りたいという依頼でした。いろんな貼り箱屋さんのHPを検索されたようですが、うちのキャッチフレーズが目に止まって、お仕事をお願いするなら“ここしかない”と……」。その嬉しさたるや、貼り箱以上!
公開:2020年4月28日(火)
取材・文:村上美香氏(株式会社一八八)
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