メビック発のコラボレーション事例の紹介

コラボレーションは割箸の常識を越える
国産割り箸のパッケージ

割り箸のパッケージ

社運を賭けたリニューアル
量販店の棚を取り戻すために

奈良県五條市。豊かな山々に抱かれた町には古くから林業が栄え、森とともに歩んできた歴史を持つ。「割り箸の発祥はこの吉野地方。間伐材を製材したときに出る端材が割り箸の材料です」と説明するのは、五條市で60年以上も割り箸の販売元を営む株式会社シンワの専務・北谷宗久さん。
間伐材とは、密集化した森から不要な木を取り除く作業「間伐」によって生まれた木材。同社の看板商品である量販店向けの割り箸「森のおくりもの」は、そんな国産間伐材を使った商品だ。発売当初、中国製の割り箸が市場を席巻するなかで、日本製をアピールして大ヒット。しかし、他社から次々と類似商品が発売されたことで、材料となる間伐材が不足し、そこに林業の衰退が追い打ちをかけた。「間伐材の供給不安や原価の高騰もあり、リニューアルを行いました。セット数を減らし、パッケージデザインを変えるなどしましたが、その結果、売上が50%以下に落ち込んでしまったんです」と、同社の商品企画部長を務める金子孝行さんは言う。思惑が裏目に出て、シェアを落とす事態を招いてしまったのだ。
この状況を打開するべく、社運を賭けた再リニューアルを決断。2017年6月、これまでにない提案ができるデザイナーを求めてメビック扇町の門を叩いた。そこで出会ったのがデザインQの嶋﨑エリさん。「意見交換するうちに意気投合し、工場へ見学に伺いました」と、現地を視察しながら、同社の歴史、割り箸や間伐材のことなどを詳細にヒアリング。同社もパッケージデザイン経験が豊富な嶋﨑さんに信頼を寄せ、リニューアルを任せることに決定。シェア奪還のための一大プロジェクトが始まった。

間伐材の丸太
間伐材の丸太は製材で四方が切り落される。その際に出た半月型の端材が割り箸の原料として使用される。

選ばれる理由は何か?
辿り着いた答えは理念と物語

リニューアルに先立って嶋﨑さんが取り掛かったのが、パッケージング工程の把握。機械詰めか手作業かによっても手間や工程数が変わってくるためで、現状のパッケージが生まれた理由や、実現可能なプランの条件を一つひとつ確認していった。それと同時に、量販店の売り場に足を運んで市場調査も開始。「海外品は価格で選ばれる。しかし、棚に並ぶ国産品はデザインに大差がなく、箸の入れ方も同じでパッケージに違いがない。消費者が購入する基準は何か? 量販店のバイヤーがなぜこの商品を選んでいるのか? 理由が分かりませんでした」と嶋﨑さん。割り箸を取り巻くマーケットは想像以上に手ごわい相手だった。

ミーティング風景
「印象的だった」と嶋﨑さんが語る営業会議では、袋詰め作業のノウハウがレクチャーされるシーンも。

リサーチを重ね、アイデアを練る嶋﨑さんの頭にある考えが浮かぶ。「パッケージにシンワの理念や間伐材の物語を込めよう」。割り箸を作るために木を伐採しているのではなく、森を育む過程で生まれた間伐材を使っていること。シンワは割り箸を作ることで森を守り、森の恵みを社会へ還元していること。「それらを伝えることで差別化になり、バイヤーが棚に並べ、消費者が購入する理由になるのではと思いました」

割り箸のパッケージ
イラスト化された間伐材の循環サイクル。間伐材が製品となり、その収益が苗木の育成などに利用される。

柔軟な発想と入念な下準備で業界の慣例を飛び越える

約1年の制作・検証期間を経て、「森のおくりもの」シリーズ全8種のパッケージができ上がった。吉野の杉、熊本の竹など、商品名をシンプルに記した外袋に、間伐材産地の山林を表現した箸袋を組み合わせた。「持ち手を下にして封入することで、持ち手を木の幹に、上部の紙袋を木の葉に見立てて一本の木を表現しました。それらが集まって森になるイメージです」と嶋﨑さん。裏面には、これまで文章だけだった間伐材の説明をイラスト化して、分かりやすく伝えるアイデアも盛り込んだ。

割り箸のパッケージ
それぞれの箸袋を違ったイメージで表現。地産地消のお土産としても販路を開拓中。

実は持ち手を下にするこのプラン、スタート当初に北谷さんから反対されたもの。なぜなら、業界では持ち手を上にするのが常識だからだ。まさに業界の常識を覆す提案だったが、“シンワの理念や間伐材の物語を伝える”というコンセプトに共感し、今では「私たちの思いをよく含んだデザイン」と北谷さんは評価する。

箸袋
上:表面 下:裏面
箸袋の裏面を落ち着いたデザインにし、後列は持ち手を上に入れることで、裏から見れば従来通りのイメージに。

しかし、新デザインを世に出すにあたって「前例がないだけに、本当にこれでいいのか?という気持ちもありました」と金子さんは振り返る。消費者の反応を探るために、嶋﨑さんとともに大阪産業創造館のモニター調査イベントへ参加。箸袋のデザインは同じで、持ち手の封入方向の上下のみ異なる2パターンの反応を比べた。アンケートの結果は一目瞭然、ほとんどの人が持ち手を下にした嶋﨑さんの提案を支持。リニューアルへの最後の一押しを得ることができた。また、デザインに込められた思いをシンワ内部で共有するために、嶋﨑さんは営業会議にも参加。そこには、事務スタッフや袋詰めを行うパートスタッフの姿まであったという。「社員全員がリニューアルを気にかけていたということ。みなさんの気持ちの高まりを感じました」

割り箸のパッケージ
左:旧パッケージ 右:リニューアルパッケージ

思いの連鎖が生み出した数字以上に大切なもの

2018年7月、生まれ変わった「森のおくりもの」シリーズが販売開始。バイヤーからの評価も上々で、昨年から150%の売上アップを達成。新規取扱店も増えるなど、目覚ましい成果を上げている。これは社内で共有された思いが、バイヤーや消費者にまで伝わった証拠。シンワ・バイヤー・消費者の関係がデザインによって近づいたのだ。
「同じ思いを共有することで社内に一体感が生まれました」と北谷さん。それに続いて金子さんは「最も割り箸が売れる年末やお盆に欠品しないよう、製造担当が事前に準備を進めるなど、好循環が生まれたと感じています」と微笑む。常識に挑んだリニューアルは、売上以上に大切なものをもたらしてくれた。
「強い思いがなくてはいいものは作れません。シンワさんにはそれがありました。今後も強い思いで、割り箸業界をリードしてもらいたいです」と嶋﨑さん。北谷さんは「山林の担い手が減少している今だからこそ、そこにある物語に光を当てたい。それが森の恵みを届ける企業としての社会貢献だと思っています」と、これからの使命に背筋を伸ばす。危機的状況から放たれた一筋の光は、人々に思いを届け、自らの行く末を照らす道標となった。一膳の割り箸を手にしたとき、少しでも感じて欲しい。その瞬間、あなたも森を循環する物語の1ページになったということを。

プロジェクトメンバー
左から株式会社シンワの北谷さん・デザインQの嶋﨑さん・株式会社シンワの金子さん。この3名でプロジェクトが進められた。

株式会社シンワ

取締役 専務
北谷宗久氏

取締役 商品企画部長
金子孝行氏

http://www.shinwa-nara.co.jp/

デザインQ

デザイナー / ディレクター
嶋﨑エリ氏

http://qspace.jp/

公開:2019年5月28日(火)
取材・文:眞田健吾氏(STUDIO amu

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。