メビック発のコラボレーション事例の紹介

住民が誇りを持てるまちづくり
まちのタグライン・ロゴ・タウンカラーほか

奈義町名刺
photo:東郷憲志(東郷憲志写真事務所)

ことのはじまり
輪郭のない思いにクリエイターの力で確かなカタチを

よく耳にする地方創生という言葉。一言で説明すると、地方の人口減少を抑えようとする国の政策だが、岡山県の山間部に位置する人口約6000人の小さな町・奈義町も、人口維持をめざす「6000への挑戦」をテーマに掲げ、地方創生に取り組んでいる。
一般社団法人ナギカラは2016年1月に奈義町から地域再生推進法人に指定され、役場や町民、さらに各分野の専門家も交えながらまちづくりを進めている団体だ。「最初にどんなまちをめざすのか丁寧に議論しました。そこから見えた考えを共有し、伝えるためには、みんなが分かるカタチに表現する必要があったんです」と、ナギカラの専務理事を務める一井暁子さんは語る。2016年秋、まちづくりを進めるための合言葉「タグライン」と、町のアイデンティティーを表現した「ロゴマーク」を制作することに決まった。
そこでコンペの声を掛けられたのが、大阪に事務所を構えるランデザイン。代表の浪本浩一さんは父が岡山県出身で、幼少の頃は帰省で訪れていた岡山には縁があった。メビック扇町のイベントで偶然同席した一井さんを紹介されたことが、出会いのきっかけだという。「岡山に親しみはありましたが、奈義町のことは知りませんでした」と笑う浪本さんだが、そこから奈義町との深く、長い関わりが始まった。

地区標識
「地区標識」の検討風景。浪本さんをはじめ、景観や色彩の専門家と意見交換しながら制作された。

制作のプロセス
まちがあり続けるためにアイデンティティーを正しく伝え続ける

まず取り掛かったのがタグラインの制作。「自分たちのまちを残したい、というのがみんなの思い」と語る一井さんの言葉に、「希望を感じさせ、未来をプラスに捉えられるような言葉でなくては」と、浪本さんは付け加える。奈義町へ通い、やりとりを重ねながら同社ライターの岩村彩さんとアイデアを練った。そして完成したのが「みらいを、掘り起こせ」という言葉。「今まで培ってきた大切なものを見直すなかに、これからの行き先がある。そんな思いがくみ取られた、本当にいい提案でした」と一井さんは評価する。
次にロゴマーク。奈義町のシンボル・那岐山に象徴される「自然」、奈義町現代美術館をはじめとした「アート」、いきいきと町で暮らす「まちの人々」の3要素を、シンプルで美しいフォルムのなかに表現した。
2016年12月、タグラインとロゴマークが完成。それに合わせて、使用方法の詳細な規定や、ロゴに使われる色を含む4色をタウンカラーとして定めた、VIマニュアルも制作された。
その活用例のひとつが役場の名刺で、全職員の名刺を新しいロゴとタグラインを盛り込んだデザインに統一。そのほか、ランドマークとなる建物の改修・建設にあたっては、タウンカラーを取り入れて、景観からも奈義らしさが伝わるよう配慮されている。
タグラインとロゴマークの仕事をきっかけに、ナギカラの活動をまとめた『ナギカラ通信』や、働くことを通してまちの活性化に取り組む「まちの人事部」のロゴ、町内の地域を示す「地区標識」など、さまざまなデザインにも携わることになった。

建物外観
手前のレストランに見えるタウンカラーの奈義アンバー(いちょう色)は、改修時に加えられた。

理解が深まったわけ
まちに暮らす人々の声、大切な思いが、心に落ちてきた

「思いを理解することに苦労しましたね」と振り返る浪本さん。全く知らなかったまちの未来に携わることが一筋縄で行くわけがない。まちや町民が大切にしてきたこと、これからも大切にしたいことを考えた「タウンプライド」、それを基に50年後の奈義町のイメージを描いた「グランドデザイン」。まちづくりに先だって議論された2つの考えを、素案にまとめる作業に関わったことも、町を理解するきっかけになった。「同じ方向を向いているけど、みんなどう表していいのか分からない。完成された形がないだけに頭を抱えました。構成案に煮詰まったとき、タウンプライド・グランドデザインの町民説明会に参加したんです。最後に町長が『結局なんのためにやるのか?』について語ったとき、一気に理解できた気がします」
また、「東京にある移住促進センターのブースやリーフレットをデザインするために、10名程の町民を取材しました。共通していたのは、みんな奈義町が好きということ。会って話すことで“奈義らしさ”が分かってきたんです」とも語ってくれた。奈義町を愛し、まちを残したい強い思い。それを心から納得したうえで表現することが、何より大切なことだった

ナギカラ通信
『ナギカラ通信』は月1回発行。「編集の考え方を浪本さんに教わり、構成やレイアウトに活かしています」(ナギカラ・長田幹さん)

これからのこと
始まりも終わりもないまちづくりを探る、クリエイターの可能性

「まちづくりにゴールはありませんし、これまでの歴史や暮らしがあるから、スタート地点もここではありません。そして、何かができたから一気に変わるほど、簡単なものでもありません。ゆっくりと進んでいる途中だと感じています」と一井さん。浪本さんも「ポテンシャルを活かし、これから先に向かうために何をすればいいのか。未来を町民が共有することで、今行っている一連の取り組みを理解する。その理解の助けとなるのが私の役割です」と微笑む。
「クリエイターや専門家と一緒に悩んで、考えて、まちづくりを行っている事例は少ないんです。しかし、探っていくこと自体に、クリエイターが参加する意味がある。今後も一緒に模索し続けて行きたいです」と、一井さんは未来を見据えた。これからの町のために、変わらずに、変わっていくこと。四季のうつろいを映しながらも、町を見守る姿は変わらぬ那岐山のように、力強くもゆるやかな町の鼓動が聞こえた気がする。

プロジェクトメンバー

一般社団法人ナギカラ

専務理事
一井暁子氏

奈義町ランドスケープ・ディレクター
長田幹氏

http://nagikara.jp/

株式会社ランデザイン

代表 / アートディレクター
浪本浩一氏

http://www.langdesign.jp/

公開:2018年5月29日(火)
取材・文:眞田健吾氏(STUDIO amu

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。