メビック発のコラボレーション事例の紹介
脱・何でも屋。「交通整理」が導く印刷会社の再始動
印刷会社のブランディング

バラバラの事業を「交通整理」するために
大阪市中央区、昭和の町並みが残る空堀商店街の一角に、昭和7年(1932年)創業の老舗印刷会社・綾田印刷株式会社がある。「うちは下請け仕事がメイン。お客から『何ができるんですか?』と聞かれたら、『何でもしますよ』と答えていました。でも逆に『何ができるか分からない』と言われることが悩みでもあったんです」と語るのは、同社代表の綾田慎一郎さん。
自社の強みを模索する中、クリエイターと印刷会社がコラボして商品開発を行うイベント「ペーパーサミット」に参加。メビックも協力するこのイベントに、2022年の第1回から毎年参加し、ユニークなメモ帳や紙製品を次々と開発。ECサイトで販売を始めるなど、さまざまなことに取り組んできた。その一方で、問題も生まれていた。「いろんなクリエイターとのコラボは順調。けれど、売り方が見えない、コストがかさむ、この先事業の整理をどうしたもんかなと」。売れれば何でも良いというスタンスがあだとなり、方向性を見失っていた。
そんな状況を打破すべく白羽の矢を立てたのが、ブランディングを得意とする、みつばデザインの平山直美さんだった。ペーパーサミットの実行委員としても活動しており、綾田さんとも顔見知り。平山さんが会社見学に訪れた際に、ブランディング目線での提案も行っていた。「少し見ただけでこれだけアドバイスしてもらえるのなら、しっかり見てもらったら、良い道筋を立ててくれるんじゃないか」と言う綾田さん。平山さんへ単なる商品デザインではなく、会社そのもののブランディングを依頼。2024年6月、デザイン顧問契約を結び、事業の「交通整理」が始まった。
内と外、仮説と検証。ブランディングの道筋
「デザイナーがポンと入って『こう見せたら良いんじゃないですか』ってやり方は、上手くいかないだろうと思ったんです。綾田印刷さんは手札をたくさん持っている。でも、どれが本当に値打ちのあるカードなのか、中の人には見えにくくなっていた」と振り返る平山さん。
最初に着手したのは、外からの見え方を整えるアウターブランディングではなく、企業の強みや価値観を見つめ直し、浸透させることで組織の内側から整えるインナーブランディングだった。実施したのが、強み探しのワークショップ。「他社にはない、話題になるであろうもの」「ギフトとして人に推してもらえるもの、人に贈れるもの」「リピートされる、ご本人が何度も繰り返し使いたいと思うもの」という3つの視点で自社製品を分類。社員一人ひとりが製品をどう感じているのかを可視化していった。
「みんな同じようなことを考えてると思ってたんですけど、違ったんです。それぞれが違う意見を持っていたんだということが見えてきました」と語るのは、プロジェクトの実行役を担当した綾田印刷の柳奈々さん。その他のワークも続けながら、強みや現状の整理を進めていった。

内側を整えると同時に、プランをアウトプットして世に問う施策も行っていった。その一つが、2024年8月、文具や紙製品の展示会「文紙MESSE」への出展だ。「うちの特長として挙がっていたのが、メモ帳やデザインペーパー。それを強みにするために、小ロット製作サービスを打ち出して、ユーザーの反応を見ることになりました」と柳さん。「強みを押し出した時に、どんな反応が返ってくるか。トライアルとして仮説を検証したかったんです」と、平山さんは狙いを語る。
出展は決まったものの、会期は顧問就任からたった2ヶ月後。柳さんが急ピッチでサービスのアウトラインを整え、展示物を制作。なんとか出展へ間に合わせた。また、会場ではサービスをアピールするだけではなく、ノベルティ配布と引き換えにアンケートを実施して、需要やターゲット属性を探った。「ターゲットを絞ったイベントに出れば、確実に反応があるという答え合わせができました」と綾田さんが語る通り、アンケート結果は好反応で仮説を裏付ける結果に。その後も、展示会やイベントに出展しながら検証を繰り返し、交通整理へフィードバックしていった。

「toB」と「toC」と、その「中間」。3つの事業ブランドへ再構築
地道にアクションを積み上げながら行われた交通整理。その結果、約1年かけて3つのブランドに再構築された。
一つめが「綾田印刷」。これは従来の生業であるBtoBの商業印刷。「何でもやります」という小回りが効いて、器用な印刷事業の主軸。
二つめが「七宝堂」。働く文具女子をターゲットにしたBtoCのメーカー事業。クリエイターとのコラボ商品など、自社企画アイテムを販売。
三つめが「A! Yatta Printing Factory」。メモ帳などの小ロット製作サービスで、上記二つのサービスを橋渡しし、BtoBとBtoCの中間を埋めるようなポジション。クリエイター支援をめざす。
特に、最後の「A! Yatta Printing Factory」は、イベント出展を通じて磨いてきたプランで、新サービスの立ち上げは同社初。そこで、実務フローのブラッシュアップとマーケティングを兼ねて、2025年2月の「ペーパーサミット2025」に参加。来場者からモニター制作を募集し、入稿データのやり取りやメールフォーマットなどをテストし、実務フローに落とし込んだ。そして同年8月、運営していた「minne」のECサイトをリニューアルする形で正式リリース。バラバラだった事業のコンセプトが明確になり、それぞれが補い合いながら、「面」としての力を持つように再構築。みごとな交通整理が完了した。

「作業」から「作品」へ。印刷という仕事の意識改革
約一年がかりで行われたブランディングプロジェクト。その過程で、綾田印刷の技術力を象徴するコンセプト商品として「手のり文帳 鍵括弧」が生まれた。 通常、メモ帳の糊付けは一辺に行うが、この商品はカギカッコ状に糊付けされている。これは綾田印刷の特長的な技術である「手糊付け」を活かしたもので、職人が一つひとつ手作業で糊付けを行っている。
「手糊付けの技術を活かして、おもしろいものができないか」という平山さんの提案から開発がスタート。「良いアイデアだと思って作り始めましたが、職人には『めちゃくちゃ手間がかかる!』と悲鳴を上げられました(笑)」と綾田さんは苦笑い。機械では不可能な、職人の手作業だからこそ実現できる仕様だ。

「製造業の悪いクセで、『メモ帳なんてこんなもんでええやろ』という甘えが出そうになる。でも、柳が『それではダメです』と譲らなかった」と綾田さん。「BtoBの印刷は販促物がメインなので、印刷物そのものに大きな価値はないんです。けど、手のり文帳は商品そのものに価値がある。自分たちの『作品』と思って作らなければいけないですから」と柳さん。印刷業は受注産業。誤解を恐れずに言えば、「誰かの何かを、言われた通りに作る」のが仕事だ。一方、手のり文帳は「自分の作品を、自分が納得できるように作る」もの。綾田印刷のクラフトマンシップを証明する代表作であり、ものづくりマインドを変化させる分岐点にもなった。
「BtoCの自社製品を打ち出してブランディングしないと、BtoBも成り立たない時代に来ている。クライアントワークと、メーカーの動きを同時並行させるのは難しいと思います。けれど、続けることでBtoBの信頼にも繋がる。綾田印刷さんはコツコツ積み上げてきたし、自走できる力があると感じています」と平山さんは評価。「平山さんを信じて動いてきてよかった。平山さんの提案に『あれ?』と思うようになったら卒業の時期だと思うんですが、それはまだ先かな」と綾田さんは笑いつつも、一年がかりの取り組みに大きな手ごたえを感じている。
これからやりたいことは?「1万円でも納得してもらえるようなメモ帳を作りたいですね。そして、印刷会社同士のコラボもやってみたい」と綾田さんの視線は、すでに次の展開を見ている。整理された手札と磨かれたクラフトマンシップ。二つの武器を原動力に、どんな作品が生まれ、どう成長していくのか。数年後、「大阪の下町印刷会社が世界へ!」というニュースが話題に……なんて未来に現実味を感じるのは、私だけだろうか?

綾田印刷株式会社
代表取締役社長
綾田慎一郎氏
ECディレクター
柳奈々氏
みつばデザイン
デザインディレクター
平山直美氏
公開:2026年2月19日(木)
取材・文:眞田健吾氏(STUDIO amu)
*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。
