メビック発のコラボレーション事例の紹介

お客様×接客者目線で空間をつくること
韓国料理店のリニューアル

店内
メインダイニングには85インチの巨大モニターを設置、K-POPのMVやオリックスの試合を流している。

クリエイターとの出会いは「空間演出デザインフェスタ2022」

空間設計をするうえでテーマは重要だ。求められる要素を組み合わせ、そこでしか味わえない空気をつくる。ただそれだけでは「かっこいいハコ」でしかない。そこで働く人がストレスなくサービスを提供できてこそ、訪れた人は心地良い時を過ごすことができる空間となる。竹ノ内美代子さんはそんな空間に求められる本質を問い続けるクリエイターだ。彼女がリニューアルを手がけた「韓国料理 紅紅(benibeni)南森町店」には、そんな工夫が随所に見られる。

同店を運営する有限会社スクラムは、李 賢一さんが商社勤務を経て2004年創業。スマートフォンなどに使用されるプリント基板の特殊フィルムを主力製品とし、時代の波に乗って順調に業績を伸ばしてきた。だが数年前から競合他社の参入が増え、引き際を感じていた。ちなみに韓国料理 紅紅(benibeni)は、2012年、肥後橋に1号店をオープンさせている。「飲食は知り合いに依頼してはじめました。韓国と日本の食を通じた異文化交流ができればと思って。常連のお客様もついていたのですが店舗が狭く、個室や分煙スペースもつくれなかったので、100人くらい収容できる広いハコを探していたんです」

改装前の店内。チームカラーのブルーを基調に、壁にはユニフォームが飾られるなどオリックステイスト全開。

そこで見つけたのが南森町の現在の店舗。以前は居酒屋だった空間を居抜きで改装し、開店したのは2017年。しかし少しずつ軌道に乗ってきたところで新型コロナウイルス感染症が蔓延し、大きな打撃を受ける。「まわりからは撤退も勧められましたが、他店が閉店したり人員削減していくなかで、なんとか踏みとどまって従業員を守りたいという気持ちが強くて、ここまで頑張ってきた感じです」

新しくアクションを起こそうと思い立ったのは、昨年3月。ただ、今の店舗のままでは現状打破は難しいと、ある展示会に出向く。それが大阪産業創造館とメビックによる「空間演出デザインフェスタ2022」だった。これはメビックが産創館に移転後、はじめて共同開催した展示会。デザインにはもともと興味があり、産創館のイベントにもよく顔を出していたという李さん。ここで出展していた竹ノ内さんのブースに目がとまる。

「空間演出デザインフェスタ」展示風景
空間に関する課題解決やパートナー企業とのマッチングの場として開催した「空間演出デザインフェスタ」

客もスタッフも快適に過ごせるオペレーション導線の重要性

竹ノ内さんの経歴はユニークだ。新卒の時、旅行の添乗員に憧れ、専門学校へ進むも車酔いする体質であることが発覚。そこで進路変更し、百貨店に就職。おりしも西武セゾン系が文化を牽引していた頃だ。梅田ロフトの家具売り場に配属された竹ノ内さんは、働きながら夜間学校で建築を学び、建築士の資格を取得。同時に日々の接客で「販売者の視点」を身につけていく。その後、百貨店内にあった内装工事をする部署へ。ここでは百貨店に出店するテナントの工事のほか、行政機関や船舶、ホテルの冠婚葬祭場など多彩な案件を手がける。そして設計事務所、工務店を経て独立。これまで狭小5坪から500坪以上の大型案件まで多様な内装設計を経験してきた。

当初、李さんからの依頼は「店内奥に設けた座敷席とトイレのリニューアル」。展示会で相談後、来店してアドバイスをという運びになったが、竹ノ内さんは面談前にこっそり来店し、お客さん目線で店内を見ていた。「まだ発注するかも決まっていないのに。熱心で嬉しかったですね」と李さん。その第一印象は、よくも悪くもサプライズの多い店。「私は販売員出身なので、スタッフやお客さんの自然な動線を重視しています」。その観点から見ると厨房とレジの位置関係が気になった。「もともとは入口付近にレジがあり、配膳と会計を兼ねるとそのちょっとした距離がスタッフの手間になり、ストレスにつながる可能性を感じたんです」

ひとまず座敷とトイレのリニューアル案が固まり、工事着工へ。落ち着いたテーブル席の個室へと変貌を遂げる姿を見て、李さんに変化が訪れる。「想像以上にいい感じなので、メインダイニングもお願いすることになって」。給気の問題もあった。ダクトの給排気が不調で、以前から異音がしていたという。排気と給気は表裏一体で、給気が足りないと排気できる量も減る。そのバランスを取った工事も地味だが快適な空間には必要なもの。この際、天井裏に職人が入ったが居抜き物件として5軒目にあたるため、以前の店の設備が残っていたところも。「トイレも以前は個室やカラオケルームだったので、工事に入ると剥がしても剥がしても、また壁が出てきて驚きました(笑)」

白いボディに触れることなく、汚れから守る椅子の取っ手。和箪笥に使用される金物を取替え可能な仕様に。

悩みながらたどり着いた設計は自己発見につながる場面も

店内には85インチをはじめ数台のモニターが設置され、K-POPや野球中継が流れる。“料理にエンタメ”と感動に誘う要素は揃った。あとはいかに居心地の良さを設計するか。竹ノ内さんを悩ませたのは「女性客・高級感・スポーツ」という3要素の融合だ。「女性客を観察すると、K-POPが好きな若い層と韓流ドラマファンの中高年世代がいらっしゃることに気づきました」。そこで若い世代が集うメインダイニングは白を基調に、上の世代に向けた個室は落ち着いたダーク系のモノトーンでまとめ、ともに演色性の高い照明を採用して女性の肌をきれいに見せるようにした。

問題は3つめ。スポーツをどうからめるか。同店はオリックス・バファローズの熱心なサポーターであり、ファンが集う店として有名だった。そこで入り口付近に関連グッズを並べ、シックなカウンター席を設けることで上質なスポーツバーのように仕上げた。これでメインダイニングと違和感なくつながる。

「地下の飲食店経営は難しいと思うんですがエントランスも変えていただいて、地上を歩いていても“おっ”と見てもらえる導入部になったかなと思います」(李さん)。それに対して「部分改装ですべての課題が解決すると考えるオーナーさんが多いなか、李さんは広いビジョンを持っていらして。指摘した問題で工事金額が上がることも、客観的に受け入れてくださいました」と竹ノ内さん。

入り口付近

じつは李さん、「今まで男性の設計士ばかりだったので、女性の視点で見てもらえたら」と最初は性差に着目していた。だが話が進むうち「接客者目線」を持つ竹ノ内さんのプランに惹き込まれていく。その仕事ぶりを「こだわりを持っていて妥協がない」と評する。その言葉通り、悩みだすと抜け出せないタイプと、自己分析する竹ノ内さん。

しかし時間と広さの関係上、工事とプランニングを並行する必要に迫られる。そんな時「韓国では計画を走らせながら、臨機応変に対応する。それでいいんじゃないですか」と言われ、吹っ切れた。「実際やってみると、その方法論は自分に合っていたのかも」と、意外な一面に驚いている様子。一見タイプの違うふたりが互いを認めあうことで引き起こしたケミストリー、それは訪れる人も働く人にとっても居心地の良い空間を生んだ。

集合写真
李賢一氏と竹ノ内美代子氏

有限会社スクラム / 韓国料理 紅紅(benibeni)南森町店

代表
李賢一氏

https://scrumjapan.co.jp/
https://benibeni-minami.owst.jp/

Studio Andante / 竹ノ内美代子インテリアデザイン事務所

空間デザイナー / デザインコンサルタント
竹ノ内美代子氏

http://www.studio-andante.com/

公開:2023年5月8日(月)
取材・文:町田佳子氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。