メビック発のコラボレーション事例の紹介

デザイン思考とクリエイティブで老舗企業にイノベーションを
クリエイターとの未来のビジョンづくり

打ち合わせ風景

必要なのは新しい考え方。かかりつけクリエイターという選択。

パンフレットやウェブサイト、動画などの制作時だけではなく、ビジネス全般においてデザイン経営やクリエイティブ思考が重視され始める中、メビックは「かかりつけ医」ならぬ「かかりつけクリエイター」を提唱し、オンライン展示会「“かかりつけ”クリエイターを見つけよう!!」を2022年3月に開催した。この取り組みに賛同した合同会社manoのCEO西川将史さんとCOOの淺田依里さんは展示会に出展。「“かかりつけクリエイター”というのが、クライアントに寄り添ったイメージでとてもいいなと思い参加しました」(西川さん)

一方でユニチカトレーディング株式会社の坂本真吾さんは、2030年に向けた自社の長期ビジョンのプロジェクトを始める際に、社長から「デザイン経営」の考え方を取り入れた議論を指示されたものの、クリエイティブ業界との繋がりもデザイン経営の知識もなく、途方に暮れていた。「そんなときこの展示会をメビックのメルマガを通じて知って、部下の岡田に“ちょっと見てきてよ”って」

岡田直也さんは若手だけで形成されたチームで「Aプロジェクト」を進めており、新しい考え方やこれまでやってこなかったアイデアの繋げ方が知りたいと、オンライン展示会に参加。manoのブースに入室するも、その日は具体的な話はせずに終了。「いろいろなブースを回ったのですが、だいたいプロジェクトの進捗管理など、これまでにも馴染みのあるやり方だったんです。でもmanoさんはちょっと違うなと思ったので、もう少しお話がしたいと思って、後日、坂本と大阪デザイン振興プラザ(ODP)にあるmanoさんのオフィスに伺いました」(岡田さん)

坂本さんと岡田さんは経営から、業績向上に向けて今後10年のビジョンを示すことを求められていることや、そのビジョンはデザイン経営の文脈で形にしていきたいがやり方がわからないことをmanoの二人に相談。西川さんは、単発で対応するよりも、継続的に様々な観点から関わることで力になれると判断し、「かかりつけクリエイター」を提案。イベントから2ヶ月が経った2022年5月にユニチカトレーディングとmanoは「かかりつけクリエイター契約」という名の業務委託契約を締結した。

バーチャル展示会システム「Biz Fes」キャプチャ
株式会社ミスピー開発のバーチャル展示会システム「Biz Fes」を利用して開催された展示会には多くの企業が参加した。

ミッション・ビジョン・バリューやロゴでアイデンティティを明確に

「現場で出てくる課題は一社一社異なるので、型どおりの手法では解決できません。ユニチカトレーディングに合ったやり方を見つけるためにも、伴走型支援にしたんです」と西川さん。そうは言っても、ユニチカトレーディングとしてはまったくの新しい試み。契約する上で問題はなかったのだろうか。「本当に大変でした(笑)。個人的にはとてもいい試みだと思いましたが、直属の上司から本件は経営が承認する事項であるべき、つまり、社長の決裁を得なさいと言われまして。すぐに結果が出るものでもないですから当然ですよね。でも社長に説明したら、ぜひやってみろって後押ししてもらえたのでなんとか進めることができました」と坂本さんは振り返る。

まずデザイン経営について西川さんがユニチカトレーディングの社員協力体制に合わせたやり方をデモンストレーションしていった。次に坂本さんが指揮をとる2030年に向けた長期ビジョンのプロジェクトに着手。ユニチカグループの資産、技術、販路、人材などを整理し、デザイン経営という文脈の中で最も重要なミッション・ビジョン・バリュー・コンセプト(MVVC)の再定義を行っていった。同時に岡田さんたちが取り組んでいた「Aプロジェクト」も、防災をテーマに進めることになりMVVCを設定。言語化することで、自分たちの事業の社会的意義やめざすものの解像度が高まったと岡田さんは話す。西川さんはホワイトボードでファシリテーショングラフィックを行うこともあれば、町工場の見学やものづくり体験など、坂本さんと岡田さんをさまざまな異業種交流の現場に連れ出すこともあった。コワーキングスペース「The DECK」では、「自分たちの想いをモノに投影する」という経験をするため、森澤友和社長の指導を受けながら、岡田さんたちは3時間かけて2枚のMVVクロスを仕上げた。「時間はかかりましたが、できあがったときはすごく嬉しかったです。本町のオフィスにいては出会えない人と会い、様々な経験をさせていただいて本当に刺激を受けています」(岡田さん)「自身の手で刻むことで、ものづくりの側面が見える。手作業を大事にされているプロのクリエイターさんの凄さもわかっていただきたくて提案しました」(西川さん)

ミッション・ビジョン・バリュー・コンセプトと印刷作業風景
自分たちで定義したMVVをユニチカ製品に手作業で印刷。オフィスワークだけでなく、手作業の体験を通じて価値を再発見。

クリエイティブと共に歩むことで次の100年も社会に価値を

「Aプロジェクト」は、新規事業のブランド名として「MoriBito」という名前が付けられた。メンバーの意識が大きく変わるきっかけになったのは、旗印となるロゴの制作だ。西川さんは、メビック・ODPで知り合ったアートディレクターの北直旺哉さんにロゴのデザインを依頼。MoriBitoには北さんのクリエイティブとビジネスの良好な関係を築いてきた経験と、紙や印刷物、展示や空間デザインなどの包括的なデザインや、他分野とのコラボレーション、コミュニティの形成などに長けているアートディレクションが必要だと考えたからだ。

北さんによるロゴ案
ロゴ案。「糸」を「意図」「it」と再解釈したA案とUNITIKAの「U」と「A」をデザインに転換したB案。

「台東区(東京都)のプロジェクトにも関わっているので、そういうことから僕に話が来たのかなと。話を聞いて“これは俺の出番だぞ”って思いましたね」(北さん)。岡田さんのオリエンの内容を元に北さんは、数日後にA案とB案を提出。どちらの案も好評だったためユニチカ社内では意見が分かれ、時間を要したが最終的にB案に決定。「自分たちのアイデアが形になるのは初めての経験。メンバーの熱量が一気にあがりました」と岡田さん。それまでなかなか自分ごととして向き合えていなかったメンバーたちも自主的に動くようになった。たとえば、岡田さんがメビックに手土産として持参した小さなサイズのサンプルタオルを別の用途に活かすために、西川さんがMoriBitoの「まもる」というコンセプトにちなんで熱から肌を守る「サウナハット」をクリエイターと制作すると、MoriBitoのメンバーがすぐに中国の協力会社に依頼し、量産試作した。「これまでなら、それって売れんの?というところからはじまっていたのに、考え方が本当に変わったと思います」(岡田さん)。数字やビジネス規模からは発想しないデザイン経営の理解が浸透したからこその変化だろう。

双方の出会いから約1年を振り返り、岡田さんは「本を読むだけでは絶対に辿り着けないことを学べました」と話す。前身となる紡績会社から100年以上の歴史を持つユニチカは次の100年をクリエイティブとともに歩んでいくことで、価値を生み出し続ける企業をめざす。今回のケースでは「かかりつけ」というコンセプトが、そんな長期的なコラボレーションを叶える企業とクリエイターの理想的なタッグを実現したと言えるだろう。

ユニチカの素材を使ったサウナハット
ユニチカの素材を使ったサウナハットの制作でも新たなコラボレーションが生まれた。

ユニチカトレーディング株式会社

事業企画室 室長
坂本真吾氏

事業企画室 事業企画グループ
岡田直也氏

https://www.unitrade.co.jp/

合同会社mano

CEO / 事業プロデューサー
西川将史氏

COO / 事業プロデューサー
淺田依里氏

https://mano.llc/

キネトグラフ社

アートディレクター / グラフィックデザイナー
北直旺哉氏

https://tukulist.com/

公開:2023年4月17日(月)
取材・文:和谷尚美氏(N.Plus

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。