メビック発のコラボレーション事例の紹介
伝統武道を支えた100年の技を世界で闘えるブランドに
老舗柔道衣メーカーのオリジナルブランド立ち上げ
強靱でしなやかな刺子、秘めた可能性に挑む
1964年の東京オリンピックで初めて正式種目として採用され、今や世界200ヶ国以上に競技者がいるほど世界的なスポーツとして愛されている柔道。その歩みにつねに寄り添いながら、上質な柔道着をつくり続けているのが大阪府柏原市にある株式会社九櫻だ。1918(大正7)年の創業より織機で織物を織り、生地から製品までの一貫生産を手がける世界唯一のメーカーとして、世界中の武道家たちから厚い信頼を得ている。
そんな歴史と伝統を有する九櫻に、新たな部署が誕生した。桂恵美さんがプロジェクトリーダーを務める繊維事業部だ。「柔道着に使われる刺子という生地は、強靱なぶんゴワゴワしたイメージ。でも当社の生地は肌触りがよく、しなやかさと風合いがあります。この魅力を多くの人に知っていただき、武道を越え新たな事業領域を拓くのが当事業部の使命です」と桂さん。刺子生地を使ったテストアイテムを作製するものの、従来のフィールドを突破していくためのビジネスノウハウがなく立ち往生。そこで、知人を通じてメビックに相談した結果、問題解決のために力を貸してくれるクリエイターを募って工場見学と意見交換を行う「クリエイティブクラスターミーティング」を企画することになった。
「まずは刺子生地を見てもらおう」と開催した工場見学には、デザイナーや映像クリエイターたち10名が参加。その一人が、ブルーファーム株式会社のブランディングプロデューサー・裏家健次さんだ。ブランディングやデザイン業務に携わりながら、自身の「日本いいもの屋」というサイトを通して日本のモノづくりを世の中に伝える取り組みも行っている裏家さん。「九櫻さんのモノづくりは、まさに自分のやりたかったことにピッタリ。参加者募集の案内を見て迷わず応募しました」と当時を振り返る。プロジェクトをどう進めていくか迷っていた桂さんにとっても、いくつもの商品を世に送り出してきた実績とノウハウを持つ裏家さんは心強いパートーナーになると直感。この新たな出会いが停滞していたプロジェクトに風穴を開け、互いの思いが重なり合って九櫻の新たなプロジェクトは大きく動き出した。
重要なのはスピード感 一つの成果が道を拓く
プロジェクトメンバーは、九櫻代表取締役社長の三浦正彦さん、「JAPANブランド」申請サポートを行う外部ブレーンの大窪敏晴さん、そして、桂さんと裏家さんの4名。2月にマネジメント契約を結び、具体的な取り組みがスタートした。「刺子生地をより広い層に広めたい」という九櫻側の想いに対し、裏家さんは、生地が持つ背景や圧倒的な強みをしっかりと伝えていくブランディングを提案。世界で闘えるブランドとして、日の丸を思わせる赤い円のなかに刺子の織り模様を表現したマークを、「九櫻刺子 / kusakura-sashiko」と命名。2020年夏に開催予定だった東京オリンピックでの商品販売や世界最大級の国際消費財見本市・アンビエンテへの出展など、世界に広く発信していくためのプランを打ち立てた。
しかし、順調な滑り出しを見せていたプロジェクトの前に、新型コロナウイルスが大きく立ちはだかる。オリンピックは延期になり展示会などの各種イベントが中止。店頭での対面販売も厳しい状況に。急遽、方向転換を余儀なくされた桂さんと裏家さんが、次の一手として打ったのが、クラウドファンディングサイトMakuake(マクアケ)での商品販売だった。「まず、九櫻刺子の良さを多くの人に体感して欲しかったので、直接肌に触れるTシャツを企画。認知され結果が出るまでに時間がかかる一般的なECサイトに比べ、100万人以上の会員数を持つMakuakeならスピーディかつダイレクトに売上げ結果が見えます。テストマーケティングという意味でも、非常に有効だと考えました」と裏家さん。商品づくりにおいては、強靱でしなやかな刺子の特徴をそのままに、細やかな縫製に対応できるより軽やかな一重織りの生地を開発。美しい漆黒の染め技術を誇る「京都紋付」の協力を取り付け、初のコラボアイテムを完成させた。リリース直後から九櫻Tシャツは往年の武道家ユーザーたちを中心に大好評。目標額を大きく突破し、社内外に九櫻刺子の可能性を知らしめたのだ。
九櫻ブランドの底力で狙うは世界のマーケット
その後も、日本一のスリッパ産地・山形県河北町の製造元「阿部産業株式会社」とのコラボによるスリッパとバブーシュ、世界レベルの縫製技術を誇る「株式会社イワサキ」とのコラボによるMA-1ブルゾンなど次々とアイテムをリリースし、いずれも当初の売上目標を上回る成果を叩き出した。そして、2021年1月には、袖や裾や裏地まで、すべてを九櫻刺子でつくりあげるオール九櫻刺子パーカーに挑戦。Makuakeにリリースしたとたんに大反響を呼び、限定数はわずか2日間で完売。増産に増産を重ね400万円以上を売り上げた。「しかも、嬉しいことに初めてアクセスランキング1位を獲得したんですよ」と笑顔を見せる桂さん。裏家さんもまた「100年築かれてきた九櫻ブランドのチカラを痛感させられました」と話す。
マネジメント契約から1年が経過し、当初の目標値を達成した九櫻刺子プロジェクト。大きな成果と確かな自信が、さらに未来へと突き動かす。 「柿染マスクや、パーカーとコーディネートできるパンツなど、新たなアイテムもすでに準備。その他、アウトドアやインテリアなど、さまざまなフィールドでアイデアが広がっていますね」と桂さん。「生地というモノはどんな風にもカタチを変えるので、何にでもなれてしまうというのがまた面白いところ」と、裏家さんも意欲を見せる。九櫻に限らず、長い歴史を有する老舗企業が、まったく新しいことに挑戦するのは容易ではない。だからこそ、確かな実績を、スピーディに着実に積み上げていくことを、最大のテーマとした1年間。それが周囲の意識をも変え、成功へと結びついていったのだ。「でも、まだまだ序章にすぎません。本当の闘いはこれから」という桂さんと裏家さんの視線は、昨年果たせなかった世界展開へと向っている。「コロナ禍で制約はあると思いますが、いろんな知恵とアイデア、そしてスピード感を持って挑んでいきたいですね」と語るメンバーたち。九櫻刺子の物語は、まだまだ始まったばかりなのだ。
おおくぼ社会保険労務士事務所
特定社会労務士
大窪敏晴氏
公開:2021年5月24日(月)
取材・文:山下満子氏
*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。