メビック発のコラボレーション事例の紹介

予定調和ではたどり着けない「もっと遠く」をめざす旅
ジュエリーケース「mofu mofu」

製品写真

クリエイターに背中を押されて始まった挑戦

シルキーな艶を放つアルミと、ベルベットのような起毛。異なるテクスチャーをまとった蓋付きのシャーレのような「mofu mofu」は、お気に入りのジュエリーを収納するだけでなく、ディスプレイして楽しめる「ステージのような」ケース。2021年2月に試作モデルがWebサイトを通じて世に発表されたばかりの、現在進行形プロジェクトだ。企業とクリエイター、職人がチームを組み、予定調和を超えた思考トレーニングを重ねてきたこの取り組み、舞台は堺にある三栄ケース株式会社。木箱や貼箱などさまざまなケースを手がける中でも、ジュエリーケースでおなじみの「植毛加工」においては全国No.1シェアを誇る。

植毛加工を施されたケース
三栄ケース創業のルーツである「植毛加工」は、安価な海外製品に比べて質感のよさがポイント。

ことの起こりは、2代目社長の浜名雅広さんが、社内で「SCP(三栄ケースクリエイティブプロジェクト)」を始めた2017年にさかのぼる。「僕から見ていいなって思う企業は、必ずクリエイターと交流や協業をしていて、どうやらそこに可能性がありそうだ、と」。そう考えていた浜名さんの前に現れたのが、製造業仲間から熱い推薦コメントとともに紹介されたアートディレクターの浪本浩一さん。「ただ会社に来てお喋りするだけでもいい。とにかく定期的にうちに関わってほしい」。そんな相談から始まったSCPの社内勉強会が3年目に突入したある日、浪本さんからある提案が飛び出す。「座学はこれぐらいにして、実践に移りましょう」と。

浪本さんの言う「実践」とは、自社製品を開発し、展示会に出して世に問うてみること。それまで受注産業に徹してきた三栄ケースにとって初めてのトライがはじまった。

筋書のないところから物語をともにつくる

2020年3月、浪本さんから「生野区に工場見学に行きましょう」と連絡が入る。訪問先は、「へら絞り」という技術でアルミなど金属の成形をほどこす吉持製作所と、アルミの電解研磨と着色を得意とする有限会社電研。どちらも浪本さんが信頼を置くチャレンジ精神旺盛な職人たちだ。そして浜名さんと浪本さんに、新たに2名の同行者も加わった。一人はコピーライター田中有史さん。浪本さんと田中さんは、メビックの「田中有史のクリエイティブディレクション講座」をきっかけに交流を深め、今では仕事をともにする関係。もう一人はプロダクトデザイナー中井詩乃さん。浪本さんと中井さんは、メビックが主催したイタリア研修ツアーの参加者OBとして、今も同じ勉強会に集う仲だ。

アルミ製の芯地
へら絞りで成形したアルミをケースの芯地に。試作・改良のコストが低く、小ロット展開しやすい点が魅力。

こうして白羽の矢を立てられたメンバーが「はじめまして」と出会う。この時、浪本さんの頭に具体的な製品イメージやコラボのシナリオがあったわけではない。むしろ重要だと考えたのは「走りながら考える」行為そのものであり、その手探りの道のりをともに進む上で「この人たちなら」と思えたのが、この顔ぶれだった。

工場見学からそのまま飲み会へと流れ、キックオフを果たしたプロジェクトチーム。その後すぐに新型コロナウイルス感染症拡大に伴う緊急事態宣言が発令され、リモートでのやりとりを余儀なくされる中で、最初に取り組んだのは生活者の行動観察だった。「メンバーのご家族や知り合いから、暮らしの中で“小物を置く”シーンの写真を集めていただき、人の習性をリサーチしたんです」と話すのは中井さん。色や形のデザインに入る前に、「その製品が生活者とどんな関係を結ぶべきか」を考えることに時間を割き、発想を広げるワークショップも重ねた。普通の受注案件なら、クリエイターサイドで行うこのプロセスはクライアントには見えないもの。でもそうせずにすべてを共有したのは、めざすものが「製品のその先」にあったからだ。

ミーティング時のメモ
さまざまな形を通して、「モノ」「人」「入れもの」の関係性がどんな心理的効果をもたらすかについて議論。

みんなのモヤモヤをあらわにした「波紋」

田中さんもまた、ネーミングやキャッチコピー案をつくる前に、「製品のその先」にあるものを言葉で明確にしようとした。田中さんが作成した提案書には「脱・付属品プロジェクト」「クリエイティブな中小企業になろう」「Small but creative」などの言葉が書き連ねられている。それらは製品開発を通してたどり着くべき「企業の新しいビジョン」だ。

これらの言葉に勇気づけられる一方で、浜名さんは先の見えない状況に悩んでもいた。コロナ禍で売上が半減する中で、このプロジェクトを続けていていいのだろうかという迷い。抽象度の高い作業が続く中で、クリエイターとの共通言語をうまく持てないもどかしさ。そんなある日、浜名さんは、SNSでこのプロジェクトへの不満をつぶやく田中さんの投稿を目にする。いわく「いい人ばかりで異論を言う人がいないから、つまらない」と。今ではメンバーが冗談めかして「有史砲」と呼ぶ波紋だ。

「誰も違和感を口にせずに、“ええんちゃいます?”で進んでしまう。リモート会議だと余計そうなりがちですが、ちゃんとNOを言おうよ、と」。そんな田中さんのメッセージを受けて、浜名さんも「遠慮はやめよう、会いに行ってサシで話そう」と行動を起こした。浜名さんにも、メンバーと十分に膝突き合わせて話せていない、というモヤモヤは溜まっていたのだ。

田中さんが考えたネーミングやコピー
田中さんが紡いだコピー案をボード一面に貼り付けて、メンバーでディスカッション。

心の距離を取り去って鼓動しだした「つながり」

このことがあって以来、メンバー同士の距離感はぐっと縮まった。中井さんは改めて三栄ケースや職人チームの現場にせっせと足を運び、彼らの懐に飛び込んだ。「中井さんに何度も来てもらううちに、こっちも本気になったね」とへら絞り職人の吉持剛志さんが言えば、電研の桐島誠さんも「こうやってものができていく景色を一緒に見せてもらえるのは貴重でした」とうなずく。デザインチームからの細かな手直し依頼に、「これも勉強や」と笑って応えてくれる吉持さんに、必ず納期前倒しで仕上げてくれる桐島さん。浜名さんもまた、製造側とデザイン側のすれ違いを埋める役目を買って出た。一連の流れを改めて振り返り、浪本さんは言う。「こういう紆余曲折も、体験してこそ意味がある。僕が敷いたレールに乗っかってもらっていたら、こうはいかなかった」

こうやって試作モデルまでたどり着いた「mofu mofu」は、これから改良を重ねて製品化へと進んでいくプロセスも随時公開していく予定だ。「もっと遠く」をめざすこのチームの行方に、注目したい。

集合写真
左より 桐島誠氏、吉持剛志氏、浜名雅広氏、中井詩乃氏、田中有史氏、浪本浩一氏

mofu mofu|ステージみたいなアクセサリーケース

三栄ケース株式会社

代表
浜名雅広氏

https://san-ei-case.com/

吉持製作所

代表
吉持剛志氏

https://yosimoti.com/

有限会社電研

専務取締役
桐島誠氏

https://denken-alumite.jp/

株式会社ランデザイン

アートディレクター / グラフィックデザイナー
浪本浩一氏

https://www.langdesign.jp/

田中有史オフィス

コピーライター / クリエイティブディレクター
田中有史氏

https://sites.google.com/site/hawaiianytanaka/

chicai

プロダクトデザイナー / クリエイティブディレクター
中井詩乃氏

http://chicai.jp/

公開:2021年5月10日(月)
取材・文:松本幸氏(クイール

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。