漫画のように面白いことを発信したい
筑濱健一氏・筑濱和子氏:筑濱プロダクション

大阪・天満のインキュベーションラボのブースの一室。筑濱プロダクションにおじゃますると、ひときわ大きな「顔出し看板」が出迎えてくれる。筑濱健一さんと奥様の筑濱和子さんは漫画家「筑濱カズコ」というユニット名で活動し全国出版される単行本の漫画制作に力を注ぐ一方、販促物のデザインやイベント企画などを数多く手掛ける。まるで漫画の主人公のようにユニークな健一さんと、ご主人を支える和子さんのこれまでの歩みと今後について話を伺った。

取材風景
街角漫画をバックにお2人の写真

厳しい予算の中、アイデア勝負で注目を集める

筑濱健一氏
猪八戒役で出演したショーにて。猪八戒役を素でやれる人がいないと指名されたとか。

ときは高度成長期真っ只中の1963年。鉄腕アトムがテレビ放映された、この年に筑濱健一さんは生まれた。幼いころから、さまざまなアニメや少年漫画、テレビ番組を見て育ち、健一少年の感性は自然と磨かれていったのだろう。折しも7歳のとき、大阪万国博覧会で当時の一流クリエイターがつくった斬新な未来のデザインや個性豊かなパビリオンを見て衝撃を受ける。それが表現者をめざすきっかけになったという。小中学校時代は休み時間に漫画を描いては友だちに見せる典型的な漫画少年。高校生のときに少年漫画雑誌の漫画賞に初めて応募して最終選考まで残ったとき、「漫画家になれるかも」と夢を馳せた。しかし、大学では演劇に没頭し漫画を描かなくなったという。
大学卒業後に入社した映画の宣伝会社では宣伝・広報の仕事に携わったが、数年で求人雑誌の制作部に転職して求人広告のデザインをつくっていた。その後、イベント会社の立ち上げに参画し、遊園地のイベント企画に携わる。「当時は、とにかく漫画のように面白いことにこだわっていました。厳しい予算の中、アイデア勝負で注目を集めることを考えていましたね」と振り返る健一さん。たとえば、ジャングル巡航船のライドに半魚人が乗り込んでくる企画を考えたり、遊園地で子供向けのテレビ番組を収録し自ら着ぐるみを着て出演したこともあったとか。ある屋内型大型プールのプールサイドでミュージカル『カバキング』を企画したときには、「カバを素でやれる人がいないので筑濱さんがカバキングやってね!」と言われ、半年間のロングラン公演を続けていたと笑う。


ジャングル巡航船ライドで半漁人などが乗り込む模様

日本漫画の原点「バンド・デシネ」の作風にこだわる

一方、奥様の筑濱和子さんは赤ちゃんのころから、何かを描いていれば機嫌のよい子だったらしい。物心ついたころに手塚治虫が制作したアニメ「千夜一夜物語」を見て強い刺激を受け、東映動画制作の白蛇伝やシンドバッドの冒険など、東洋と西洋が融合した独特の漫画映画に魅了されていったという。そして25歳のときに初めて本格的に描いた「マダム&スイマー」が「月刊漫画ガロ」に入選。その後、上京してイラストレーターとして活躍。取扱説明書のイラストも数多く描いた。そのときの影響か、和子さんの漫画に登場するメカニックなモノは、しっかりとパースがとれ、しかも描写が細かいと評価を受けるそうだ。
そんな和子さんは健一さんと結婚してからしばらくは専業主婦だったが、折角の才能を眠らせておくのはもったいないとご主人にアドバイスされ、文化庁主催の文化庁メディア芸術祭の漫画部門に応募し、見事、奨励賞を受賞した。それがきっかけとなり2012年にオリジナル漫画「SIRITORI」を出版。以降、漫画は「筑濱カズコ」というユニット名で、ご主人が企画・構成、奥様が作画を担当している。
「私の描く作風は『バンド・デシネ』と呼ばれるフランスやベルギーの伝統的な漫画のスタイルに近いと思います。バンド・デシネは台詞などの文字より絵が重視され、全頁オールカラーで構成されています。タンタンの冒険やメビウスが描いた漫画などは、バンド・デシネの代表的な作品で、日本でも多くの漫画家が影響を受けています」。

作品
エンターブレインから刊行されている漫画単行本SHIRITORIをはじめ、筑濱さんが制作した販促物の数々

漫画を2次元から3次元の世界に引っ張り出したい

健一さんは前職のイベント会社の仕事をそのまま引き継ぎ、奥様とともに2012年に独立。イベント企画では天神橋筋商店連合会主催の星愛七夕まつりなどに携わり、会場の設営から綿菓子マシンの手配まで一切を運営している。
一方、健一さんがデザインするフライヤーやパンフレットは、ユニークなキャラクター漫画と吹き出しが特徴だ。「一般的なデザインでは人間の感情はあまり重視されませんが、漫画にすれば感情を直感的に伝えることができます。人間も感情で動く動物なので、漫画を使えば訴求力のあるツールになると思います」と、漫画の効果を力説する。
また、最近、健一さんは新しい漫画のジャンルとして「街角漫画」に力を入れている。これは観光地によくある顔出し看板を親しみやすい漫画風のタッチで描き、街角で楽しんでもらおうというもの。これまで2次元の世界だった漫画を3次元の世界に引っ張り出し、みんなで一緒に楽しめるコミュニケーションツールに育てたいという。「大阪産業創造館のマッチングイベントで街角看板から顔を出しながらプレゼンしたら大受けで、いろんな企業さんから声をかけていただきました。漫画はまさにコミュニケーションを円滑にするツールなんですね。スマホを見ながら下を向いて歩く人を増やすよりも、街角漫画を楽しむ人を増やし街を明るく元気にしたいです」。


大阪産業創造館でのプレゼンの模様

めざすはナニワのディズニー

一般的にはあまり知られていないが、実は大阪はこれまで多くの有名な漫画家を輩出している。漫画の変革は大阪から始まったといっても過言ではないという。「僕も大阪で漫画に携わる者の一人として、新しいジャンルの漫画文化を発信していきたい」と意気込む健一さん。今後の方向性は?という問いに、「漫画を切り口としたデザインやイベントをコツコツとこなしながら、漫画本の新作にも力を入れたい。そして最終的にはアニメーションを手掛け、めざすは『ナニワのディズニー』です」と答えてくれた。「ナニワのディズニーならテーマパークもつくりたいですね。中之島公園に生きているキリンや象を放牧し船で巡るというアイデアを、ある人と話して盛り上がったこともあります。生きている動物がNGならタコやイカの巨大なロボットでもいいので、面白いことをやってみたいです」。
筑濱さんが描くストーリーは、まだ始まったばかり。これからも漫画のように面白いことを考え発信し続けていくのだろう。

取材風景
街角漫画を背に取材を受けるお二人

公開日:2013年07月01日(月)
取材・文:一心事務所 大橋一心氏
取材班:東善仁氏