モノを消費するためのデザインよりも、モノを長く使うためのデザインが好き。
クリエイティブサロン Vol.96 笹岡周平氏

毎回、さまざまなジャンルのクリエイターをゲストスピーカーにお迎えし、その人となりや活動内容をお聞きし、ゲストと参加者、また参加者同士のコミュニケーションを深める「クリエイティブサロン」。今夜のゲストは、インテリアデザイナーの笹岡周平氏。同氏が代表を務める株式会社ワサビは、今年設立10年目という節目の年を迎えた。「この10年を自身で包括するつもりで臨みました」と笹岡氏が語る通り、これまでのユニークな施工例の解説とともに、デザインについての思いやビジネスに対する考えが披露された。

笹岡周平氏

師匠から空気感を学んだ5年間。

笹岡氏は空間デザイナーの間宮吉彦氏が経営する株式会社インフィクスにインターンとして大学4年の時に半年間、その後5年間社員として勤めた。まだ、デザイナーズマンションという言葉ができる少し前の頃の話だ。間宮氏は、当時すでに売れっ子の空間設計者の一人だった。

「あの頃は“あの”デザイナーが手掛けたから“その”店に行くというモチベーションがお客さんにありましたし、依頼主の方も間宮さんに頼めばお客さんが来る店ができる、という感じでしたね」と当時を振り返る。

「間宮さんは一枚のスケッチでその店の空気感を伝えることができる人。その間宮さんが描いたスケッチをスタッフが読み取って、それを基に図面を起こしていっていました」
そんな話とともに参加者に回覧用に回された1冊の雑誌。2001年に京阪神エルマガジン社が発行した『Meets Regional別冊 間宮吉彦 設計の店』だ。一冊まるまる間宮氏を特集したもので、その中の会社スタッフ紹介の箇所には、パーマをあてた若かりし頃の笹岡氏の姿があった。

「仕事に関してスタッフにどんどん任せてくださる方だったので、たくさんの仕事を任せていただき、多岐にわたることを広く教えてもらった感じです。空気感の作り方やこだわるところとそうでないところなどを学ばせてもらいましたね」

もうひとつの博物館、というコンセプト。

この日は3つの施工例が紹介された。1つ目は神戸フルーツフラワーパーク内の施設を結婚式場にリノベーションした案件。独立後3年目ぐらいの仕事だ。この施設はオランダの国立博物館を模した意匠になっていて、その博物館の前には池があった。そこで、笹岡氏はその水面に映った姿が神戸に現れたというストーリーを組み立てた。

コンセプトはANOTHER MUSEUM(もうひとつの博物館)。白が基調のインテリアに表現された揺らめきやズレがユニークだ。引き出しが飛び出ていたり、壁面が断層のようにズレていたり、スタンド照明が逆さに付いていたり。そんな遊び心のある意匠に展開されたコンセプトは、営業担当者から下見に訪れた人へ語られることによって、式場の成約率アップの一助にもなっているそうだ。

「コンセプトを表現する際に、ふんわりとした打ち出しをするとイメージがブレると考えているので、できるだけ絞り込んでいます。もちろん、絞り込み過ぎてエンターテインメントに寄り過ぎるとテーマパークのようになってしまいますが。色や形に転化できるよう、デザインの理由付けの意味からも、そのようにしています」

間宮氏を特集した雑誌に続いて、今度はこの案件のプレゼンテーション時に使用されたコンセプトブックが参加者に回された。和綴製本された手作りの一冊は、思い出の詰まった笹岡氏お気に入りの保存版だ。

ANOTHER MUSEUMコンセプトブック

銅にフォーカスし、孔雀も羽ばたかせる。

2つ目の案件は、京都・東山のアカガネ・リゾート。銅製造会社で財を成した創業者の邸宅を結婚式場にリノベーションするもので、敷地面積約650坪の大型案件。笹岡氏は、このときは銅にフォーカスした表現で臨んだ。酸化銅の鉱石である孔雀石にちなんで壁面を彩る西陣織のデザインに孔雀を取り入れたり、銅板でつくったカウンターを配置したり、左官屋さんに塗ってもらう壁の色を青銅色にしたり。蔵を改装してつくられた吹き抜けのあるカフェをはじめ、貴賓室や中庭の離れなどの写真もビフォー・アフターとしてプロジェクターで映し出された。

「時間の経過を見ることができる施設にしたいと思ったんです。赤銅色と銅の緑青はちょうど補色の関係になっているので映えるんですよ」
モノを消費するためのデザインよりも、モノを長く使うためのデザインが好きという笹岡氏の思いが表現された仕事だ。

アカガネ・リゾート内装
「AKAGANE RESORT KYOTO HIGASHIYAMA」©Nacasa & Partners

人件費の軽減や客数アップも考えて。

3つ目は、城崎温泉の旅館の改修案件。木造3階建の本館の客室5部屋が老朽化したのでおしゃれにして欲しい、との依頼を受けて現地入りしたのだったが……。
「さまざまなテイストの部屋が混在しており、旅館の『売り』がお客様に伝わりにくい状態だと感じたので、いろいろと模索して当初は予定していないプランも提案しました。はじめはオフシーズンに3ヶ月で改装を完了させる予定だったのですが、プランが大きく変わったので工事を1年延ばしていただいたんです」

細い路地を挟んで建つRC造4階建の別館と本館は地下通路でつながっていたが、従業員はこの地下道を通って本館の厨房から別館の客室まで食膳を運ばなければならかったので、部屋食を止めてダイニングを設けることを提案。これには繁忙期に雇っていたスタッフの人件費を軽減する狙いもあった。

別館の方は一部屋を半分に区切って、寝ることだけに特化した「素泊まり専門の宿」に変えることを提案。「駅が玄関、道路が廊下、旅館は寝室、外湯が風呂」という城崎の街のコンセプトを生かし、限られた滞在時間を宿の外での体験に費やしてもらい、街のファンを増やすことを目的とした。

「客単価の低下は、室数を増やし、客数を増やすことで対応しました。外国人にも利用されてかなり流行っているようですね。雑誌に取り上げられたりもしています」

温泉旅館のダイニング
「城崎温泉 錦水旅館」©Takumi Ota

コピーライターの日記を読んで気づく。

建築とコンセプトメイクは別のような気がするが、コンセプトメイクだけ特に何か勉強をしたのか、という参加者からの問いに対してはこう答えた。
「そうですね、コンセプトメイクは自分なりに勉強しましたね。私はコピーライターの糸井重里さんが好きで、糸井さんの日記をよく読んでいたんですが、そこで気づいたんです。ものごとを上手く伝えることが出来れば、話ってこんなに筋が通るんだということに。だから、一時期は広告系の雑誌『宣伝会議』とグラフィックの雑誌、インテリア系の雑誌を読み漁っていました」

社名のワサビは、日本古来の美意識とされる「侘び」「寂び」という言葉の語尾の「び」を共通項として一字とし、語感と単語の意味にあやかったもの。
「後付けなんですが、クライアントをネタとし、工務店をシャリと考えたとき、その二者だけでもいいけれど、その間にワサビがあった方がよりうまい、という風になればという意味もあります(笑)」
あっという間に過ぎた90分のトーク。その随所に、山葵のように心地よく刺激的な話が盛り込まれていた。

会場風景

イベント概要

ほしいものはなんですか?
クリエイティブサロン Vol.96 笹岡周平氏

「ほしいものが、ほしいわ。」これは糸井重里氏による西武のコピーで、インテリアデザイナーという自身の仕事に対して考えさせられた言葉です。人は自身が本当に必要としてそれを手に入れようとしているのか、はたまた「人々が欲しがっている」という情報を手に入れたいのか、と。この機会にお話ししたいのは、「欲しいもの」を売る空間をつくるためのこれまでの実践や葛藤について、また今現在自分が「欲しい」ものが、デザインをする人やコトの周辺へと変化していることについてです。

開催日:2016年5月26日(木)

笹岡周平氏(ささおか しゅうへい)

株式会社ワサビ

1978年高知生まれ。大阪工業大学工学部建築学科卒業。2001年株式会社インフィクス入社。間宮吉彦氏のもとで飲食店やブティック、各種専門店、住宅などの設計・監理を担当。2006年6月同社を退職。2007年5月株式会社ワサビ設立。現在に至る。2010年-2014年 神戸芸術工科大学非常勤講師。

https://wasab.jp/

笹岡周平氏

公開:
取材・文:中島公次氏(有限会社中島事務所

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。