理想を後回しにせずに建築デザインに取り組む「試み」
クリエイティブサロン Vol.77 南啓史氏

南啓史氏

77回目を迎えたクリエイティブサロンに登壇したのは、株式会社ライフサイズの南啓史氏。流行がすさまじく変わりゆく時代に生き、そのニーズに応えつつも自分の理想を後回しにせず仕事に取り組むには何が必要なのか? 一級建築士としての経験と、心に響いた言葉から読み解く40歳目前の自分。「あしたのために」という言葉は、大好きな漫画『あしたのジョー』で丹下段平が矢吹丈に送ったハガキの書き出し。「何かに挑む将来のために」という意味を込めた。そんな南氏の軌跡と、「あしたのために」挑み続ける等身大の今を語った。

ありのままの日常に寄り添う建築を

南氏は幼少時代から「思い込みが激しい性格で、興味があることに一直線だった」と話す。建築家という職業に出会うのは高校生の頃。当時は何に対してもやる気が起きない状態だった。しかし星里もちる氏の漫画『りびんぐゲーム』を読んでスイッチが入るやいなや、建築家を志して一直線。一年の浪人生活を経て大阪工業大学工学部建築学科に入学し、さまざまな建築物を見て回った。「建築家のジョージ・ナカシマやピーター・ズントーに影響を受けたのがこの頃。奇抜なものではなく、以前からまるでそこに建っていたような、日常に溶け込んだ建築を提案したい、と思うようになりました」
大学4回生になると、建築と哲学の繋がりを深く考えるように。卒業設計のテーマ設定について「当時は戦争や事件など“負”の事象を建築によって“正”にして解決する、という考え方が流行っていました。でも僕は、『日常にありのままに寄り添う建築は可能なのか?』を考えたくて」。卒業設計で提案したのは、人間の終の棲家としてのホスピスのプラン。「いつか必ず訪れる死を美化しすぎない、ただ生と死を受け止める建築」。このプランのタイトルは「Life-size」。等身大の、ありのままの日常に寄り添う建築。これは後に南氏が友人と運営する社名にもつながる、思い入れの強い言葉になった。

ホスピスのプラン「Life-size」

自分が描く“ど真ん中”を行っているか?

2002年に大学院を修了後、建築家への道を進むべく組織設計事務所に所属し、公共建築の設計とプロポーザルなどで経験を積んだ。その頃、アシスタントで手伝ったのが2001年に痛ましい事件が起きた某小学校の建て替え工事。建物を見るだけで嗚咽する人がいる現実。子どもの命を守りメンタルケアのため、建物のレイアウトを変更。死角をなくしてセキュリティを高めるデザインの提案だった。このプロジェクトを目の当たりにし、“建築の力”を改めて実感した。
株式会社ライフサイズに参画したのは2007年のこと。現在も住宅設計からオフィスデザインまで幅広く手がけ、経営は順調。しかし南氏はつねに問い続けた。「理想とは何だろう。時代のニーズに応えるだけでは危険な気がする」。頭によぎったのは、南氏が尊敬するプロレスラーのひとり、長州力の「ど真ん中」を行っているか? という言葉。「多様化する時代に、自分は建築家として『どうだ!』と自信を持ってど真ん中を行けているのか。たとえばヘアサロンでスタイリストが『おかませで』と言われてカットするときのように、『らしさ』を保ちつつ満足を提供できているのか」。そんな己を鍛えるために始めたのが5つの「あしたのための小さな試み」だった。

5つの試みから出会えた人々と経験

ひとつ目は、「デザインの素振り」。気になる旅館へ出向いては実測スケッチに勤しむ。訓練することで、あらゆるデザインのバリエーションがスムーズに頭に浮かぶようになった。
ふたつ目の試みは「自邸の設計」。「お客さまの要望に応えるだけがデザインじゃない。やはり、自分『らしさ』をアピールすることも必要です」。4DKの自邸に、自分という個性を生かすデザインのすべてをつめこんだ。和室の客間をつくり、障子を使い、日本建築の要素を取り入れてフルリノベーションした理想の住まい。「自邸を設計して賞が獲れなかったら辞めようと思っていた」と言うが、結果、数々のコンクールで入賞を果たす。

自邸のリビング
谷六の家(自邸)

3つ目は「飛び込み営業をする」。ゼネコンや設計事務所に飛び込み営業を始めたことで、建築業界に世代のドーナツ化現象が起きていることに気づいた。「団塊の世代やルーキーはいても、主力になる僕ら30~40代は独立したりしていて不足気味。それならばアウトソーシングという形で僕らが設計支援はできないか、と」。団塊世代がこれまで積み上げた経験を次世代へ引き継ぎたいと考えているのも知った。
4つ目の試みは、団塊世代の人とかかわること。「僕ら団塊ジュニアの世代は、自分の思いを大切にする等身大の世代と呼ばれています。かたや団塊世代は自分の思いとは別に、生活のために無我夢中で働いてきた人たち。きっと学べるものがたくさんあるはず。気持ち的には『弟子入り』に近いかな。団塊世代がリタイアしようとしている今、学べる最後の機会と感じています」
5つ目は「大学院博士後期課程」。今年からは大学時代の恩師から誘いを受け、和歌山大学大学院システム工学研究科・博士後期課程に在籍している。すべては新しい「あしたのために」。模索し、前進する日々を送る。

めざすのは「落語のようなデザイン」

建築デザインには流行がつきもの。何かが流行れば、皆がそちらに向かって走り出す。「ジャイアント馬場さんの言葉で『みんなが格闘技に走るので、私、プロレスを独占させていただきます』という言葉があるんです」。その言葉を引用し、南氏はこれからの自分をこう表す。「みんなが“そういうの”に走るので、私は“こういうの”を独占させていただきます」。あくまでも自分“らしさ”を持って挑んでいくと決めている。
めざすのは、「落語のようなデザイン」だと話す。「うまい噺家の噺を聞くと、たとえその噺家が有名な方でも物語にのめり込み、途中からその人の存在自体を忘れてしまうほどです。僕も、それぐらい人を夢中にさせる建築を提案するのが目標です」

イベント風景

イベント概要

団塊Jr世代デザイナーのあしたのための小さな試み
クリエイティブサロン Vol.77 南啓史氏

時代とともに日々変容する依頼について建築の考え方を軸にして模索しながらデザインしてきました。そのような仕事の一方で、理想を後回しにせずに取り組む仕事はどのようなものかを考え始めました。自邸の設計を手始めに最近では大学院での研究再開といった些細ではあるけれどいろいろな試みを積み重ねています。40歳を前にしてさまざまな経験や言葉を手がかりに「あしたのために」刷新する等身大のデザインについてお伝えしようと思っています。

開催日:2015年06月15日(月)

南啓史氏(みなみ ひろし)

一級建築士

1976年京都市生まれ。一級建築士。2002年大阪工業大学大学院工学研究科修了後、2007年株式会社ライフサイズに参画。2007~2012年大阪工業大学非常勤講師、2013年~京都造形芸術大学非常勤講師。現在、和歌山大学大学院システム工学研究科・博士後期課程在籍。「無難でもなく、奇抜でもない、等身大のデザイン」をモットーに新しい日常の提案と具現化を心がけ、建築・インテリアの設計監理をはじめ、住宅設備メーカーのカタログ用写真の空間コーディネートや実施設計図の制作監修などに携わってます。2012年愛知建築士会名古屋北支部 第3回 建築コンクール佳作、第29回住まいのリフォームコンクール優秀賞。

南啓史氏

公開:2015年7月7日(火)
取材・文:中野純子氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。