キャリアも実績も越えて、フラットにデザインを語ろう。
クリエイティブサロン Vol.76 江口海里氏

プロダクトデザイナー・江口海里氏、35歳。プロダクトデザインを学び始めた15歳から数えると、今、ちょうど20年目を迎えている。27歳で独立し、現在まで着実に歩みを進めてきたことを考えると、もはや「若手」とは言えない。かといって実績豊富な先輩たちと肩を並べ、「中堅」と呼ぶには、まだためらいがある。どちらとも判然としない、悩ましい時期。だからこそ、やるべきことがあると江口氏は考えている。それは、プロダクトデザイナーに限らず、すべてのクリエイターに投げかけられている問題提起なのかもしれない。

江口海里氏

めざすのは、「未知の発見」。海外にまで活動領域を広げる

「小学校も中学校も高校も、成績はずっとオール3だった」と振り返りつつ始まった今回のサロン。「要は、『パッとしない子ども』だったんです」と笑う江口氏だが、そのことが現在に続く粘りになったとも分析する。「自分には何もない」という思いが、「自分って何だろう?」という問いかけにつながり、デザインへと生かされているというのだ。
サロン前半では、江口氏が今、追い求めているものやその実現のために取り組んでいることが紹介された。
まず、めざしているもの。それは「未知の発見」だ。
モノがあふれる現代社会では、多くの物事は「革新的だが実現性の低いもの」と「現実的だが新しさを感じられないもの」のいずれかに分類されると江口氏は考えている。しかし、さまざまな工夫を施し、知恵を絞った先には、革新性と実現性を両立させたモノが生まれるはず。それこそがイノベーションであり、江口氏のめざす「未知」だ。
「だから僕は、クライアントからの要望も一旦は横に置いておいて、更地にしてから物事を考えるようにしているんです。作り手のこだわりや思い入れももちろん大切だけど、商品などのモノが持つ本質的な価値を見失ってはダメですからね。むしろ、本質的な価値を提案し、かたちにすることこそがデザインの役割だと考えています。」
こうして生まれた商品の例として、サロンでは家庭用水耕栽培キットが紹介された。この商品は、「水耕栽培」という言葉が持つイメージとは一線を画し、透明のケースで包まれたまるでインテリアのようなデザインが施されている。それは、「育てるプロセスを楽しむ」という商品が持つ価値にフォーカスしたがゆえのデザインだ。

透明なグリーン栽培ケース
家庭用水耕栽培器「Green Farm Cube」

デザインをめぐる関西の土壌を豊かにし、後輩のために道を開きたい

サロンも中盤に差し掛かると、本題である「若手でも中堅でもない今やるべき事」に話題が移っていった。
江口氏が若手意識を捨て去ったのは34歳のときだ。その背景には、江口氏自身の独立後の経験がある。
「僕が独立したのは27歳のときです。最初の1年半ぐらいは仕事が全然なくて、辛い思いをしました。それなりに安定するには2年半ぐらいが必要でした。『独立とはそういうものだ』と言ってしまえばそうかもしれませんが、このままでは、後に続く人なんて誰もいなくなる。それは、プロダクトデザイン業界全体にとって痛手です。だから僕たちのように『ちょっとだけ先を行く世代』が、後輩たちに何らかのかたちで貢献していくべきだと思うんです」
また、江口氏を後輩のサポートに駆り立てる要因として、関西と関東のプロダクトデザインをめぐる環境の違いもあげられた。仕事の量と質、そして報酬というどの要素をとっても、関東は関西よりもずっと上をいっている。必然的に若手プロダクトデザイナーは関東に集中することになる。江口氏いわく、「関西のプロダクトデザイン土壌は枯れ切っている」のだ。
「だからまず、同世代のデザイナーと交流を深めているんです。と言っても飲み会をしているんですけどね。でも、こうやって同業者が交流すること自体が珍しい業界だったんです。今は、同世代と危機感を共有していって、後輩たちが通りやすい道を作ることをめざしています。僕たちに体力があるうちに、若手が芽を出すための機会の提供と投資を惜しまないでおこう。そういう意識で活動しています」

ビジネスの前にデザインを語る。その姿勢が、台湾を世界的躍進に導いている

江口氏が後輩のサポートに意識を向けるようになった背景には、海外での活動もある。ミラノサローネなどでの出展をきっかけとして、海外のデザイナーとの交流も活発化させている江口氏。サロンでは、そこで得た気付きや発見を紹介してくれた。中でも衝撃的だったのは、台湾人の有名デザイナーと若手デザイナーの関係だ。
「有名デザイナーが出品する展示会などに、若手がくっついて行くんです。いわゆる追っかけ状態。しかも有名デザイナーはそれを嫌がるどころか、食事に連れて行ってあげたりしている。そして、フラットな関係でデザインを語り合っているんです。海外ではよく、『ビジネスの前にデザインを語ろう』という言葉を耳にします。台湾のデザイナーたちの関係もこれに通じるものがある。デザインを愛していて、デザインを語る人たちが集まるコミュニティが形成されているんです。だから若手であろうと、実績がなかろうと、デザインを語る人を温かく迎え入れる。うらやましいし、危機感すら覚えました」
実際、台湾のプロダクトデザインは今、世界から熱い注目を集めているという。政府のバックアップもあり、世界を舞台に活躍する台湾人デザイナーは増加中だ。また、世界的なインダストリアルデザインのイベントが台北で開催されることも決まっている。このイベントはプロダクトデザインにおける「旬」の場所が会場に選定されており、残念ながら日本で開かれたことはないという。

ミラノサローネ出展ブースで仲間と
2015年4月、ミラノサローネ・サテリテで[TRANS]シリーズを発表

デザインとは、文化的な営み。その姿勢を根づかせたい

後輩の成長を支えるということは、いつの日か、自分を追い越すかもしれない存在を自ら育てることを意味する。そんな心情が、デザイナーがコミュニティを作ってこなかったという、日本の土壌につながったのかもしれない。江口氏自身も、「上の世代をどう見ているのですか」という会場からの質問に対して、「コンペなどで競合することを避けてきた。衝突したくないという思いがどうしても働いてしまうんです」という苦しくも率直な心境を打ち明けてくれた。
「だからこそ、キャリアに関係なくフラットにデザインを語れる場を作りたいんです。僕自身は上の世代とは築けなかった関係かもしれないけど、下の世代に対しては築いていきたい。そうやって後輩たちの芽吹きを支えてあげることが、今の僕のやるべきことだと考えています」
江口氏は今、デザイナーと企業など発注者側とのマッチングを図る機会の創出に取り組んでいる。デザイナーがポートフォリオを持ち寄るこの企画には、プロはもちろんのこと、学生も参加することができる。
「関西には才能ある若手がたくさんいます。マッチングさえできれば、関西という市場のなかでおもしろい仕事がまだまだできるはず。そのサポートをしていきたいです」
最後に会場から寄せられたのは、「後輩たちとフラットな関係を作った先に、江口さんが実現したいものは?」という質問。これに対して江口氏は次のように答えてくれた。
「モノがあふれる時代から、大切なモノを長く使う時代へと移りつつあるように思います。この時代に求められるデザインは、物事の本質や背景、将来にわたる社会の変化まで見定めた、非常に文化的なデザインになるはずです。そもそも、デザインとは商業ではなく文化という側面を持つんです。この考え方を広め、浸透させていきたい。もちろん、自分もそういう仕事をしていきたい。だからこそ、より多くの人と文化を語り、デザインを語りたいです」

会場風景

イベント概要

若手でも中堅でもない今やるべき事。
クリエイティブサロン Vol.76 江口海里氏

三十代半ばになり、デザインの仕事を始めて15年になりますが上を見れば自分の年齢の倍くらいのデザイナーも未だ現役である事がありキャリアとしてはまだまだ浅いなりにも自分よりも若い後進が育ってきている今の状況に対して、自分が今していくべき事だと思う事をお話しようと思います。関西を拠点にしながらも世界をめざす事、また東京という存在。今の時代を生きる人が見るこれからのプロダクトデザインについて。

開催日:2015年06月03日(火)

江口海里氏(えぐち かいり)

KAIRI EGUCHI DESIGN

1980年大阪生まれ。大阪市立工芸高等学校プロダクトデザイン科卒業。大阪市立デザイン教育研究所デザイン学科プロダクトデザインコース卒業。メーカーとデザイン事務所にて8年下積みをし2008年秋に27歳で独立。顧問クライアントのマーケティング、ブランディング、デザインを行う。2012年2015年とイタリアミラノで開催されるミラノサローネの35歳以下限定のエキシビジョン「サローネサテリテ」にて新作を発表。

江口海里氏

公開:2015年6月23日(火)
取材・文:松本守永氏(ウィルベリーズ

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。