太く、強く、楽しく続いていく“芯”をつくるデザイン思考
クリエイティブサロン Vol.74 鈴木信輔氏

シンプルなデザインで本質を浮き彫りにする気鋭のクリエイターとして、注目を集めるboldの鈴木信輔さん。「生活と仕事」が不可分に重なり合う日々から生まれる、骨太なアイデアの源泉とは? そして鈴木流「視点を増やすコツ」とは? ユーモラスな自筆イラストを交えながら、これまでの歩みと自らのデザイン思考を語ったトークは、「ボールド(力強く、明快)であろうとする意志」に満ちていた。

鈴木信輔氏

「デザインとは何か」を体で覚えた修業時代。

「小学生の頃から、先生の質問にどう斜めから返して面白くしてやろうか、と考えるクセがあって」と、トーク冒頭で少年時代を振り返った鈴木さん。その習性は今でも仕事に生きており、クライアントからの相談を同じ目線に立って聞くよりも、むしろ違う視点からアプローチしようとする思考がはたらくという。大阪芸術大学デザイン学科在学中には、インタラクティブデザイン黎明期のスター・松本弦人氏に憧れ、Macを使った動くCG作品の制作に、4回生の1年間を費やすほど入れ込んだ。
やがて卒業を迎えた鈴木さんは、知人の紹介で、アートディレクター杉崎真之助氏の事務所で働くことに。今でも忘れられないのは、入社後しばらく毎日提出を義務づけられていた「内容・書式自由」なレポートのこと。初日、何となくレイアウトに凝って作ってみたレポートに、さっそく「お前はデザインを舐めてるのか!」と雷が落ちた。それは何の情報伝達にもなっていない、ただの絵遊び・文字遊びだったのだと、今なら分かる。「でも当時はなんで怒られてるのかさっぱり分からなくて。こういうのを今、落ち込んだ時なんかに見返すと、“オレも進化したなあ”って実感できていいんですよ(笑)」
名だたるクライアントから引っ張りだこな敏腕アートディレクターの下で働く、恵まれた日々。でもその裏では、「どうやったら杉崎さんについていけるのか分からなくて悩み、死にもの狂い。“自分はデザインを分かっていない”と理解するまでに5年ぐらいかかりました」と話す。
「カッコいいポスターを作るのがデザイナーの仕事」ぐらいに思っていた認識を根底から覆したのは、大阪オリンピック招致活動を巡る、杉崎氏の一連の仕事をサポートした経験だったという。そこではポスターだけでなく、ネクタイや紙袋などの小物、IOCに提出する地図や図表やテキストを盛り込んだ分厚い開催計画書までデザインする必要があった。まさに統一した世界観を伝えるためのすべてが、デザイン。「情報を整理し印象を設計する力」と、「それを定着させる技術力」がなくては成り立たないことを、鈴木さんは体で理解していった。

会場風景

数々のハードルを越えてつかんだ、「勝てるデザイン」の方法論。

次々と高いハードルがあらわれる中、鍛えられ、力を蓄えていった鈴木さん。気づけばいつしか「生活と仕事とデザイン」は線引き不可能なほど一体となり、四六時中デザインを考えることも当たり前になっていたという。ハードルといえば、クライアントワーク以外に、「自主制作」を行って自分を追い込むこともそうだ。たとえばポスター個展を開くための費用約50万円を、自腹を切って捻出したり、他のグラフィックデザイナーたちと共同で、企業とコラボしたデザイン展を企画したり。人に見られる、仲間と競い合い評価される、という「言い訳がきかない」状況をあえて作り、チャレンジを繰り返すうちに、「勝てるデザイン」の方法論が次第に自分の中で明確になってきた、と話す。
やがて14年間在籍した杉崎真之助事務所から独立し、2012年2月boldを設立。その1ヶ月後に開催した「トンネル展」では、「記号性」をテーマに制作したビジュアルブックが、デザイン業界で高い評価を得た。「社会のあらゆるものごとから記号性を抜き取ってくるという作業は、僕の仕事の根底をなすもの。たとえばロゴを作る過程で、クライアントの思いを抽出し、カタチにするのも同じことなんです」。装飾をそぎ落とし、ものごとの核心をイメージに変換して人の記憶に焼きつけるデザイン。それは「残っていくもの」を追求する鈴木さんの真骨頂だ。

「トンネル展」のビジュアルブック
デザイナー樋口寛人氏とのコンビで開催した「トンネル展」で、「記号性」をテーマにビジュアルブックを発表。

力強く明快なデザインは本音のコミュニケーションから。

お菓子のパッケージ制作、文化イベントのアートディレクション、書籍の装丁、企業ブランディング。独立して3年の間に手掛けた事例の数々を、豊富なエピソードとともに紹介する鈴木さんのトークに、会場はぐんぐん引き込まれてゆく。
2015年春にリニューアルお披露目を果たした「ホテル日生や」(別府市鉄輪)の事例もユニークだ。20年来「ビジネスホテル日生」の屋号で運営してきたものの、ずっと赤字続きだった同ホテル。相談を受けて現地を訪れ、その情緒ある町並みに魅せられた鈴木さんは、「まず名前から変えなくては」と直感。地元で「日生さん」の呼び名で親しまれている利点は活かし、「ホテル日生や」という新屋号を提案した。「人に与える印象をどうコントロールするかを考えるのが僕らの役目。何となしの旅情を感じる “や”が最後につくかつかないか、そこがデザイン以前に重要なんですと、かなり力説しました」。対話を重ねるうちに見えてきたのは、「湯」「寝心地」「食」というホテルの「売り」。それをそのまま記号化したロゴに始まり、駐車場サインや室内の注意書きにいたるまで、「ホテルの顔つきをトータルに作っていく」デザインワークが実を結んで、ホテルの売上も順調に上がっているという。
時にはクライアントとハードに意見を戦わせることもあるが、いいものを作りたいからこそ、本音を簡単には曲げない。「案外、そんなバトルを乗り越えて信頼関係とか友情が芽生えたりするんですよね」と笑う表情に、鈴木さんの秘密兵器である「憎めない図太さ」が見え隠れする。

「ホテル日生や」の看板
「素敵な素泊まりの宿」をコンセプトに世界観を作り上げた「ホテル日生や」のブランディング。

人と出会い、視点が増えてゆく。アイデアは太く、仕事は楽しく。

トークの最後に鈴木さんは、現在思う「ボールドである意味」をイメージ画とともに挙げて語った。いわく「太いアイデアは、安定感があり、強く、分かりやすく、ゆったりしていて、いらぬ議論を排除する力もあり、後から積み上げていきやすい」。しごく明快だ。
さらに、デザイナーにとってはコミュニケーション力が死活問題だとも語る。デザイナーとして成長するためには、技術力という土台の上に、「視点が増える / 視点が変わる」経験を積んで、新たなアプローチを生む発想力を磨かなければならない。そう考える鈴木さんにとって、「視点が増える / 視点が変わる」経験を与えてくれるものとは、何より人との出会いでありコミュニケーションなのだ。「友達を増やすことですよね。基本、仕事は楽しくないとダメだと思っていて、自分も楽しそうな存在でいたい。本音を言いやすい人でありたいというのもあるし、結局面白い仕事って、楽しそうにしてる人に集まると思うんです」。人柄そのままが伝わるメッセージに、思わず納得、という空気が聴衆一同に流れる。トーク終了後、「このあと一緒に一杯飲みに行ける人は?」との呼びかけに、会場のほぼ全員が手を挙げた。この人の面白さにもっと触れたい、語り合いたい。そう思わせるのもまた、鈴木さんの器の大きさなのだろう。

ボールドとボールドでないものを比較するイラスト
「ボールドなアイデアVSボールドでないアイデア」を対比して見せた自筆イラスト。

イベント概要

ボールドなデザイン
クリエイティブサロン Vol.74 鈴木信輔氏

良いコミュニケーションから良いデザインは生まれる。入り口を変えてしまえば違ったデザインが生まれる。アプローチをデザイン。楽しい場には魅力的なアイデアが生まれる。楽しい場にするためには訓練が必要。デザインのフィールドで考えると考えやすい。デザインのフィールドは広げれる。
僕の中でデザインに対する考え方が日々変化したり、追加されています。今回のサロンもそのような場になればと思います!

開催日:2015年05月12日(火)

鈴木信輔氏(すずき しんすけ)

bold グラフィックデザイナ― / アートディレクター

2012年bold(ボールド)を設立。ホテルのブランディング、お菓子のパッケージ、電車の路線図など、グラフィックデザインを核に幅広く活動。人との関係の構築を大事にし、日々新しい仕事や表現に挑戦中。寝てる間もデザインの夢を見る。

鈴木信輔氏の似顔絵イラスト

公開:
取材・文:松本幸氏(クイール

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。