イラストレーターの仕事領域をもっとボーダーレスにとらえたい。
クリエイティブサロン Vol.43 トヨクラタケル氏

クリエイターの数だけビジョンや想いはある。それをできるだけ構えずに、率直に本音に近い部分で語ってもらえたらという趣旨で、少人数の聴衆を集めて開催される「クリエイティブサロン」。今回は、フェルトと平面を組み合わせた作品を世に送り出しているイラストレーター、トヨクラタケル氏がゲストだ。トーク会場には、代表的な作品がいくつか展示されていたほかに、よく見ればプロジェクターの上やデスクの端っこに、フェルトで作った小さい人形や動物がちょこっとディスプレイされていたりして、場の空気をほんわかさせている。女性の参加者比率が過去最高かも??という状況も相まって、和やかな雰囲気の中トークはスタートした。

トヨクラタケル氏

作家としてのピュアな表現がイラストレーションの原点。

トヨクラ氏の仕事を、書籍や雑誌の表紙、ポスターなどの広告物などで目にしたことがある人も多いかもしれない。子どもや街を明るい色彩で塗り込めたようなイラスト。印刷物になるとフェルトを材料にしているとわかりにくいが、材料の持つ質感と配色などが醸す表情に、親しみやすさや優しさ、もしかしたらほのぼのとしたメルヘンを感じる人もいるだろう。ところが、この日スライドを使って語り始めたご自身の作品の変遷を知るにつれ、全く別の世界観が心に宿っているのがひしひしと伝わってくる。会場の空気に、え?という驚きと疑問が広がっていく。

そもそもこの道に進むまでは、親の勧めもあって法曹界を目指すエリート街道。一方で、「絵が好き」というプリミティブな衝動と学問の間で葛藤を抱えつつ、司法試験に2度泣いたのち転機は訪れた。心の声に従ってデザイン専門学校に進路を決めてから、解き放たれたように絵の世界にどっぷり浸った。「毎日毎日描いていてめっちゃ楽しかった。リスペクトする作家の絵をまねたり、抽象画も描いたし美術史の勉強もハマりましたよ。とにかく何の縛りもなく自由に描けることが楽しくて」。描きまくった絵は、ポップでロック、アバンギャルドでもありどこか風刺の味わいもあり、人の心の深淵をのぞくかのような視線を感じるものばかりだ。「本来、ダークな世界が好きなんです。法律を勉強していたことが影響しているのかもしれませんが、社会問題や時事ネタには興味がありますし、作品の土壌になっているのかも」。この日会場に展示されていたオリジナル作品の原画を見てもわかるが、画面に張り付けられたフェルト人形は顔がなく、背景には電信柱にくくりつけられた人物がいたり、腕に点滴をしたまま駅のホームで電車を待つ子どもを描いていたり、ほのぼの感とは遠くむしろシュールだ。題材の奇妙さとフェルトの温かい素材感が生み出すミスマッチに、どこか不思議な世界に連れて行かれそうな感じだ。そうか、書籍や広告で見るトヨクラ氏の明るい絵は「オシゴト」の一面だったのか?

作品

究極的には「自分=職業」と思えるほど、クリエイティブを自己完結させたい。

「そこがジレンマでね」と本音は続く。「イラストレーターには2タイプあって、どんなタッチでも器用に描ける人と、自分の世界観を出したい作家志向の人。僕は後者でいたいんですが、そうすると僕の作風に対してクライアントに気を遣わせる結果になったりもしてよくない。仕事としてはストライクゾーンを広げよう努力はしています。それに、印刷物になると広く知られるわけだから、活躍できる場が広がるということもわかってはいます。でも心のバランスはとりたいので、アートフェアなどに積極的に作品を出して、作家として作品を評価してもらえる場面にも力を入れているんです」

また、このジレンマ解決のために行き着いたのが第3の道、プロダクト。作品をフェルト雑貨という形で、作って売る。しかも自力で。「企業と組めば楽でしょうが、作家性を大切にしたいのでそれはやりません。作りたいものを作りたいように作って売りたい場所で売る。原価計算、在庫管理、発送業務、販路拡大といったおよそ似つかわしくない業務も伴うので、相当面倒ですけど(苦笑)」

一方でクライアントから受注するイラストの仕事があり、他方でオリジナル作品を発表する作家活動があり、そしてもう一方で雑貨の制作販売もあって、「それぞれが組み合わさって面白いものになればいいんです。発信する方からすればどれも意味のあるもので、ボーダーレスなんですよね。最終的には、『職業がトヨクラタケル』。そんな存在になりたいなと」。そう言い切れる根底には、描くことへの溢れるほどの情熱がある。トークの間で何度聞いただろう。「絵がめっちゃ好き」「描いているときが幸せ」「絵はむちゃむちゃ入り込める」等などの言葉。その確かな軸を持っていればこそ、「やりたいことがいっぱいあって、5年後って見えてないですよ。見えてたらおもしろくない」と。次は何を始めるのか。目が離せないと思わせる存在でいることは、クリエイターとして何よりではないだろうか。

イラストレーターは絵を描いて終わりという時代は去った。
プラスαは何?という可能性を問うていきたい。

今回のサロンのもう一つのお楽しみは、トヨクラ氏によるフェルト制作の実演公開だ。参加者の質問に気さくに答えながら、用意した数十色のフェルト生地から色を選び、顔、手足、靴などパートごとにカッターで切り、断面をボンドで貼り合わせ、ものの3分ほどで人形一体を仕上げていく。細かい作業!でもさすがに手早いですねぇ?「だってかれこれ1万体以上は作ってますから(笑)」。こんな風に、実演を交えた公開制作イベントを、画材店などとコラボすることもあるそうだ。これも表向きの「オシゴト」の部分ではないが、ご自身が最も力を入れたいと思っている“発信”の一環。「クライアントからの仕事を待っているだけじゃなくて、どんどん発信していく場を創ろうと考えていて、数年前にイラストレーター6人で『なりゆきサーカス』というユニットを立ち上げて、いろんなことやってます」。“真剣に遊ぼう”をコンセプトに、展覧会をはじめライブペイントなどのイベント、学生向けのイラスト講義、WEBサイトなど、「面白そうなものはなんでもやる。お金にならないけど(笑)真剣にやる。アイデアや可能性はそうしたところから生まれると思うから」。メンバーはそれぞれ、フリーランスで独立して仕事をしている人同士なので、お互いに競い合ったり、逆に仲間を活かすことを考えたりする中で、創作活動は大いに刺激を受ける。また、コミュニケーション能力を向上させるとか情報交換だとか、いわゆる組織活動で身に着けるようなスキルを磨くチャンスだとも考えているとか。「不況だからイラストの発注がどうなるとか、そんな枠の中でクリエイティブをとらえたくない。新しい時代のイラストレーターは自らをディレクションできる必要があるかなと思っているんです」

フェルト雑貨制作の実演をするトヨクラ氏
完成したフェルト作品

イベント概要

イラストレーションの面白さと可能性
クリエイティブサロン Vol.43 トヨクラタケル氏

司法試験を受ける事をやめて、絵の道に進む事を決めたのが12年前。

  • 必死で描き続けた専門学校時代からイラストレーターになるまでの事。
  • 最近のアートフェアなどでの作家活動と、プロダクトの展開のこと。
  • イラストレーター6人ではじめたユニット、「なりゆきサーカス」のこと。
  • フェルトと紙を使ったイラストレーションのメイキング。

など、実演とともにお話しできたらと思います。

開催日:2014年6月4日(水)

トヨクラタケル氏

イラストレーター / 画家

1978年大阪生まれ。2003年大阪総合デザイン専門学校卒業。在学中にフェルトと紙を使ったイラストレーションを中心に活動を始める。懐かしくてユーモアのある世界を描くことを得意とする。主な仕事に「りそな銀行」キャッシュカードイラスト、「Honda Cars」WEBイラスト、書籍「フリーター、家を買う。」(有川浩著)装画など。自著に「フェルトでつくるイラスト練習帖」(誠分堂新光社)がある。国内、海外で個展、グループ展多数開催。受賞多数。その他大学での非常勤講師、ワークショップなども行う。2013年よりプロダクトブランドRe:VERSE PRODUCTSをはじめる。

公開:
取材・文:大野尚子氏

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