自分への信頼を貫く先に、人に役立つ仕事が生まれる
クリエイティブサロン Vol.318 坂本憲作氏
23年間のテレビ局勤務を経て、2024年に映画やプロモーション映像などの制作を行う株式会社映像制作集団ディレクターズを設立した坂本憲作氏。大阪・関西万博でのPR映像制作や海外のNetflixやインド政府のドキュメンタリー制作に携わるなど、独立2年目にして大きな飛躍を遂げている。活躍を支える映像づくりへの思いを語っていただいた。

自分の「大武器」を使い、刺さる相手と仕事をする
「良い映像ってなんでしょうか?」これは、自己紹介や自身が携わった作品の紹介などが終わり、トーク本編に入ったところで坂本さんから投げかけられた問い。「人の心を動かす映像」など様々な答えが会場から返されたなか、坂本さんは「答えはクライアントによってまったく違う」と語った。
「例えば事件で容疑者が送検されたときの映像は、容疑者の顔が写っているかどうかという一点が評価基準です。画質は二の次なんです。かと思えば、桜の中継のように、美しさが求められることもあります」
長く報道分野に携わってきた坂本さんは、扱うトピックによって求められる「良い映像」が異なることを学んできた。「ということは、『何を作ってもいい』と考えることもできます」と坂本さんは言う。
クリエイターは、どうしてもクライアントの要望を気にしがちだ。誠実に仕事をしようと思えば思うほど、クライアントの指示に振り回されるということも起こりかねない。それに対して坂本さんは、「私はクライアントの言うことは何も信じません。何を言われても気にしないようにしています」と言って笑う。それよりもむしろ、自分の「大武器」を使って自分が思い描くものを作り、それが刺さるクライアントと仕事をすることに注力している。
では、坂本さんの大武器とは何か? それを語る前に坂本さんは、現代の映像制作者に求められている要素として「企画力」と「プロデューサー業務」という2点を指摘。企画力とはコンテンツのことで、考える能力のことだ。そしてプロデューサー業務とは、人脈のことであり、スタッフをはじめとして制作現場を差配する力のこと。すなわち、企画したものを実際に作る能力だ。
「かつては数千万円する機材で作っていた映像が、今はスマホで作れてしまいます。私はそれを、『映像の民主化』と呼んでいます。そういう時代だからこそ、内容で勝負する時代になっている。考える能力と作れる能力は、フリーランスが稼ぐためには不可欠な力になっています」
映像は自分の「守り神」になってくれる
映像の世界で四半世紀にわたって活動してきた坂本さんの原点は、映画『E.T.』にある。初めて観たのは小学校2年生のとき。そのときはあまりにリアルなE.T.の姿が怖くて、トラウマになるぐらいだったと言う。転機が訪れたのは、14歳のとき。「大好きだった」という母親が子宮がんで亡くなったのだ。
「母の死後、改めてE.T.を観る機会があったんです。すると、小学生のときにはわからなかった物語の意味が理解できました。なかでも、ラストシーンでE.T.が主人公の少年エリオットに言う『I’ll be right here(僕はここにいるよ)』というセリフは、まるで母が私に言ってくれているような気持ちになりました」
このとき坂本さんは、同じ映像であっても見るときの気持ちや置かれた状況によって、見え方が変わることに気づく。それはあたかも、「一度作れば、ずっと自分を見守ってくれる守り神のようなもの」。当時の坂本さんは、映画監督と建築家という2つの夢を持ち、どちらの道に進むか迷っていた。しかしこの体験を通して、「映画を作るしかないだろう!」と決意。今につながる映像の道を選択した。

ターゲットは1億人ではなく3人でいい
トークは再び、「大武器」へ。坂本さん自身の大武器を構成する1つ目の要素は、「マスへの効率」だ。これはテレビ局の仕事をするなかで養われた、企画力や構成力、人脈、わかりやすさなど、いわば「テレビの常識」のこと。そしてもう1つが、「個への没入」。これは、映画や作品作りへの情熱、海外への興味などのことで、「独立してからの非常識」とも言える。
「ポイントは、マスへの効率が土台になっていることです。20年以上にわたって経験してきたことですから、体に染みついている。だから個への没入がどんなに突っ走っていっても、決して無茶苦茶なことにはならないんです。好きなことを好きなようにやっているように見えていても、収まるべきところにきちんと収めることができます」
前述のとおり坂本さんは、「私はクライアントの言うことは何も信じません。何を言われても気にしないようにしています」というスタンスで仕事に臨んでいる。しかしその背景には、大武器である2つの要素があり、キャリアに裏付けられた「収まるべきところにきちんと収めることができる」という力があるのだ。
とはいえ、仕事で「好き」を貫き通すことは簡単ではない。まして独立間もない頃、顧客開拓が優先課題である時期だとなおさらだ。坂本さんも当初は、「映像を作りませんか。いい映像を作りますよ。お困りごとはありませんか」と言って営業をしていた。しかし、成果はかんばしくなかった。そこで発想を大転換。テレビ時代の癖ともいえる「1億人をターゲットにする」思考から、「ターゲットは3人でいい」という思考に切り替えた。
では、その3人とどうやって出会うのか? それが、「映画、好きですか?」という坂本さんの現在の営業トークだ。
「ありきたりな『映像を作りませんか?』『採用動画はどうですか?』というトークでは、本当の困りごとを聞き出すことは難しいです。それに、相手の人となりまではわかりません。でも、映画の話なら人となりがよくわります。そこから、課題や要望、求めている映像といった情報に近づいていくことができます。それに何より、私に“はまってくれる”人に出会いやすいんです」
もちろん、「映画、好きですか?」だけでめざす人と出会えるわけではない。独立後、メビックで積極的に活動し、様々な人と交流して意見を交換していることも、「はまってくれる人」に出会うための道のりの1つだ。「The 48 Hour Film Project」という世界規模の映画コンペティションにも参加している。
「48時間で企画から撮影、編集まで完結させ、その出来栄えを競うコンペです。スタッフも出演者も報酬はありません。だからこそ、思いを共有できる仲間が集まっているように思います。ここで出会った人たちは、通常の案件でもコアなメンバーとなって私の仕事を支えてくれています」
映像を通して、関わる人全員をハッピーに
トーク終盤のテーマは、「目的」と「手段」について。仕事をしていると、ともすれば両者の区別はつきにくくなる。気がつけば手段が目的化してしまうこともある。「特に映像の世界ではそういうことがよく起こる。本来は何らかの目的のためにきれいな映像を撮るのに、いつの間にかきれいな映像を撮ることが目的になっているケースが非常に多い」と坂本さんは指摘する。だからこそ、両者を整理して考えるように意識する必要があると付け加える。
「大切なのは、夢を語ることです。夢とは、『将来こうなっていたい』『こんな社会になってほしい』というイメージのこと。これがあれば、どんな取り組みをするにしても『なぜ、それをするの?』という目的を語ることができます。そして、『どうやってそれをするの?』という手段も考えることができます」
坂本さんの夢は、映像を通して関わる人全員がハッピーになれること。そのために、どんな映像を作るべきなのかを考え抜く。ハッピーになるのは「全員」なので、決してクライアントだけではない。作り手も満足し、クライアントも満足する。そんな仕事をめざしている。
最後に坂本さんは、敬愛してやまないという吉田松陰の次の言葉を紹介した。
法を破ったら、罪をつぐなえますが、自分の美学を破ってしまったら一体誰に向かってつぐなえますか。
最もつまらないと思うのは人との約束を破る人ではなく、自分との約束を破る人です。
「自分との約束を守るとは、目的と手段をきちんと区別して考え、行動するという意味です。逆に言えば、手段を目的化させてしまうのが、自分との約束を破ること。だから私は自分を信頼し、自分との約束を守り続けます。“自分ファースト”でいきます。それぐらいの気持ちでいないと、人の役に立つ仕事をすることなんてできないと、私は信じています」
こう力強く語って、トークは締めくくられた。

イベント概要
「映画は好きですか?」私はこれで営業をし仕事をしています。熱量とワクワク。動画で世界をベターにする。
クリエイティブサロン Vol.318 坂本憲作氏
起業して2年になります。それまではテレビ局でディレクター・プロデューサーをしていましたが、独立するとなると経営については全くの素人。そんな素人が、嫌いなテレビの仕事は全くすることなく、夢だった映画製作を実現し、海外のNetflixやインド政府のドキュメンタリー制作に携わったり、大阪・関西万博の素敵なプロデュース業務に繋がったりしました。そのターニングポイントとなった出来事を、映像作品や業界の慣例や幼少の頃の映像体験なども交えて、せきららに告白します。
私は勘違いしていました。クライアントが偉いわけでも、自分が偉いわけでもなんでもない。ただこの魔法の言葉で話すだけ。「映画は好きですか?」
開催日:
坂本憲作氏(さかもと けんさく)
株式会社映像制作集団ディレクターズ 代表取締役
ディレクター / プロデューサー
1979年大阪市生まれの46歳。幼少の頃より映画に魅了され映画監督をめざすも制作会社に就職、テレビ局で23年間勤務後に独立。テレビ朝日、読売テレビ、関西テレビ、音楽番組、旅番組、情報番組などを経験、主に報道局でドキュメンタリーを制作。インド政府ドキュメンタリー制作、ポルトガルNetflixドキュメンタリー制作、大阪・関西万博奈良県PRディレクター、大阪・関西万博ナラティブPRプロデューサー、映画監督。
専門学校大阪ビジュアルアーツ・アカデミー 放送・映画学科 講師

公開:
取材・文:松本守永氏(ウィルベリーズ)
*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。
