思いのままに仕事をしてきて、気づいた「もうひとつの手」
クリエイティブサロン Vol.317 北風貴則氏
長期を見据えた戦略と確かなロジックに基づき、ブランドの象徴であるネーミングやロゴデザインをはじめパッケージデザイン、ウェブデザイン、ブランド開発に至るまで、幅広く手掛けているグラフィックデザイナー・北風貴則さん。政治経済学部出身で、デザインに関する基礎教育を受けてこなかった自身について、「コンプレックスを抱えながら仕事をしてきた」という言葉から始まった今回のクリエイティブサロン。そんな北風さんが、どんな道を辿り、どのように今の仕事を選んでいったのか。“行き当たりばったり”と称したキャリアのなかで考えたこと、感じたこと、そしてこれからへの気持ちを語ってくれた。

グラフィックデザインへと導いてくれた4つの作品
グラフィックデザインというものを、意識したのはいつぐらいだろうか? その問いかけに、「きっかけは4つある」という北風さん。1つめが、子どもの頃に見ていたエリック・カールの絵本『はらぺこあおむし』。一匹の青虫が成長して蝶々になるというシンプルな物語を、色彩豊かに、リズミカルに描いた作品だ。
2つめは、高校生の時に手にしたジャズ専門レーベル・BLUE NOTEのアルバムジャケットのデザイン集。文字や写真をダイナミックにレイアウトし、物語性を感じさせる美しく大胆な世界に強く惹き込まれたという。
3つめが、チャップリンの無声映画『THE KID』。冒頭に現れる「The womanーwhose sin was motherhood.」という文字のデザインとその翻訳「女。その不幸たるは母親であること」が強く印象に残っている。「思えばこれがタイポグラフィに興味を持つきっかけだった」と言う。
そして4つめが、図書館で見つけたブルーノ・ムナーリの絵本『きりのなかのサーカス』。霧に包まれた街をサーカスめざして進んでいく情景をトレーシングペーパーの重なりと色鮮やかなページの構成によってつくりだした名作だ。「単に本を一冊つくるというより、1つのプロダクトとしていろいろな工夫が詰まっている。自分も将来こういうことができたらいいなと思いましたね」と北風さん。「これら4つの作品がグラフィックデザインの世界へと導いてくれた」と話す。
経済学を学びつつデザインも勉強。学生時代に自分の絵本も出版
高校卒業後、浪人生活を経て東京の大学へ進学。「成績は悪くないが、真面目な学生ではなかった」という北風さんだが、大学の書架で『点と線から面へ』や『色彩論』などを読んでバウハウスの思想に触れ、自分なりにデザインを独学。一冊だけ、自分の絵本『I will Sleep』を出版した。
「“眠っていよう”という定型句を設けて、その前の言葉を入れ替えていろんなシーンを描写していく実験本です。言葉の組み合わせとか接続詞と助詞から生まれる想像力とか、そういったものに興味を持ち作った絵本でした」
4年生になり、内定が決まっていく周囲を横目に「自分は一体何をしたいんだろう」と考えたとき、思い浮かんだのがエリック・カールやブルーノ・ムナーリの絵本。「作者が絵本作家ではなくデザイナーである」という共通項から、国内で本制作とデザインの仕事を手掛けている人を探し、グラフィックデザイナーであり世界的な造本作家・駒形克己氏と出会う。
氏のワークショップに自作の本と手紙を持参し「働かせて欲しい」と直談判。後日、「営業として働きながらデザインを学んでみては」との打診を受け、社会人生活をスタートさせた。

2年連続で“クビ”を経験しフリーター生活へ
営業としての仕事は、書籍の乱丁・落丁のチェックや受発注処理、在庫管理など多岐にわたった。駒形氏からは折りに触れいろいろな話をしてもらい、今につながる教訓を得たという。しかし、諸事情により入社8ヶ月にして退職することが決定。
半年ほどして、コンサルティング会社のデザイン部門に拾われることになる。「当時、何でもできる自信だけはあったけど、実際はデザインの技術もなければPCのソフトも使えない状態。本当に使えないヤツで、上司からよく叱られていました」と笑う北風さん。しかし、またもや諸事情により入社後わずか7ヶ月で退職することに。
「2社続けて半年余りでクビ。正直、かなりこたえました」と当時を振り返る。その後、いくつもの会社に履歴書を送るも、書類選考落ちばかり。やがて資金が尽き消費者金融で生活費を借りることになり、ポスティングやコンビニのアルバイトを開始する。
「色とりどりの商品が氾濫するコンビニの棚は、まさに生き残りをかけた激戦状態。最終的に生き残るのは信頼あるブランドという現実を目の当たりにし、パッケージデザイン単体を考えるだけでなくバイヤーにどうプレゼンテーションするかも重要だと実感。今思えばモノを売る現場で働けたことは、貴重な経験だったと思いますね」
そうしたなか、ふと立ち寄った日本科学未来館の「‘おいしく、食べる’の科学展」で、難しいテーマを噛み砕いてわかりやすく面白く見せる展示デザインの世界に衝撃を受ける。「こんな仕事がしたい」と、進む方向が決まった瞬間だった。
デザイナーとして一歩を踏み出し、さまざまな出会いと学びへ
次に入社した空間デザインの会社ではすぐにプロジェクトを任され、グラフィックデザイナーとして「やっと一歩を踏み出した」場所となる。初めての仕事は、とある大学の企画展。その後も大学や企業の展示デザイン、パンフレット制作などを手掛け、経験と実績を積み上げていった。
この会社の朝礼で、北風さんは一つの言葉と出会う。ある中国人書家の「やらないのはもったいない、やっても何も変わらない、それでも、やらねば。」という言葉だ。
「何かアイデアがある時、まずやってみる必要がある。たとえやっても無理だとわかっても、次に進むためにやる必要があるというこの言葉が、今でも強く心に響いています」
その後のキャリアに大きな影響を与えることになったプロジェクトがある。東京にある博物館の改修工事で、学芸員の細やかな要望を受けながら、共に考え悩み、共に作り上げていくプロセスを経験し大きな喜びを感じた。その後、新たな環境を求め、銀座に拠点を構えるブランディング会社に転職する。
この会社でも、「学んだこと・感じたことがあまりにもたくさんある」という北風さん。クライアントのメールの書き方に影響を受け、「文章を書くこととデザインをすることは本質的には全く同じ行為」だと感じたことや、「デザインは翻訳に似ている。直訳するか意訳するか。意訳する場合、どこまで意訳するか」といったことなど多くのエピソードが語られた。
30代半ばに近づくと自身への焦りを実感。かつて抱いていた「海外で働きたい」「海外の人と働きたい」という想いが湧き上がり、答えがでないまま退職を決意する。その後は悪戦苦闘しながらも、LAとNYの会社とオンラインで面談し、単身渡米。それは、前出の中国人書家の言葉どおり、「無理とわかっていても、次に進むための挑戦」だった。

「自分のため」から「誰かのため」へ、世界が広がっていく
帰国後、正式に開業届を出し独立。「前職でデザインビジネスに必要な一通りのことを経験していたので、順調にスタートを切れた」と笑顔を見せる。
その後、自分なりに定義した「ブランディング」の仕事を実践。偶然の出会いからメルボルンに本社を構える食品商社との直接取引も始まり、大きなプロジェクトがある時は現地に滞在し、共にデザインを作り上げている。
また、仕事をする上での基本姿勢を考えるきっかけとなった言葉を紹介した。「『星の王子さま』で有名な作家、サン=テグジュペリの言葉で『愛するとは我々が互いを見ることではなく、共に同じ方向を見つめることなのである。』という名言があります。これはプロジェクトにおいても大切な姿勢ではないでしょうか。弊社 / 御社といった関係性から離れて、主語を『私たち』と置き換えるだけで、視野が広くなるはず」
最近のプロジェクトとして、「Arc Times」というニュースメディアの仕事が紹介された。昨年開催されたイベント用のオープニング動画が流され、その制作プロセスと感じたことを語った。「これはクライアントからの短いメールから、自分の知識や考えを組み合わせて、簡単な編集でテーマをコンパクトにまとめたものです。自分なりによくまとまっていると感じるが、怖いとも感じます。というのも、デザインのスキルを持っている人なら誰でも、ちょっとした情報から綺麗でまとまったものを作ることができる。もしも、そこに悪意があれば、簡単に人を騙すこともできる。私たちはそのようなスキルを持っている」
そんな北風さんには忘れられない光景がある。ロンドンのデザイン・ミュージアムに飾られた、マシンガンと添え木。タイトルは「WHAT IS “GOOD” DESIGN?(良いデザインとは何か?)」。1つは命を助けるため、もう1つは命を奪うために作られたものだ。

「デザインは“良くすること”“社会をハッピーにすること”という考えもあるが、本質的にはそこに善悪はなく、デザイン自体はニュートラルな存在だと思っています。だからこそ、創る側の倫理観が問われるのだろう、と思います」
最後に、女優オードリー・ヘップバーンが子どもに聞かせていた一遍の詩、「……やがてあなたは自分に二つの手があることに気づくでしょう。ひとつの手は自分自身を助けるために。もうひとつの手は他者を助けるために」を紹介した北風さん。
「今までは、綺麗なものを作りたい、お金を稼ぎたいなど、自分のために片手しか使ってこなかったと思います。でも、もう一方の手も自分は持っているはず」と言い、こう続けて締め括った。「それがどのようなものなのかまだはっきりとは分かりませんが、それらが形になり考えが整ってきたら、またこうして皆さんにお話したいと思います」

イベント概要
行きあたりばったりのキャリアで考えたこと、気づいたこと
クリエイティブサロン Vol.317 北風貴則氏
ふとしたことをきっかけに、絵本の営業職から始まったデザイナーとしてのキャリア。独学でデザインを学びながら、フリーター生活を味わったり、転職を繰り返したり、海外へ行ったりと、行きあたりばったりで自分のキャリアを歩んできました。その道中でデザインやブランド、仕事について考えたこと、気づいたことをお話しさせていただきます。
開催日:
北風貴則氏(きたかぜ たかのり)
北風事務所
グラフィックデザイナー
1982年大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。ブランドの象徴であるネーミングやロゴデザインを中心に、会社案内、パッケージデザイン、ウェブデザインなど、包括的に手がけることで一貫したデザインシステムを開発している。また、企業理念やブランドコンセプトの構築、製品体系の整理などのコンセプトワークにも精通しており、表現と論理を行き来するブランドデザイン開発において、その強みを発揮している。近年では海外企業の食品ブランド開発も多数手がけており、中長期的な商品の横展開を想定した、強力なアイデンティティを持つパッケージデザインの開発を強みとしている。

公開:
取材・文:山下満子氏
*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。
