美容師からイラストレーターに転職。自分を支えた「魔法の言葉」
クリエイティブサロン Vol.278 竹本晃子(明子)氏

「二兎追うものだけが、二兎を得る」。“二兎を追うものは一兎も得ず”にひっかけた、インパクトのあるこのタイトルは、今回のゲストスピーカー、竹本晃子(明子)さんがこれまで幾度となく励まされてきた言葉。某メーカーのキャッチコピーを偶然見かけたとき、心に刺さって思わず写真に収めたという。美容師として働きながら、イラストレーター&デザイナーに転身し、奮闘してきた25年。いくつもの兎を追いかけた竹本さんの過去と現在、そしてこれからを紐解く。

竹本晃子氏

幼少時代から夢だった絵描きをあきらめ美容業界へ

理・美容室を営む両親の長女として産まれた竹本さん。当然のように両親は、娘は将来、理・美容の世界を継ぐものだと考えていたが、当の本人は小学生の頃から「絵描きさんになりたい」という夢を抱いていた。きっかけは、小学2年生の頃に3ヵ月だけ通った絵描き教室。初めて水彩に触れて絵の世界に浸った。

中・高校は、私立の進学校へ。大学進学を希望したが両親から反対され、理・美容の世界へ進むことを強く勧められた。紆余曲折ありながら、竹本さん自身も腹を決め、高校卒業後は理・美容専門の企業へ就職する。

親の勧めで入った世界だが、楽しんでいる自分がいた。「髪のグラデーションはどう立体付けたら丸くなるのか? 肌の色に合うカラーリングは? そう考えることは、自分の好きな世界と親和性が高かったんです」。デザインと理・美容の共通点に気づき、いつしか夢中になった竹本さん。20代前半で結婚し、妊娠中に国家試験に合格して理容師免許・管理理容師免許を取得。「これからの時代は美容」と、美容室で懸命に美容の理論と技術を体に染み込ませた。

突然舞い降りたチャンス。自分のイラストが取扱説明書に

転機が訪れたのは、美容師として充実し、時間に少し余裕が出てきた頃。子どもたちが寝静まった夜に再び絵を描くようになる。

描いたのは美容室に展示するポスターやPOP、チラシ。それを持っていくと「いいやん!」と好評で、竹本さんの手描きツールが店舗を彩るようになった。そのポスターが、ひとりのお客さんの目に留まる。「このポスター、どこで発注しているの?」と尋ねられ、「私が描いてるんです」と伝えたところ、突然、「この取扱説明書のイラスト、描けますか?」と資料を手に相談された。そのお客さんは、某大手家電メーカーの関係者だったのだ。

突然舞い込んだ大チャンス。当時はイラストを仕事として受けた経験がなく、一度は断ったものの、「とりあえず描いてみて」と押し切られて戸惑う竹本さん。デザイン事務所で働く友人に相談すると、「描いてみたらいいやん」と背中を押してくれた。その友人に納品する際の注意点などを教えてもらい、1週間ほどで仕上げて納品。それがきっかけで新たな依頼が舞い込んだ。「一度はあきらめた道だったけど、10年後にこうしてチャンスが巡ってきたのなら、別にあきらめなくて良いんちゃう?と感じました」

作例 - プロダクト
20年以上愛されるサロン専売品(シャンプー&トリートメント)他デザインの一例

気力をなくした自分を励ましてくれた“美人画”

絵を描くことで運命を引き寄せたが、それからは多忙を極めた。美容室で働き、子育てに奔走し、夜はイラストの仕事で、睡眠時間は2~3時間ほど。しかし、イラストの仕事は絶対に手放さなかった。「本来ならば、私に来るはずのないチャンスが来ているんだ」。そんな思いがあったからだ。すでに美容師よりもイラスト業の収入が上回っていた。

その頃、竹本さんは美容師を辞める決断をする。しかしまわりから「辞めるなら、イラストの仕事を辞めたら?」と言われてしまい、千載一遇のチャンスを身近な人に理解してもらえず落ち込んだ。みるみる気力を失くした竹本さんを救ったのもまた、絵を描くことだった。「美人画を描き始めました。今思えば、アートセラピーでした。今よりずっと不自由だった昔の時代を生き抜いた女性を描き、彼女たちに想いを馳せることで、自分を癒やし、自分と向き合う時間になっていたのかも知れません」。

この頃に描いた美人画のひとつはその後、時を経て『フィレンツェビエンナーレ2003』で5位に入賞する。

作例
ビエンナーレの賞状とメダル

ヘアサロン開業、独立。クリエイターとしても充実の日々

長いトンネルから抜けたきっかけは、子どもたちの存在。「気力のないお母さんより、多少忙しくても元気ハツラツと生きる姿を見せるのが、一番の教育じゃないかっていう結論に至りました」

そこで一念発起し、独立してヘアサロンを開業。クリエイターになりたいのに、なぜヘアサロン開業なのか?「まわりの声を無碍にはできない私もいて……。ヘアサロンでスタッフを雇えば、私がお店を抜けてもまわりも納得するのでは、と思ったんです」。その思いが通じ、開業を両親も家族も大喜びだったという。

イラストの仕事だけでなく、プロダクトデザインの案件も受けるように。それも、シャンプーやトリートメントなどサロンで扱う商品のポスターを描いて展示していたところ、メーカーのディーラーの目に留まったのがきっかけ。社長から、新商品のネーミングとボトルデザイン、印刷面のデザインを任された。プラスチック容器のデザインは初めてだったが、担当者と一緒に東大阪のプラスチック工場まで出向き、悪戦苦闘しながらも完成。そのヘアケア商品は大ヒットを収め、これを契機に仕事の幅も広がった。

「日本イラストレーション協会」ウェブサイトキャプチャ
日本イラストレーション協会(JILLA)

視覚表現に関わるクリエイターの環境・地位向上のために

竹本さんが副代表理事を務める協同組合「日本イラストレーション協会(JILLA)」を仲間と設立したのは2008年のこと。きっかけは、クリエイター活動で心の支えになった「BBS」と呼ばれるクリエイターが集うインターネット掲示板。当時はまだネットリテラシーが低く、イラストの流用や盗用は当たり前。そんな現状を目の当たりにし、イラストレーターやグラフィックデザイナーなど、視覚表現に関わる事業者の環境・地位向上を目的に立ち上げた。設立当時、会員は50人程度だったが、着実に人数を増やし、現在は全国各地に3500人程度の会員を持つ組織に成長。

そんな竹本さんが今、感じているのは「自分軸を大切に生きてみたい」ということ。「これまで、誰かがやりたいこと、望むことを実現するために一生懸命走るのが私の仕事だった」と振り返る。「最終的にはアーティスト寄りの活動をやってみたいかもしれない。でもまだ自分の仕事もJILLAも忙しくて。私、いつか落ち着くでしょうか?(笑)」

イベント風景

イベント概要

二兎追うものだけが、二兎を得る。—自分の存在意義を探す旅—
クリエイティブサロン Vol.278 竹本晃子(明子)氏

美容師からイラストレーター&デザイナーに転身し、イラストや、化粧品や家電製品のパッケージなどのグラフィックデザインに携わって25年以上がたちました。結婚、子育て、協同組合の立ち上げなど、幾つもの兎を追いかけてきた私の過去、現在、未来についてお話しします。

開催日:

竹本晃子(明子)氏(たけもと あきこ)

デザインスタジオバンブー 主宰
イラストレーター / デザイナー

美容師からイラストレーター&デザイナーに転身。各種イラストをはじめ、化粧品や家電製品のパッケージデザイン等を多数手がける。水彩の奏でるマチエルに惹かれてアナログ回帰、2014年から水彩作品にも力を入れている。また、美容師として多くの女性と接する機会を得た経験を活かし、女性独自の視点で描く現代美人画を国内外に発表。フィレンツェビエンナーレ2003にて ミクストメディア部門5位入賞ほか、受賞多数。趣味は、美味しいものを作って、食べること。
協同組合日本イラストレーション協会 副理事長

https://bambou.jp/

竹本明子氏

公開:
取材・文:中野純子氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。