本人訴訟で戦った試練を原動力に、孤軍奮闘する人を応援
クリエイティブサロン Vol.264 吉永安智氏

今回の登壇者、吉永安智氏は思いもよらない名誉棄損で訴えられて被告となり、弁護士に頼らない本人訴訟で民亊裁判に挑んだ経験をもつ。名誉棄損で訴えられた経緯と、本人訴訟でどう戦ったのかを中心に、自らの体験をもとに始めた「本人訴訟オンラインサロン」や、生成AIによって変わり始めた現状について語った。

吉永安智氏

弁護士に頼らず、本人訴訟を選んだ理由

まず、大手企業から名誉棄損で訴えられた顛末を話してくれた。吉永氏が代表を務める株式会社Web staffは、転職者のための情報サイト「天職ぱんだ」を運営。その関連サイトとして、ブラック企業を正しく判断できるよう情報提供するサイト「ブラック企業を見極めろ!」を2015年7月に立ち上げた。翌年4月、このサイトのコーナー「なぜあの会社はブラック企業と噂されたのか?」のある記事に対して、大手企業の担当弁護士から削除要請のメールが届く。このコーナーは、ネット上の噂を調べて、事実確認できなかった会社を紹介するもので、その大手企業の記事も「噂は事実として確認できなかった」としており、企業をフォローする内容だった。そこで弁護士に翌日返答。記事の意図を説明し、削除ではなく編集で対応するという内容のメールを送った。

その2年後、2018年6月に大阪地方裁判所から「記事削除の仮処分申立て」が届く。「裁判所に出頭」という内容に驚き、すぐに記事を削除した。申立ては取り下げられ、これで終わったと思ったら、4カ月後に損害賠償の通知書、示談書が届き、200万円を請求される。書類に不備があり、振り込め詐欺と勘違い。相談した警察も詐欺と思ったらしく、「振り込むな」と言われたため放置すると、2019年1月、大阪地方裁判所で名誉棄損の損害賠償請求の民事訴訟を起こされる。当初は279万円の請求だったが、訴えの変更申立てをされ、最終的な請求金額は334万円となった。

吉永氏は、弁護士など訴訟代理人を選任せずに訴訟を行う、本人訴訟で争うことを選ぶ。それはなぜだったのか。「金銭的な理由も大きかったのですが、もうひとつ理由があります。裁判を経験した知人に聞くと、『この場合、弁護士に相談すると和解を勧められる。訴状の内容に納得できないのなら、自分でやった方がいい』とアドバイスされました。訴状に事実と異なることがものすごく書かれていたことに怒っていたので、反論するために自分でやろうと決めたんです」

「本人訴訟.com」トップページキャプチャ
コンテンツとして「養育費不払い」「情報開示請求(匿名アカウントによる誹謗中傷)」「少額訴訟」「強制執行」「支払い督促」などのノウハウを掲載。

裁判の結果は? 勝ったのか、負けたのか

2019年3月、第1回口頭弁論。原告は弁護士2、3人に対し、被告は吉永氏ただ1人。原告の主張は「サイトの記事はまったく事実ではない。事実でない記事の存在で弊社の社会的評価に影響が出た」というもの。吉永氏は「原告の記事では、『ネット上で噂として書かれているが、事実として確認できなかった』と紹介した。ブラック企業か?については『噂の域を出ない』としており、どちらかというとあなた方をフォローした」と主張。双方とも、記事は事実ではないと主張し、同じ方向を向いている。「何を争っていたのか、奇妙だと思います。最初のうちは感情的に反論し、やり方を間違えていましたが、だんだん成長して、最後は弁護士と言い合えるぐらいになりました(笑)」

2020年7月の口頭弁論終結まで、原告の準備書面10冊、被告の準備書面15冊となった。9月25日に判決が下る。判決文は「被告は原告に対し、58万円及びこれに対する平成31年2月2日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え」「原告その余の請求を棄却する」というもの。「つまり、判決主文で原告の請求を一部容認し、それ以外の請求はすべて退けるという意味です」。記事は存在しており名誉棄損はあったということで、その賠償として58万円が請求された。しかし、この記事による損害は認められなかった。

58万円の請求と聞くと、裁判に負けた感じがするが、実際はどうなのか。「民事訴訟の勝ち負けは、訴訟費用の負担の割合でわかります。被告が全額負担なら全面的に被告が悪い。半々ならお互い様。今回の負担の割合は、原告4/5、被告1/5でした。このことを知って、勝ったんやと思いました」。ちなみに裁判費用は、請求額10万円で1,000円、30万円で3,000円と、非常に安い。「今回の裁判費用は確か18,000円で、原告側が全部払ってくれました」

無理と言われた、商店街情報誌の発売と知事への取材

吉永氏はどういう経緯で現在に至ったのか。経歴を少し紹介しよう。1972年大阪府生まれ。音楽出版社に就職し、ディレクターとしてレコーディングやラジオ番組などのプロデュースを行う。その後、ライティング業界でディレクターとなる。

このとき携わった近畿経済産業局の「商店街活性化」企画で、実現不可能と言われたことを成し遂げる。「商店街を利用するのは地元の人ばかりだったので、活性化させるには、若者を呼ぶ必要があると考え、商店街の魅力を伝えるために、若者向け情報誌に商店街をおしゃれに特集してもらうという企画を立てました。あらゆる出版社に交渉しましたが、『編集方針として、若者が興味をもたない商店街の情報は載せない』と断られ続けました。しかし、講談社だけが興味をもってくれて、出版が実現したんです」。しかも当時の話題の人、橋下知事の取材交渉に成功。知事を誌面に登場させ、周囲を驚かせる。当初、無理と言われた商店街の情報誌は、『大阪の商店街で遊ぼっ!全42商店街』として2008年12月に発売された。

様々な経験を積んだ後、2014年に株式会社Web staffを設立し、情報サイト「天職ぱんだ」「ブラック企業を見極めろ」を運営した。2019年に名誉棄損で訴えられて本人訴訟を経験したことで、大きく方向転換。現在の取り組みにつながっていく。

『大阪の商店街で遊ぼっ!全42商店街』表紙と中面
『大阪の商店街で遊ぼっ!全42商店街』。2008年当時、「情報誌に商店街は載せない」という出版社の編集方針を覆し、出版にこぎつけた。

ChatGPTで、本人訴訟が大きく変わる

あなたは本人訴訟を知っていただろうか。吉永氏が100人ほどに聞いたところ、知っていたのは2人だけだった。しかし、民亊裁判は、本人訴訟主義といって、本人訴訟が基本となっている。令和2年の裁判所の資料によると、原告・被告双方が弁護士の割合は45%。残り55%は、原告・被告の一方または双方が本人訴訟である。本人訴訟は多い。しかし、役立つ情報はほぼない。「本人訴訟をやると決めたとき、情報を探すと、進め方の説明はあっても、戦う方法など肝心なことはわかりませんでした」。支援制度や支援団体もない。支援団体がない理由は、報酬を目的に弁護士の業務を資格のない者が行うと違法になる、という非弁行為(弁護士法72条)のためだ。「支援団体は非弁行為を訴えられてなくなったようです」

本人訴訟のとき誰にも頼れなかった経験から、経済的に弁護士に依頼できない人の拠り所となるコミュニティ「本人訴訟オンラインサロン」をつくる。非弁行為にならないよう、元弁護士に相談しながらコンテンツを作成した。公開前に広くPRするために、人気YouTube番組「令和の虎」に356人目の志願者として出演。希望額300万円をかけて審査員にプレゼンしたが、資金獲得できたかは「番組を見て確かめてほしい」ということだ。動画公開から翌日の2022年12月28日に「本人訴訟オンラインサロン」を公開すると、大きな反響があった。このサロンでは、会員同士で相談や情報交換などができる。「同じ境遇の仲間がいることは勇気づけられます」。吉永氏の裁判の記録も元弁護士の解説付きで掲載しており、戦い方の参考になる。

ビジネス出版賞の賞状
2023年3月、「人工知能 × 本人訴訟」をテーマにした作品がビジネス出版賞の大賞に。書籍化が決定している。

話題のChatGPTの出現が、本人訴訟の追い風となっている。素人でも裁判書類の作成が容易になり、難解な書類もわかりやすく文章化されるので、裁判が進めやすくなる。「ChatGPTを使えば、弁護士との法的知識の差が縮まります」。現在、GPT-4を活用した訴状・準備書面の自動作成を開発中で、オンラインサロンでの提供を年内に予定している。このことをプレス発表すると新聞で取り上げられ、かなりの反響と問い合わせがあった。

「弁護士以上に、AIは本人訴訟と相性がいい」と言うが、AIは弁護士の仕事を奪うのだろうか。「国外の企業が訴状・準備書面の生成AIサービスを始めると、法曹界は荒らされるでしょう。弁護士と生成AIを棲み分けるルール作りを提供したいと考えており、弁護士会に状況を説明させてくださいと呼びかけています」。吉永氏は、弁護士の存在を否定しているわけでも、本人訴訟を積極的に勧めているわけでもない。「本人訴訟はリスクがある。お金があるのなら弁護士に依頼した方がいい。でも、裁判(係争)を諦めるか、本人訴訟かの選択肢しかないのなら、オンラインサロンでノウハウを持って行ってください」とトークを締めくくった。

イベント風景

イベント概要

名誉毀損で訴えられたクリエイターが辿り着いた今とその未来
クリエイティブサロン Vol.264 吉永安智氏

ブラック企業資料サイトの運営を通じて本人訴訟の経験をした経緯と、その経験から得た洞察が、どのように「本人訴訟オンラインサロン」の設立へとつながったかについて語ります。このオンラインサロンは、経済的な理由から弁護士に相談できない人々が法的問題を自力で解決するための場を提供しています。さらに、現在はAIの利用を通じて、本人訴訟支援の取り組みをさらに進化させることを探求しています。このセッションでは、これらの取り組みの具体的な経緯と今後の展望について話します。

開催日:

吉永安智氏(よしなが やすとも)

株式会社WEB STAFF 代表取締役

1972年生まれ。大阪府出身。音楽業界、ライティング業界では共にディレクターとして経験を積み、2014年に株式会社WEB STAFFを設立。現在も代表取締役を務める。情報サイト「ブラック企業を見極めろ」の運営責任者やツイッターニュースアカウント「報道名人(フォロワー約18万人)」の編集長として活動。YouTubeでは「本人訴訟のトモ」としても活動しており、特に「本人訴訟オンラインサロン」の主宰として、経済的に弁護士に相談できない人々を支援している。

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吉永安智氏

公開:
取材・文:河本樹美氏(オフィスカワモト

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。