「なぜ?」と問うことから始まる“つくること”の意味
クリエイティブサロン Vol. 259 北 直旺哉氏

「あれからちょうど20年ですよ!」
サロンが始まるやいなや、堂野所長と昔話で盛り上がる。北 直旺哉さんは、メビック扇町(当時)が2003年に旧大阪市水道局扇町庁舎内でスタートした時に、インキュベーションオフィスに入所したクリエイターの一期生だ。「今思うと、この20年の歩みはすべてメビックから」と語る。現在は東京都台東区を拠点に、デザイナーとしてのみならず、地域コミュニティづくり、教育活動、インターネットラジオ番組の配信など、幅広く活動する北さんの、これまでの歩みと今の活動、そしてこれからの展望をじっくりと伺った。

北 直旺哉氏

原点は父親が経営する印刷会社での営業経験

高校卒業後、父親が経営する印刷仲介会社の営業職として働き始めた北さん。

「印刷についての知識がほとんどない中でのスタートでした。その頃からですね。“なぜ?”と問いかける癖がついたのは。人の話を聞き、自分で調べ、考え、時には恥をかきながら、印刷の世界の奥深さや魅力を少しずつ知っていきました」

印刷機を持たない仲介業は、協力会社とうまく付き合いながら、いかに手元に利益を残すかが要だという。

「紙を仕入れて、印刷工場や製本工場、加工工場へと回しながら印刷物を仕上げていくことが仕事。とにかく細かく動いていましたね。それらの経験はすべて今の仕事に活かされています」

その頃に身につけた印刷の知識は、「今やデザイナーの中では相当レベルが高い」と自負するほどだ。ところが父親の会社が倒産。「その体験は壮絶だった」と語る北さんは、その後大阪市内の印刷会社に就職する。印刷会社のインハウスデザイナーとして8年ほど経験を積んだ頃、偶然手にしたメビック扇町インキュベーションオフィスのパンフレットをきっかけに独立を決意。一期生として入所した。

仲間に支えられたメビック時代、そして東京へ

「父の会社の倒産を経験したこともあって、独立は考えていなかったんです。なのにメビックのパンフレットを見たときに、なぜかピンと来たんですよね」

独立当初は不安でいっぱいだった。けれどメビックでは多くのクリエイター仲間との出会いがあった。その中で、仕事だけでなくイベントを企画・運営したりしながら多くの刺激を受け、成長できたと語る。

「メビックにはお互いに切磋琢磨したり、困ったときには相談したりできるクリエイター仲間がいた。だから自分も前に進むことができました」

メビック卒業後、次第に仕事の軸足は東京へ。大阪と東京を行き来する日々が続き、ついに2010年、思い切って移転。都内を代表するものづくりのまち、台東区浅草橋にオフィスを構えた。

「すでに僕を待っていてくれる仕事仲間が、たくさんいたんです。その仲間たちの気持ちに応えたい。それが移転の大きな動機でした」

持ち前の明るく親しみやすい性格は人を呼び、人脈が広がるのにそれほど時間はかからなかった。活動の幅も少しずつ広がっていったという。

北氏実績
木本硝子株式会社の社長とともにプロデュースした “Sake Glass Selection”は、フォルムの異なる5つのグラスを提案。

「なぜ?」と問うことがコンセプト設計につながる

「デザイナーなんていらないという未来が、実はすぐそこまで来ているんじゃないかと思う瞬間があります」

思わずドキッとする言葉が、明るい口調でさらりと飛び出す。だからこそ、思考することがますます大切だと北さん。

「クリエイターが“なぜ?”と問うことは、つくることの意味を考えるということ。つまりコンセプトを設計するということにつながるんです。“なぜこれをつくるのか”“なぜ今つくるのか”“なぜ自分がつくるのか”。思考停止に陥ってしまうことが一番危険だと思っているんです」

問いを突き詰めることよって、新たな価値をつくることができる。それを強く感じた案件が、同じ台東区内でガラス食器の企画製造販売を行う木本硝子株式会社の仕事だという。食器の卸売業だった同社がオリジナル製品をプロデュース。北さんはクリエイティブディレクターとして、社長とともにブランドをつくり上げていった。

「高価なガラス食器を買う意味が、初めはよく分からなかったんです。100円のグラスと数千円のグラスは何が違うのか。なぜそれを使いたいと思うのか。僕の仕事は、その価値がどこにあり、それをどう伝えていくのかを考えることでした。そこで社長と生み出したコンセプトが“酒をおいしく飲むためのグラス”。ワインの種類によってワイングラスを変えるように、日本酒のタイプに合わせてグラスを変えようという提案です。そして木本硝子からその文化を発信していこうと。コンセプトを設計することで商品価値を生み出すことができると実感した仕事でした」

もう一つ、「思考を止めないこと」をテーマにした活動が、インターネットラジオ番組『TUKULIST VOICE !』。さまざまな分野で技術や才能を活かしながら信念を持ってモノやコトをつくっている人たちを、もっと多くの人たちに紹介したいと始めたトーク番組だ。

「僕がおもしろいと思う人の活動や考え方をざっくばらんに話してもらっています。おかげさまでいろいろな方に出演いただいて、今は月2回ぐらいのペースで配信しています」

現時点(2023年4月)で89本の番組を公開中。まずは100回をめざして、これからも続けていきたいと語る。

Spotify『TUKULIST VOICE !』キャプチャ
Spotifyで配信中の『TUKULIST VOICE !

地域の人がごちゃまぜになって楽しむコミュニティイベント「天」

「デザイナーの中には“デザインで社会を変えたい”などという人が時々いるでしょう。でも僕はデザインそのものよりも、デザインするときのプロセスやその思考が、社会を変えるヒントになるのではないかと思っているんです」

それを実感しているのが、2022年から運営している地域コミュニティイベント「天(てん)」だ。台東区と協力し、まちづくりの社会実験として取り組むこのイベントは、毎月第一土曜日に、地元企業や商店が中心となり、物販や飲食、モノづくり系ワークショップなどを行う。テーマは「縁側のあるまち」。地域の人たちが気軽に立ち寄れて楽しみながらコミュニケーションできる縁側のような場だ。

「台東区はとても歴史のあるまち。けれど最近は、古くからの住民と若い世代の住民とのつながりが希薄になりつつあるのが課題でした。それなら地域の方に愛されるようなイベントを定期的にやりましょうと、コンセプトから提案したんです。僕は関西人ですが、ものづくりが盛んで、すばらしい職人さんがいるこの台東区が大好きです。でも地域の人たちに案外その魅力が知られていないんじゃないかと。もっといろんな人にこのまちを知ってもらいたい。そんな気持ちでやっています」

2022年5月から、これまで6回開催。デザイナーだからこそ視覚的な美しさも大切だと、ロゴや屋台什器もオリジナルで制作した。

「屋台什器は視覚的な統一感を出すために、地域のプロダクトデザイナーに頼んでそろえました。月に1回、区内のどこかの公園で開催しているのですが、地域の有志、クリエイターブランドのお店、飲食店、地元企業で働く人、区役所の職員など、いろんな人がごちゃまぜになってやっている。これがとても楽しいんです」

什器の制作資金は自らの持ち出し。そしてイベントの日は必ず自らも汗をかく。さらにこのために食品衛生責任者の資格を取得し、都市公園法という法律の勉強までしているという北さん。初めは遠巻きに見ていた人たちも、北さんの本気を感じたのだろう。少しずつ地域の中に協力者が増えてきたという。

「もはやデザイナーの仕事ではないですよね。でもみなさんに喜んでいただいていることが何よりうれしいんです」と軽やかに笑う。

コミュニティイベント「天」開催風景
イベント名は、公園の「園」とつながりの「縁」、そして輪になるという「円」に台東区の「T」をつけた“Ten”が由来。お天道さまの下(野外)で行うことにもちなんでいるという。

デザインという分野にとらわれずに歩み続けたい

これからはSNSなどでの発信にも力を入れていきたいと語る北さん。

「今、自分の活動は、デザイン、地域貢献、ポッドキャスト番組の発信、そしてデザイン教育という4つの軸として整理されてきたように思っています。メビックで独立してから20年。これからはそれぞれの活動に、より責任を持っていきたいと思っています。だから最近ではSNSもハンドルネームではなく実名で発信しています。僕がこれまでやってきたこと、これからやっていくことを、その土台となる考えなどを、多くの人とシェアしたいと思っているんです」

人とのつながりを大切にしてほしい。思考することをやめないでほしい。そのことを次世代のクリエイターに伝えていきたいと語る北さん。次の20年はどこにつながるのか、自分でも楽しみだという。きっとこれからも、多くの人を巻き込みながら、デザインという枠を越えて心の赴くままに歩み続けるにちがいない。あらゆることに「なぜ?」と問い続けながら。

イベント風景

イベント概要

「なぜ」に「なぜ」を重ねる思考がベースになり、プロセスになり、アウトプットになる
クリエイティブサロン Vol.259 北 直旺哉氏

思考が止まりやすい時代になったなぁなんて、最近しばしば感じています。私の職業であるグラフィックデザイナーというお仕事は、徹底的に思考をすることで、課題解決のための表現へと落とし込んでいきます。つまり「なぜ」と問うことから始まるわけです。しかし、世の中が便利になって情報があふれ、そんなに深く考えなくても日々過ごせるようになった今、自動的に自分の中に入ってくる「世の中の当たり前」が無意識に思考を停止させてしまうことが多く、意識的な思考をしないといけないと痛感しています。ってことで、今回お話をさせていくのは、私の「なぜ」と問う活動について。「なぜ」と問うことだけでは足りない。「なぜ」に「なぜ」を重ねる思考で、過去から現在につながっている。そんなこれまでの20年を、これからの20年に向けてお話ししてみたいと思います!

開催日:

北 直旺哉氏(きた なおや)

キネトグラフ社
アートディレクター / グラフィックデザイナー

1970年大阪生まれ。 印刷会社の営業を経て、1992年グラフィックデザイナーに。印刷会社のインハウスデザイナーとして、メーカー、サービス、行政などの広告や販促の企画、ディレクション、デザインを手掛ける。2003年からフリーランス。グラフィックデザインを中心に、Web、映像、空間、プロダクトなど、総合的なクリエイティブ制作を手がけ、その領域は多岐にわたる。2006年から講師活動をスタート、現在もクリエイティブスクールで教鞭をとるほか、企業や団体のセミナー登壇も多数。近年は、デザイン雑貨ブランドDEMONOSや、自らがパーソナリティも務めるポッドキャスト番組「TUKULIST VOICE!」、公共公園で毎月開催する地域コミュニティイベント「天(てん)」など、セルフプロデュースの活動にも力を入れている。
社団法人ヒトイクラボ代表理事 / 社団法人日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)正会員 / 東京デザインプレックス研究所講師(2017-現在)

http://kitanaoya.jp/

北 直旺哉氏

公開:
取材・文:岩村彩氏(株式会社ランデザイン

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。