「好き」を続ける努力こそが自分「らしい」生き方につながっていく
クリエイティブサロン Vol.243 稲垣憲佑氏

好きなことを仕事にして、自分らしく生きていけたらどんなにいいだろう……そう考える人は、決して少なくないはずだ。誰しもが一度は憧れる理想の生き方。しかし、それを実行するにはさまざまな壁や課題があり、実現が難しいのが現実だ。今回、クリエイティブサロンに登壇いただいたのは、まさに「好き」を仕事にし、自分「らしさ」を大切にする生き方を追求し続けてきた稲垣憲佑氏。一人のWebデザイナーとして、株式会社プラムライズの代表として、これまでの歩みと仕事への想い、そして、未来について語っていただいた。

稲垣憲佑氏

好きなことなら頑張れる。そんな少年が社会に踏み出した第一歩。

稲垣氏が代表を務める株式会社プラムライズのコンセプトは、“「好き」をカタチに。はじまりは、「好き」になるところから”というもの。「好きなものは、今すぐ誰かに伝えたくなる。好きなものなら、知ることがもっと楽しくなる」というスタンスで、クライアントのニーズや課題解決に向けたWebデザインからグラフィックデザイン、イラストレーションを主な事業として展開している。メインの顧客は広告代理店や制作会社。プライムライズの経営者であり、第一線で活躍するWebデザイナーでもある稲垣氏は、仕事の打合せから企画・デザインをはじめ、スタッフへの仕事の割り振り、コスト・進行管理、人材育成、組織マネジメント全般など幅広く多彩な業務を手掛け、多忙な日々を送る毎日だ。

もともと、「学生の頃から嫌いなことがまったくできなくて、好きなことなら努力できた」という稲垣氏。プラント建築の設計エンジニアだった父からもらったお下がりのCADで遊ぶのが大好きで、工業高校を卒業後に印刷会社に就職したのも、パソコンを使って業務を行うDTPオペレーターに興味が湧いたからだという。

「正直、当時は働くということが好きになれなくて、大学進学にも意味を見出せなかった。そこで、どうせ働かなければいけないなら、勉強しながらお金がもらえるのが一番良いだろうと考え、DTPオペレーターとして知識を身に付けられる印刷会社を選びました」

とりあえず、好きなパソコンに関わる仕事なら頑張れる――。そんな想いで、社会への第一歩を踏み出した。

ウェブサイトの制作事例
コーポレートサイトの制作における情報設計、動作設計、UIデザイン、HTMLコーディングを実施。リアルタイムの情報更新が必要な場合には、WordPress構築、WP-CASS導⼊、更新・システム保守までも手掛ける。

心の中に生まれた違和感の答えを求め、飛び込んだWebデザインの世界。

稲垣氏が入社したのは、年間を通じて大手電機メーカーのカタログなどを手掛ける超多忙な印刷会社。そんななかDTPオペレーターとしてスタートを切ったわけだが、当然ながら知識はゼロ。指導してくれる先輩もいないままMac PCとAdobeソフトのヘルプ本だけを渡され、一人で必死に勉強するしかなかったという。ようやく仕事に慣れ初めた頃、飲み会の帰りに深夜の心斎橋商店街で出会ったのが路上で似顔絵を描くイラストレーターだった。

「試しに描いてもらったら全然似てなくて(笑)。高校時代はインテリア学科の授業で絵を描くこともあったので、これなら自分でも出来るんじゃないかと思ったのが最初の始まりでした。見よう見まねで似顔絵描きを初めてみたら面白くて、一気に夢中になりましたね」

ひと味違う独特なタッチでファンも付き、土日にはショッピングモールでの似顔絵イベントにも呼ばれるほど。いつしか会社の給料と同じぐらいの収入を得るようになり、思い切って退社を決意。必要最低限の生活費はアルバイトで稼ぎながら、心斎橋商店街のストリート活動を通していろんなクリエイターやお客さんたちに出会った約4年間を、「自分にとっては大学の代わり。むしろ、それ以上に貴重な経験と学びができた」と振り返る。

しかし、イラスト一本で稼ぐようになっていた23歳の頃、自分のなかに違和感のようなものが芽生え始める。「何か違う」と思いながら、その「何か」が分からない。延々悩んだ結果、たどり着いた答えは「イラストを使うのはデザイナー。なら、デザイナーになれば描くべきイラストや使いたいイラストが何なのか分かるだろう」というもの。それが、現在に至るWebデザイナー・稲垣憲佑の誕生の瞬間だった。

24歳で就職したWeb制作会社は、またもや大手企業を顧客とする超多忙な環境。「仕事は見て覚えろ」といった風潮のなか懸命に本を読みあさり、デザインやコーディング、Flashを勉強していった。さらに、経験を積み実力を付けて行くにつれ、デザイン以外の業務も拡大。お客様とのやりとりや見積もりの作成、さらには後輩の指導など、気づけば多くの役割がその肩に乗っていたという。それらは本来、「好き」で「やりたかった」仕事ではないが、それでも一生懸命に打ち込んだのは、「そのほうが自分らしいから」だと言う。

「良いモノをつくるためには、お客様のことを知ることが大切だしスケジュールやコストとのバランスを見ていく必要がある。それに、自分が嫌だったことはしたくないという思いがあって、もっと具体的に指導して欲しい、何処がダメで何処が良くてというのを教えて欲しいと思っていた気持ちを、後輩たちにさせたくなかったですね」

「好きなこと」をやるために、「やらなければならないこと」にも真摯に向かいあう。そのなかで、自分自身のスキルと可能性を広げていった。

心斎橋商店街のストリートイラストレーターとして、独特なタッチで高い評価を集めていた稲垣氏の作品。

フリーランスとして独立、そして、株式会社プラムライズ設立へ。

経験を積み重ね27歳になった頃、「新しい環境で、もっと勉強したい」という想いが生まれ、Web制作会社を退社。「当初は東京へ出るつもりだった」という稲垣氏だが、広告代理店の営業担当をはじめ付き合いのあった人や会社から仕事の依頼があり、2008年より、フリーランスとして活動を開始する。

とはいえ、営業経験もなく、見積書や請求書など書類の書き方や確定申告のやり方も分からない状態。趣味の飲み歩きで行きつけになったBARのマスターや店に来る経営者やフリーランスたちに話しを聞き、自営業に関する基本を学んだという。

「彼に頼めば何とかしてくれる」――そんな周りからの評価を受け、徐々に取引先も仕事の幅も広がっていき、30歳の時に初めて事務所を借り、人を雇う。売上げもスタッフも、順調に拡大していった。そして、35歳の時、税務署から届いた封書をきっかけに、財務を見直し次のステップに進む頃合いと判断して法人化を決意。2017年1月、株式会社プラムライズを立ち上げた。2020年からはコロナ禍でリモートワーク環境やビジネス環境が激変し、クライアントワークに頼りすぎていた状況から、クライアントワーク7割:自社サービス3割を理想に、新サービスの開発にも着手した。

「40歳という大きな節目を迎え、改めて自分らしく仕事について考えたとき、必要なのは会社のファンを増やすことだと気づきました。イラストという自分たちの強みや個性を発揮するプロダクトサービスもそうですが、今回のセミナーのように表に立って話すことやSNSもそう。コロナによって密度の高いコミュニケーションが難しくなったからこそ、社会の変化に応じた新しいコミュニケーションのカタチを追求していきたいですね」

自社サービス
新たな自社サービスとして3つの事業を展開。左から、LP特化型コーディング、WordPress管理画面のカスタマイズ、イラストを活用したグッズの企画販売「Dear Chouchou」。特に、グッズ販売はスタッフの創作意欲を高め、会社のファンづくりにもつながっている。

「好き」な仕事を自分「らしく」長く続けていくための、自分なりの行動理念。

「好きなことなら頑張れる」と、ひたすら心のままに突き進んできた稲垣氏。自らの経験から導き出したのは、「好き」を追いかけて自分「らしさ」を見つけるのはもちろん、何よりも、それを長く続けていくための努力が大切だということだ。

そんな稲垣氏には、自分「らしく」生きて行くために、大切にしている5つの行動理念がある。(1)「自分がやりたい仕事、会社としてやらなければいけない仕事」を見極め、それぞれの仕事にしっかりと向き合うこと。(2)「仕事相手が喜ぶ仕事の仕方」を考える。クオリティなのかスピードなのか、あるいはコストなのか、何が求められているのかを把握することで、本当に喜ばれるベストな方法を提案する。(3)そのうえで「 自分(スタッフ)にあった仕事を楽しんでするために」を考えていく。(4)そのためにも、「仕事をより楽しむために相手や仕事の知識をつける」。相手企業やその商品やサービス、事業への想いを知ることで、それらを「好き」になり楽しんでいくことができるからだ。そして、(5)「将来や未来につながる仕事」かどうかを考える。たとえ今興味がなくても、そのことに挑戦することで自分の「出来ること」が広がるはず。それが自身の将来や未来につながることならば、どんどんトライしていこうという考えだ。

最後に、「もっと大きな仕事も手掛けたいし、会社を成長させていきたい。今はまだ修行中、いろんなことに挑戦していくつもりです」という稲垣氏。穏やかな笑顔で「絶対に途中で投げ出さないのが、当社の信条」と語る姿に、自分「らしさ」を追い求めてきた人の、強さと自信が伺えるようだ。

イベント事例

イベント概要

「好き」とは何か?「らしさ」とは何か? 「楽しく」やりたい仕事をするためにする努力
クリエイティブサロン Vol.243 稲垣憲佑氏

学生時代から嫌いなことは全くできなかった私ですが、好きなことなら努力できました。イラストレーターになりたかった自分が、どうしてWebデザイナーになったのか、法人化して経営者になったきっかけ、経営者として、クリエイターとして気をつけていること。「好き」なことや自分「らしさ」を見つけることができた理由と、やりたい仕事を、緩やかな気持ちで長く続けるために努力しているいくつかのポイントを私の過去の経験からご紹介させていただきます。

開催日:

稲垣憲佑氏(いながき けんすけ)

株式会社プラムライズ 代表取締役
Webデザイナー

1981年大阪生まれ。高校卒業後、印刷会社へ就職。心斎橋商店街の路上で似顔絵を描いている大学生に出会い、イラストレーターになることを目標に退社。路上でイラストを描き、フリーランスとして似顔絵のイベントや雑誌・広告イラストの仕事を経験。その後Web制作会社のデザイナーを経て、2008年にWebデザイナーとして独立。2017年に個人事務所から株式会社プラムライズへ法人化。趣味は飲み歩き(グレンリベットが一番好きです)。

https://plumrise.com/

稲垣憲佑氏

公開:
取材・文:山下満子氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。