建築は環境と関係をつくりだす可能性を秘めている! クリエイターとしての都市づくり・まちづくり
クリエイティブサロン Vol.237 岸上純子氏

建築物とは何だろうか? この問いに対する答えは多様だ。ある人は「人が集い、過ごす場所」と答えるかもしれないし、ある人は「科学技術や創造性の結晶」と答えるかもしれない。そんななか、建築を「環境と関係をつくりだすきっかけになるもの」ととらえ、建築という手段を通じて都市づくり・まちづくりに取り組んでいるのが、建築士の岸上純子氏だ。今回のクリエイティブサロンでは、大阪・中津を拠点にして活動する岸上氏の活動が語られた。

岸上純子氏

憧れの職業・建築家へ。
そこで出会った葛藤と可能性

大学時代は、「有名な建築家になることに憧れていた」という岸上氏。その道を自ら切り開くべく、建築を学ぶ関西の学生を組織して大学教授や建築家を講師に招き、勉強会と交流会などを行っていた。卒業後は有名設計事務所に就職。仕事に明け暮れる日々を送った。しかし疑問も生まれてきた。

「マンションの外観デザインの提案という仕事を数多く担当しました。デザインには絶対的な答えがないうえに、デザインの良し悪しに関わらずマンションは必ず建築されます。私の仕事って、いったい何なんだろうという気持ちになってしまいました」

「よりよいデザインを」と思って施主たちを巻き込んでワークショプを開催したところ、「それは設計事務所の仕事ではない」とたしなめられたこともあったと言う。そんななかで、転機となる出来事が訪れる。コミュニティデザイナーの山崎亮氏と穂積製材所(三重県伊賀市)が取り組んだ、地元産木材を活用した都市・農村交流プロジェクト「穂積製材所プロジェクト(ホヅプロ)」に参加したのだ。

ホヅプロの出発点は、駐車場を公園にしようというもの。しかし山崎氏はさらに踏み込んで、人が集まって活動する場所をつくろうと提案した。そして、そのためには宿泊スペースも必要だと提案。岸上氏は、宿泊スペースの建築担当としてプロジェクトに加わった。

「私はそれまで、建築はそれ自体が目的だと考えていました。ところがホヅプロは、『人が集まる』『一緒に活動する』という目的があって、それを実現するための手段として、宿泊スペースという建築を用いるのです。この経験を通して、『人と建築が環境と関係をつくる』ということが可能だと気づかされました」

ここから先、岸上氏は「建築は目的を実現するための手段」「建築は環境と関係をつくる力を秘めている」という思いを胸に、独自の道を歩み始める。

中津の事務所
中津の事務所。「地域に開かれている」との思いから、全面ガラス張りで中の様子が見えるようになっている。

設計の前段階から参画。
建築に人を巻き込んでいく

次に転機となったのは、設計事務所から独立後、奈良県立医大の学生から寄せられた「カレー屋さんをつくりたいから手伝ってほしい」という依頼だ。

「依頼してくれた学生たちは、将来はお医者さんになって多くの人と接します。ところが実際には、おじいちゃん・おばあちゃんの手を握ったこともない学生もいるのです。『そんな自分が医師になれるのだろうか』という不安を感じていて、学生時代にできるだけ社会と接点を持っておきたいと考えている学生がいました。カレー屋さんは、そのための場なんです」

学生が地域社会と交流し、卒業後に向けて成長していくことが目的。そのための手段として、カレー店という建築物をつくり出す。これはまさに、ホヅプロで岸上氏が出合った建築の可能性であり役割に通じるものだ。依頼を引き受けることにした岸上氏は、資金調達のための補助金の申請や、そこに向けた申請書類の作成などから手伝うことにした。

施工期間中には、学生も作業に巻き込んだ。そうすることで建物への愛着が深まると考えたからだ。さらに、近隣の親子を招いて「壁を塗ろう」などのワークショップを開催。建築段階から地域住民と交流することで、学生たちの活動に対する安心感・信頼感を醸成しよう考えた。

設計に取り掛かる前段階から関わり、「建築する」という行為にも多くの人を巻き込んでいったカレー店プロジェクト。岸上氏は、「面白かったし、たくさんの学びがあった」と振り返る。施設も地域に受け入れられ、クラフト教室として利用されるほどの賑わいを見せた。しかし現在、カレー店は閉店し、学生が講師を務める学習塾としてだけ運営されていると言う。

「立ち上げ時の学生が卒業してしまったんです。せっかくの素敵な場所も、キーマンである担い手がいないと維持できないことを目の当たりにしました。同時に、私自身がキーマンになりたいという思いが湧き上がってきました」

建築のデザイナーから始まり、建築を用いて地域に賑わいをもたらすための支援を行うコーディネーターへと移り変わった岸上氏のキャリア。ここからはいよいよ、自分自身が担い手になる「プレイヤー」へと発展することになる。

月イチ屋台
月イチ屋台では、商店街を舞台にして、人が交流しビジネスも回る仕組みをつくり出した。

中津商店街で2年半かけて事務所を施工。
プレイヤーとして環境と関係をつくっていく

「建築をきっかけにして周囲の環境を変えていきたい」「その担い手に自分自身がなりたい」という思いをかなえる場所として岸上氏が選んだのは、大阪市中津。商店街の中にある築100年を越えた店舗を購入し、事務所兼住宅として自ら改修することにした。

縁のなかった土地に移り住み、しかもまちづくりを仕掛けていこうという岸上氏にとって重要な課題となるのが、「いかにして地域に入り込むか」だ。

「心がけたのは、『開く』ことです。改修工事をはじめ、私たちがやっていることを包み隠さず見えるようにすることで、興味を持ってもらったり面白がって参加してもらえるようにしました」

例えば改修期間中には、現場見学会を開催して近隣住民と交流できる機会を設けた。工事の都合上、仮囲いが必要なときにはそこに覗き穴を開け、外から工事の様子を眺められるようにした。工事工程をパネルにして展示をしたり、岸上氏が手掛ける仕事のチラシや模型を展示したりもした。

「通りがかった人に話しかけられたときは、作業の手を止めてゆっくりとお話しをするようにしました。そうした工夫をしながら、2年半かけて改修工事を行いました。出来上がるころにはすっかり皆さんと打ち解けていました」

地域の一員となった岸上氏は、小学校のPTAや商店会で役員を務めたり、地域の祭りで実行委員として活動するようになった。商店会は実質的に休止状態にあったものを、岸上氏がけん引する形で再発足させた。この頃には中津商店街で店を構える若い世代も現れ、賑わいも増すようになった。岸上氏が思い描いていた「建築をきっかにして、環境や関係をつくる」を、自らがプレイヤーとし実現させたのだ。

カップホルダー
フェンスに囲まれた立ち飲み店に導入された移動式のテーブル&カップフォルダー。

建築デザインはガジェットのようなもの。
カルチャーが生まれる場所づくりに挑戦する

プレイヤーとなった岸上氏は、イベントの開催など、休むことなく活動を進めていく。都市経営の体系的な知識を得るべく、都市経営プロフェッショナルスクールでも学んだ。ここでの体験からは、中津商店街で開催されている「月イチ屋台」が生まれた。

「私はイベント屋さんではなくクリエイターです。クリエイターの視点からイベントを考えています。それはすなわち、『環境と関係をつくれるような建築のデザインを考える』という意味です」

そう語る岸上氏が例として紹介したのが、「フェンスで囲まれた立ち飲み屋さん」だ。そのお店は、地主との契約の都合で敷地をフェンスで囲む必要があった。そこで岸上氏は、フェンスに引っ掛けて固定する移動式のテーブル&カップフォルダーを提案した。移動式だから自分の好きな場所で飲むことができるし、周囲から聞こえてくる楽しげな会話の輪にテーブル&カップフォルダーを携えて入っていくこともできる。人と人との関係をつくったり、にぎやかな環境をつくるための道具としての役割を、テーブル&カップフォルダーが果たすのだ。

「私がデザインしているのは、『ガジェット』だと思います。ガジェットとは、なくても困らないけど、あったら楽しいもの。テーブル&カップフォルダーという小さなものも、中津の事務所兼住宅という大きなものも、その点では同じです。ガジェットがいい仕事をしてくれることで、素敵な環境と関係が生まれてくるのです」

岸上氏は最近、中津商店街にもう1か所、拠点となる空き店舗を手に入れた。「月イチ屋台」を発展させた常設の立ち飲み店を設け、存分に語り合える場所にしたいと考えている。

「カルチャーが生まれる立ち飲み店をめざしています。酒と本とアートと人の空間にしたいですね」

そこには、どんなガジェットが用意されるのだろうか。今から楽しみだ。

イベント風景

イベント概要

クリエイターとして「都市・まち」と向き合う
クリエイティブサロン Vol.237 岸上純子氏

建築の意匠設計者として10年仕事をした頃、建築そのものよりも、それが建っている場所・それを使う人に興味がシフトしていきました。一つの建築が変わるだけで、都市やまち、人も変わる。それを仕事を通して感じた時、自分は「建築を作るクリエイターでありながら、建築や都市・まちを使うプレイヤーでありたい」と思うようになりました。都市・まちにおいて、ケンチク行為は目的ではなく手段と捉え、その ケンチク行為の可能性を、「自分のアイデンティティ」を軸に模索している最中です。そんな私の、過去の気づき・現在の活動・未来の話をお話しできればと思っています。

開催日:

岸上純子氏(きしがみ じゅんこ)

SPACESPACE一級建築士事務所共同主宰
一級建築士 / 中津商店街のツキイチ屋台女将

1979年大阪生まれ。神戸大学大学院終了後、坂倉建築研究所勤務を経て、SPACESPACE一級建築士事務所共同主宰。阪急中津駅に近い「中津商店街」の中の大正2年築の長屋を2017年に購入。2年をかけて自ら住居兼事務所としてリノベーション。拠点を中津商店街に移し、住宅や店舗、集合住宅等様々な建築の設計を行う傍ら、商店街の活気ある存続を望み、日々活動をしています。2018年、2019年の夏には「中津ぼんぼり祭り」を主催。2020年1月からは、事務所の前で、「ツキイチ屋台」を始め、各地から多くの人が訪れるイベントとなっています。

http://www.spacspac.com/

公開:
取材・文:松本守永氏(ウィルベリーズ

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。