実用一辺倒だと、文化は貧しくなってしまう
クリエイティブサロン Vol.127 松村貴樹氏

2009年春より、大阪を拠点にローカル・カルチャーマガジン『IN/SECTS』を発行する松村氏。同名の編集プロダクション代表として、日々商業出版に関わりつつ、2016年春より年2回、「KITAKAGAYA FREA 」なるアート&デザイン系のマーケットイベントも手掛ける。今年5月に開催された同イベントでは、「ASIA BOOK MARKET」として韓国や台湾、中国(香港)などアジアのインディペンデントな出版シーンを紹介する新たな試みを行い話題に。メビック扇町でも、 サテライトイベントとして「ASIA BOOK EXHIBITION」を開催。 アジアのパワーが詰まった本や雑誌を、まとめて見ることができる貴重な機会となった。

電子書籍やウェブマガジン全盛の時代に、あえて 紙媒体の雑誌をつくり続ける意味とは? これまでの軌跡と、いま思うことをお話いただいた。

松村貴樹氏

N.Yでの文章修行が編集者としての原点に

昔から本や雑誌は好きだったものの、つくり手になりたいという強い意思があったわけではなかったという松村氏。専門学校時代、友達に誘われてニューヨークを10日間ほど旅したことが、現在の仕事につながる原点となった。

「ここに住みたい」と決意した氏は帰国後、アルバイトでお金を貯め、再び渡米。語学学校やアートスクールなどに通いつつ、見るものすべてが新鮮なニューヨーク生活を満喫した。

「できるだけ長く滞在したかったこともあり、いろいろな収入の道を探っていたところ、日本人向けのフリーペーパーをつくっている人と知り合って、最初は配布などから関わるようになりました。仕事として文章を書いたのも、このときが初めて。まだ20歳で何もわかっていなかったので、ボロクソにいわれながらでしたが、現場を体験させてもらえたことは大きかった。『何が言いたいのかわからん』なんていわれると、やっぱり腹が立つわけですよ。でも、冷静になってみると、いちいち合ってるから納得せざるをえなかった。『万人に伝わる文章を書くってこういうことなんや』とか、『こういう企画は、こんなふうに成り立ってるんや』とかつくり手側の視点に気付けるようになりましたね」

「自分の雑誌をつくる」ーーきっかけと手応え

ニューヨークには5年ほど滞在し、帰国後はフリーランスとして映画ライターをしていたところ、ほどなくして大きな仕事が舞い込んできた。受注にあたっては法人である必要があったため、2006年に合同会社インセクツを立ち上げることに。

「1社依存で仕事をしていたので最初はどうなるかという感じでしたが、2年、3年と続けることができた。そこで、せっかく会社があるんやから、やりたいことをやればいいんじゃないか?って思うようになったんです。自分の雑誌をつくることには、昔からずっと憧れがありました。仲間うちで、よく話したりはしていたんですね。そんな折に、『エルマガジン』が2008年で休刊となり、ある意味いい機会と思って」

創刊号の表紙
2009年5月にリリースされた、『IN/SECTS』 創刊号。「生駒が面白い。」というローカルでかつニッチな特集と、坂本龍一氏のインタビューなどを掲載 。雑誌が消えゆく時代に突如現れた、いっぷう変わったメディアとして話題となり、初版の5000部は現在完売している。

インディペンデントにこだわり続ける理由

自分たちが普段の生活のなかでおもしろいと感じたものを、自分たちで発信する。内容はもちろん、経費や売り上げについても、すべて責任を持つ。編集プロダクションとして依頼された仕事を日々こなしつつ、あえてリスクを伴うインディペンデントにこだわる理由、そしてそのモチベーションはどこから生まれてくるのだろうか。

「『IN/SECTS』は僕らがごはんを食べながら会話を積み重ねることで、毎号、できあがっています。やっぱり、そうじゃないと嘘くさいと思うんですよね。流行りものや背伸びしたテーマではなく、やっぱり、みんながリアルに感じていることや本音が知りたいから。僕らのそういう空気感が多少なりとも伝わっていけばいいと思うし、出し続けることによって、大阪という街が少しずつでもおもしろくなったりするんじゃないかな、とも思うんですよね」

「どんなビジネスもそうだと思うのですが、やはり売れるものをつくらなあかん、っていうお題目があるじゃないですか。そうなると、やはり求められるものをつくろうとしますよね。でも、それだけだと、多様な価値観って広がっていかないと思うんです。特にいまは不況ということもあって、どうしても実用的なものに偏ってしまいがち。それが悪いわけではないんですけど、実用だけを追い求めて、それ以外に目を向けないというのは、結局、自分たちの文化的素養をどんどん貧しくしているんじゃないかと 。その貧しさに少しだけ違う視点を提案できたらいいなあ、っていうのが、『IN/SECTS』をつくる動機のひとつですね」

“ローカル”という言葉が内包する意味と可能性

創刊時から打ち出していた、「ローカル・カルチャー」というコンセプトをVol.006あたりからより強く意識するようになったという『IN/SECTS』。究極の ローカル=個人だと考えると、そこを突き詰めることは、誰もが持っている普遍的な思いや経験をシェアすることにつながる。 そして、地域やコミュニティ、あらゆる関係性をゆるやかにつなぐワードとしても、活路を見出していたという。

「ローカルという言葉には、地域という属性、あるいは趣味性という2つの軸があると思うんです。たとえば、大阪に住んで“ニューヨーク”っていうと、それ、ローカルちゃうやん、って話になりますよね。そういう意味ではなくて、個人と個人のつながり、生まれ育った環境、宗教、人種が違えど、合って数秒で共感できる何かがあるという状態、それってひとつのローカリティだと思うんです。その関係性そのものがローカルだという定義です」

Vol.6.5 の表紙
『IN/SECTS』Vol.6.5 特集「いいお店のつくり方」

その後、B5から半分のB6に判型を変えたVol.6.5をリリース。
「『IN/SECTS』はヴィジュアルで見せていくというよりは、インタビューなどのテキストが多い“読む”雑誌なので、バッグに入れて移動中などにも気軽に読んでもらえたらと、実験的に小さくしてみたんですね。すると、書店や読者からも『あのサイズいいですね』と非常に好評だったので、しばらくこの判型でやってみようということになりました」

Vol.8の表紙
『IN/SECTS』Vol.8 特集「新しいもの、未知なるもの」

しかし号を重ねるにつれて、“ローカル”というワードには、外に開かれていない、内向きな側面も合わせ持っていることにも次第に思いを馳せるようになったという松村氏。最新号となるVol.008で「新しいもの、未知なるもの」という特集を組み、イスラム教徒やビットコインを取材したのも、閉じられたサークル内で、既視感のある情報だけをシェアしていることへの問題意識があったからなのだとか。

アジアと繋がることで新たな可能性を模索

KITAKAGAYA FLEA 2017 SPRING & ASIA BOOK MARKET 2017年5月27日~28日:クリエイティブセンター大阪(CCO)

さらに、依然として東京中心であり続ける日本の出版シーンへの閉塞感から、韓国や台湾、中国(香港)といった経済圏にも目を向け始めた。手始めに、昨年からスタートした「KITAKAGAYA FREA」にて、今年5月から「ASIA BOOK MARKET」という新たな試みをスタート。韓国や台湾などアジアでインディペンデントな小規模出版を行う人たちに出店を依頼し、日本のつくり手たちとともに一堂に会する場を設けた。

「アジアのインディペンデントな出版シーンはいまとてもおもしろく、独立系書店や小規模出版がどんどん増えている。日本との共通項も多くて。写真家やデザイナーはアジア圏の人たちと一緒に仕事をしたり交流があるけど、編集者はあまりそういうチャンスがないから、一緒にやれることがあったらおもしろいなと。彼らのつくるものは、エネルギッシュで発展的なところが魅力。すでに成熟しているものより、試行錯誤を重ね、変化し続けているところに魅力を感じるんです」

「『ASIA BOOK MARKET』は、今後も年1回ペースで、『IN/SECTS』の発行と連動させながら続けていきます。先ほども言ったように、需要に応えるだけでは先細りしていって、最終的には、世の中に必要とされなくなってしまうんですよ。それはちょっとしんどいなあというのがあるので、『IN/SECTS』という自分たちの居場所を確保しながら、新しい何かを仕掛けていけたらいいですね」

会場風景

イベント概要

インディペンデントと多様
クリエイティブサロン Vol.127 松村貴樹氏

インディペンデントな出版社や書店に注目が集まったり、オリンピック・パラリンピックの開催を前にして多様性について語られることが多いと思います。個人的にも関心があるこの2つのテーマについて、みなさんとともに話してみたいと思います。

開催日:2017年05月31日(水)

松村貴樹氏(まつむら たかき)

LLCインセクツ

1976年生まれ。ローカル・カルチャー・マガジン『IN/SECTS』編集長。出身は京都府八幡市。21歳で単身渡米、ニューヨークで5年過ごす。帰国後、フリーランスを経てLLCインセクツを設立。2009年の春、『IN/SECTS』を創刊。

https://www.insec2.com/

松村貴樹氏

公開:
取材・文:野崎泉氏(underson

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。