「デザインしたら売れるの?」地域がデザインの力を信じれば地域はもっと豊かになる
クリエイティブサロン Vol.124 中島秋津子氏

さつまいもをはじめとする野菜やフルーツ、水産物、畜産物など農産物が豊かな鹿児島で「食」に関するマーケティング&コミュニケーションを手がけるSTUDIO K。その代表を務める中島秋津子さんをお招きした今回のクリエイティブサロンでは、これまで鹿児島県で、地域におけるクリエイティブの重要性を伝えるためにどんなことをしてきたのか、これまでの取り組みを語っていただいた。

中島秋津子氏

クリエイティブの力を信じるマーケッター、鹿児島で仕事を始める。

山口県で生まれた中島さんは広島の大学を卒業後、岡山で就職。東京に転勤した後、結婚を機に鹿児島に移った。新卒で入った会社でマーケティング思考と出会い徹底的に教えられて以来「骨の髄までマーケッター」になったという。ファクトから考えるマーケッターと感性を大切にするクリエイターはときとして相反することもあるが、中島さんは「マーケッターをあまり好きではないクリエイターの方もいらっしゃると思いますが、私はクリエイティブとクリエイターの力を信じています」ときっぱり。それにはこれまでの経験が大きく影響している。

中島さんが代表をつとめる「STUDIO K」では、パンフレットなどツールの制作といった単発の支援だけではなく、ブランドと事業を育てていくことに注力している。地域の企業を中心に、地域団体や行政がその対象だ。あまり知られていないが、鹿児島の第一次産業における農業算出額や漁業生産額は全国有数であり、製造業においても、観光においても、食の役割は大きい。にも関わらず、その「伝え方」に課題があると気づかされるきっかけがあった。

鹿児島に移住した10年前、講演を依頼されたイベントでこんな質問を受けた。「鹿児島でやっていることなんて東京まで届かないのではないでしょうか」。それだけではない。「鹿児島の人は宣伝が苦手。奥ゆかしいというか控えめなの」。そう話す知人もいた。「伝える・届ける」ことに取り組んでいけば、鹿児島の食はもっと必要とされるようになる。そう考えていたときに携わることになったのが、鹿児島県の事業「鹿児島の食とデザイン」だった。

イベント風景
[ブランドとしての「旅する丸干し」〜創業以来の殻を破った商品開発とデザイン開発〜 / 株式会社冨永デザイン アートディレクター 冨永功太郎氏・株式会社下園薩男商店 常務 下園正博氏]2016年8月26日開催

「食×デザイン」を広めるための事業ブランド

「鹿児島の食とデザイン」とは鹿児島の食品関連産業の活性化のため、デザインを切り口とした消費者向けコミュニケーション力の向上を目指す鹿児島県の事業。STUDIO Kでは2013年から公募に手をあげ、企画運営を行ってきた。この事業で最初に中島さんがリサーチしたのは、鹿児島県にいるデザイナーの数。当時の国勢調査では各都道府県の労働者総数に対するデザイナーの割合が東京0.8%、大阪0.4%、そして鹿児島はざっと0.1%。1000人に一人の割合だ。デザイナーが縁遠いといわれるのも納得の数値だった。また他県の事例を調べると、デザインの力を産業に取り入れる取り組みを25年にもわたり実施している富山県の事例も見つかり時間がかかりそうだと感じた。

そこで、初年度のスタート事業は、セミナーに加え、「食×デザイン」をテーマに食品パッケージの展示会を開催。食やデザインの仕事に関わる人たちに「私が好きな食のデザイン」というテーマで商品を推薦してもらい、推薦理由とともに展示するものだ。食品企業にもクリエイターにも「食×デザインは面白い」と感じて欲しいという願いがあったが、推薦者や県担当課の協力で多くの人が訪れ、来場者がSNSでの発信をしてくれた。そのときはFacebookのタイムラインが事業のテーマカラーである黄色で埋め尽くされたタイミングもあり、「あの黄色いイベント行った?」などの話を耳にすることも。一つの事業ブランドとして認識され始めたことを実感した。

過去の食とデザイン告知イメージ

デザインに対するアゲインストの風

鹿児島の食とデザイン事業も2・3年たつと、新しくデザインに取り組む企業が増えてきた。売り場のパッケージデザインが変わってきたという評価も県内・県外双方からもらうようになった。それと同時に、「デザインしても売れなかった」「不満だったけどデザイナーに言える雰囲気ではなかった」「社長の一存で決めたけど売れるわけない」などの声も聞こえてくるようになり、企業からの相談も増えてきた。「それって“デザイン”だけのせいじゃないですよね。デザインを悪者にしないでって思うんですよ」。中島さんは語気を強める。そこで「デザイン以前の課題」「デザインに関わる課題」「デザインの周囲の課題」と課題を3つに整理し、次の方向性を練った。

課題解決に取り組む中で中島さんが一番重要だと感じたのは「デザイン導入・活用のプロセス支援」だ。プロセスややり方に問題があるせいで目標に到達しないのはもったいない。また、企業内、企業トップ・事業リーダーの理解や協力も重要だと考え、2016年度のパンフレットの表紙には大きく「デザインしたら売れるの?」のコピーを入れた。それは経営者の方たちから最も多く質問された言葉だった。その質問への答え、糸口が見つかるプログラムにしたいと県の担当者に相談した。

展示パネルを見る来場者

デザイナーと企業をチームにするプログラム

さらにこの事業の中でユニークなプログラムが「デザイン開発ワークショップ」。リアルなデザイン課題を持つ企業とデザイナーを募集してマッチングを行い、デザイン開発のプロセスをサポートする。オリエン以前から企業に対し「このプロジェクトを通して何を達成したいのか」「デザインを何に使うのか」「何をどう変えたいのか」をヒアリング。そして、デザインはデザイナーだけではなく、企業とデザイナーがチームでつくりあげることを伝えていく。企業・デザイナー双方の真剣な取り組みがあることで、初体験でデザイン開発に取り組む企業側も、デザインへの意識が変わるだけでなく、経営ビジョンや今後の計画などにも影響を及ぼすという。意欲的な企業と力のあるデザイナー、それを支援する行政の方がいるからこそ実現できるプログラムだ。

「ワークショップ1回目には前年度の参加企業に、自社のデザイン開発のその後について話してもらいました」という説明とともにスライドに映し出されたのは食品会社の後継者。デザイナーとプロジェクトを進めていくうちに、複数ある事業部門の一つ、食品卸部門を拡大する意志が固まり、すでに取り組みの成果が出始めていると発表があった。「顕す」というのは、世の中に表明すること。デザインに取り組むことで、世に何を表明するかを、企業として突き詰めて考えることになると中島さんはいう。

事業の方向性が明確になる企業、デザイナーからのプレゼンに涙する経営者、喧々諤々と検討する中で一つにまとまっていく人たち。デザインが人の心を動かす。そんなシーンを幾度となく見てきた中島さんだからこそ、自分は「デザインの力を信じるマーケッター」だとクリエイターたちの前で力強く宣言できるのだろう。

「デザインは見た目を整えることじゃない。有るのに見えていないものを見せるのがデザイン」。デザイン開発の現場に立ち続けることで中島さんが実感し、デザインの導入をためらう企業に伝えている言葉でイベントは幕を閉じた。

会場風景

イベント概要

地域のデザインを持つ地域は豊かだ。
クリエイティブサロン Vol.124 中島秋津子氏

「鹿児島の食とデザイン」は鹿児島県主催の事業。県の食品関連産業をデザインの面から活性化しようとする目的があり今年度で4年目になります。弊社はその受託先として運営を担当してきました。なぜ鹿児島の地で「デザイン」が必要なのか、なぜ「食産業」なのか、プログラム編成の背景は?企業とデザイナーのコーディネートのあり方は? 地域の企業が“伝えたい気持ち”と“デザイン”を手に入れた時、どんなことが起こるのか?をご紹介するとともに、参加者の皆様に「地域×産業・企業×デザイン」のあり方や可能性についてご意見いただけると嬉しいです。

開催日:2017年03月10日(金)

中島秋津子氏(なかしま あつこ)

株式会社STUDIO K

山口県生まれ。広島大学経済学部経済学科卒業後、株式会社ベネッセコーポレーションに入社。教材編集に携わった後、東京の出版部門に異動し月刊誌のリサーチ、マーケティング、セールスプロモーション、雑誌広告営業、通信販売事業に携わる。結婚を機に鹿児島に転居しフリーランスとして開業、地域企業などにマーケティング・サービスの提供を開始する。2014年法人化し地域の食とコミュニケーションを専門領域とする株式会社STUDIO Kを設立。

https://studiok-co.jp/

中島秋津子氏

公開:
取材・文:和谷尚美氏(N.Plus

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。