デザインが好き、そして人が好き。コミュニケーションから生まれるデザイン。
クリエイティブサロン Vol.122 大崎淳治氏

グラフィックデザイナー、アートディレクターとして活躍し、最近では「ニフレル」やあべのハルカス展望台「ハルカス300」のVIなど、私たちにもおなじみのデザインを手がける大崎淳治氏。師匠である三木健さんとの出会いから独立、シェアアパートメントに事務所を移してからの変化を通じて、デザインにおけるコミュニケーションや物語の重要性について語った。

大崎淳治氏

シェアハウスというコミュニケーションの場がデザインの可能性を広げた。

今回のテーマは「日常とデザイン シェアハウスに事務所を移転して」ということで、まずはデザイナーの大崎淳治さんが現在事務所を構える、池田市の「アンテルームアパートメント大阪」の話からスタート。商店街沿いに建つ築80年近いビルをリノベーションしたシェアハウスだ。大崎さんはロケで近くを訪れた折にアンテルームに一目惚れ。空きが出た翌年に入居して4年ほどになる。内部は大型リビングルームやカフェ、スタディルームなど多彩なシェアスペースで構成され、いたるところにアートが点在するなど、開かれたコミュニテイの場を形成している。壁を剥がしたところをそのまま白く塗ったり、配管がむき出しだったり、ラフな要素を残しつつ、高感度でリラックスできる環境になっている。

「入居者50名の大半が20~30代で50代は自分だけ。よくいえばオブザーバー的存在」。昼はみんな会社や学校に行っており、この空間を独り占め。「お気に入りは真っ白で配線がむき出しになった高さ5mの天井。グルグル回るプロペラを眺めながら、デザインの神様が降りてくるのを待ってます(笑)」

シェアハウスのリビング
アンテルームアパートメント大阪 リビング&キッチン 写真:藤田理代

2階のリビングでは入居者が集い、いつも楽しそうに語り合っている。しかし中に入るには半年かかった。リビングの扉を開けられず、事務所と自宅の往復をする日々。デザインは孤独な作業だ。ましてや事務所に一人きりとなると誰とも話さない日もある。つねづね「デザインはコミュニケーションだ」と考えているのに、この状況はまずい。扉の向こうには今の社会を動かす、まさに自分の仕事のターゲット層がいる。ある時勇気をだしてリビングに足を踏み入れると、その先にあったのはさまざまな職種の人との出会い、この日を境に一気に世界が広がった。

テーブルにはいつも誰かのお土産やおすそ分けが並んでいる。実家のおばあちゃんがつくった野菜の「たつ子マルシェ」があるかと思えば、「インド土産です」と言葉が添えられた極彩色のパッケージが並んでいたり。「池田にいながら世界中のバッケージが手に取れ、各地の旬や文化を味わえる、これは凄い」と絶賛する。入居者が正月に帰省すると、故郷の味を持ち寄って食べ比べ。「するとお国自慢になって、『マチオモイ帖』に通じるものがある」。リビングから心地いい音色が聞こえて覗いてみると、見たこともない楽器を演奏する人がいたり。「そんな日常のささやかなことがデザインに活かされてくる。デザインはパソコンだけ見ていてもダメだと実感します」

またアパートで開催されるイベントもみんな本気で、なかでもハロウィンパーティは圧巻だ。そうやって若い世代からエネルギーをもらいつつ、マーケティングもしっかりしている。「人の話を聞くことはデザインするうえで大切ですから」。ある日、入居女性たちの誕生会でワインラベルのデザインを制作した大崎さん、彼女たちの笑顔を思い浮かべながら、短時間だが丹精を込めてつくった。とてもプライベートなものだがこれこそデザインの基本だ。

仮装の様子
アンテルームアパートメント大阪でのハロウィンパーティー。大崎さんもバットマンに扮して参加。

変化するもの、会話の入り口となるもの、デザインにはさまざまな方法論がある。

ここから生まれたデザインとして海遊館プロデュースの水族館「NIFREL」(ニフレル)のロゴについてあげる。これはブランドメッセージ「生きているミュージアム」からヒントを得た。「生きているということは、止まってはいけないということ。ロゴも生きているように見えたほうがいい」。そう考え頭文字の「N」が動いて鉄砲魚のように勢いよく水を吐く、そんな動画で提案した。このロゴは神秘的な生命体のようで、ぷくっと膨らんだ丸いフォルムからは、張りのある瑞々しい感触すら感じられる。ニフレル一周年のロゴを依頼された時は、シェアハウスでのパーティーをヒントに、「N」の文字がキャンドルの火を消して、「First Anniversary」のメッセージがあらわれるモーションロゴを提案して、周年らしいにぎわい感をつくりだした。

同じような発想から生まれたものとしてあげたのは、あべのハルカスの展望台のロゴ。キーワードは「見る」「高い」「300m」。空高く浮かぶ雲をモチーフにした。「展望台の高さ300mの数字と笑顔と雲を表現しました。それはワクワク、ドキドキする楽しさや、驚きと癒しの空間を満足させる展望台を印象づけます」

ニフレル外観
NIFREL(ニフレル) V.I. ロゴマーク(2015)

これまでの作品から、デザインの方法論に話は及んだ。とある建設会社の名刺を依頼された大崎さんは、建築の原点について考えた。その会社では学校や高齢者施設を多く手がける。ならば「建築は幸せをつくること」と定義し、そこから幸せの青い鳥をイメージしたキャラクター「あおちゃん」を制作。現場監督のようにヘルメットをかぶったあおちゃんは、工事現場の仮囲いサインにも使われた。またこちらの名刺は社員全員に取材して、各々のキャラクターを浮かび上がらせる文字やイラストがあしらわれている。「建築業界の人は口ベタな人が多い。だから名刺でコミュニケーションの入口をつくれるようにしました。かっこいいロゴをつくることだけが、デザインではないからです」

次にカトリック教徒の牧師の名刺を紹介。ヒントになったのは、その人の真面目さ。そこから「折り目正しい」というキーワードを導き、折り目が十字架になった名刺をデザインした。取り出せば、いつでもどこでもミサができる。「これは持ち主が自分で折らなければならない。しかもきちんと折らないと倒れてしまう。つまり行為のデザイン」。同じような例としては、夫婦となる2人の指にインクを付けて、結婚の通知状にハートを記してもらったこともある。これは思い出をつくるデザイン。「結婚してはじめての共同作業。大変だったけど今でもいい思い出だと言われます」。このようにデザインとは色やカタチだけではないことを証明してみせた。

紅茶の缶
Bund Tea Company パッケージデザイン

仕事のモチベーションは「相手に喜んでもらいたい」という気持ちから。

大崎さんが次に語りはじめたのは、師匠の三木建氏の話。「亀倉雄策賞も受賞された偉大な方ですが、カバン持ちをしながら、プレゼンの言葉をその場で聞けたり、三木さんのもとで過ごした時間はすべて自分の財産になっています」。とりわけ物語の重要性を教えられたという。「Bund Tea Company」という紅茶メーカーのパッケージは、それがいかんなく発揮された作品。こちらのパッケージには手描きのような帆船が描かれている。ロゴマークはかつてロンドンまで快速で紅茶を届けたティークリッパー。当時、世界最大の紅茶の輸出港であった上海外灘(The Bund)よりロンドンまで紅茶を輸送しており、ティークリッパーで届く一番茶には品質の証として、最高の値段がつけられた。そこで極上のお茶を届ける想いをこの船の絵に込めた。

仕事のモチベーションについて質問があがると、三木氏の事務所から独立した頃を振り返った。独立したはいいが仕事のない大崎氏、とりあえず営業に行った先で「相手のことを考えないとダメ」「どこでも使われるデザインはダメ」と叱咤された。それを教訓に次に営業に行った先では、会社のことを徹底的に調べあげ、ロゴを書き起こしてサンプルに入れたら、喜ばれてようやく仕事につながったという。「気づきはつまづきから。それが雲泥の差となる。寄り添うことは大事ですし、“その人を笑顔にする”と口で言うのは簡単だけどなかなか難しい、でもデザインは恋愛と一緒なんです。好きになったら相手のことをいろいろ調べて、喜ぶ姿が見たくなるでしょ。だから頑張れる。ぼくの仕事のモチベーションもそこから来ています」

会場風景

イベント概要

日常とデザイン シェアハウスに事務所を移転して
クリエイティブサロン Vol.122 大崎淳治氏

池田市のシェアアパートメントに事務所を移転して早や4年が経ちます。そこは若くて感度の高い様々な業種の人達、男女50人が暮らす築80年のビル。アートとカルチャーをコンセプトに、デザインの原点とも言うべき開かれたコミニュケーションがここには存在します。そんな日常の真ん中には新しい感性や刺激が満ち溢れていて、デザインを生み出す環境に、とてもプラスになっています。
そして今回は、三木健さんとの出会いから三木健デザイン事務所スタッフ時代、独立から現在までのお話を交えて、デザインの思考と事例をお話しできればと思います。

開催日:2017年02月23日(木)

大崎淳治氏(おおさき じゅんじ)

大崎事務所

大崎事務所 代表 / アートディレクター、グラフィックデザイナー
1999年大崎事務所 設立、ブランディングを中心にCI、VI、BI、ロゴ、パッケージ、サインデザイン等活動は多岐にわたる。
近年は、ニフレル(expo city):VI / あべのハルカス展望台、ハルカス300:VI / 大阪弁護士会:VI / 北おおさか信用金庫:VI / 府中病院:サインデザイン
2016年:CSデザイン賞 優秀賞、その他デザイン賞多数受賞
日本グラフィックデザイナー協会 会員

https://junji-osaki.com/

大崎淳治氏

公開:
取材・文:町田佳子氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。