つながる力で仕事を創り、地方でクリエイティブに生きていく。
クリエイティブサロン Vol.111 金谷克己氏
岩手県盛岡でデザインプロダクションを営みながら、地元のクリエイティブシーンの台風の目となっているアートディレクター金谷克己さん。絶望の底にあった44歳を機に、仕事のやり方を大転換。「仕事がない」と思われがちな地方で、従来のデザインワークを超え、「コトづくり・場づくり」へと仕事の幅を広げているその生き方は、大阪のクリエイターにとっても刺激に満ちていた。

ロック好き青年が、広告ディレクターと洋服店オーナーの2足のわらじを履くまで。
「大阪で“すべらない話”ができるかどうか……(笑)」。黒ずくめのロックファッションに身を包んだ風貌とは裏腹な、素朴な語り口で始まったトーク。冒頭、地元盛岡のまちなみや名物料理、工芸品の数々を映像とともに紹介した後、金谷さんはこれまでの歩みについて語り出した。
最初の就職先は、地元の印刷会社。やがて1990年にMacと出会った金谷さんは、24歳にして「岩手で最初のDTPデザイン会社」を友人と立ち上げ、次第に広告代理店経由でCM制作も手掛けるなど、順調にキャリアを磨いてゆく。その後、地元広告代理店のハウスエージェンシーに転職。CMディレクターとして活躍する一方で、仲間を集めてTシャツアート展を開いたり、音楽イベントをオーガナイズするなど、公私ともにエネルギッシュに動き回り始める。やがてつながりがつながりを呼んで、会社勤めのかたわら、副業で洋服店「dElvis(デルビス)」を盛岡の繁華街・菜園に立ち上げてしまった金谷さん、この時35歳。広告の仕事では味わえない、自らの表現を追求する面白さがあった。
「たとえ自己満足でも、自分の世界観で箱庭を作るようなことがしたかったんです」
たった3坪の小さな店は人気を呼び、2号店を仙台に出店。多忙になった金谷さんは退職し、現在の株式会社エディションズの前身であるサンデニスタを設立する。

44歳で迎えた人生最大のピンチと転機。そして「自ら仕事を創出する」生き方へ。
しかしやがて不況やEコマース化の波が店を襲う。店舗を縮小して出直しを図るもうまく行かず、創業から10年目の2010年に店をたたんだ金谷さんの手元には、2500万円の借金が残った。
「借金抱えておまけに離婚もして、当時は絶望の真っ只中でした。それでも僕が首をくくらずに済んだのは、店と平行してデザインの仕事も続けていたからです」
自身の生き方を見つめ直す中で、金谷さんは仕事のやり方の大転換を図ろうと決心する。これまでのような受注仕事で「待ち」のスタンスでは先がない。自ら仕事を創出するような動き方をしなくてはと考えたのだ。
「そのためには地元でもっとデザインへの関心を高めなくてはいけないと考えて、僕が発起人になって“いわてデザインデイ”というイベントを2013年に始めました。ある種のデザインやアートって仲間内だけで成立しちゃうところがあって、一般の人は入りづらい。そこを誰もが気軽に参加できるお祭りにして、なんとなく来てみたらデザインの深いところに触れることができて面白かったと思ってもらえるようにしたかったんです」
岩手のデザイナー有志が実行委員となって開催した第1回目には、予想を遥かに上回る約2,000人が来場。「涙が出るぐらいうれしかった」と金谷さんは言う。
「僕はこのイベントを3期やって、“デザインデイの実行委員長”という肩書が増えたおかげで仕事もものすごく増えました。やってよかったと一番思ってるのは僕でしょうね(笑)」

自分がニュースの発信源になること。それで次の世代を勇気づけたい。
こうして岩手で一目置かれる存在となった金谷さん。現在は地元のさまざまな課題解決に取り組む多忙な日々を送っている。たとえば盛岡市中心部の駅ビルや百貨店など5企業が共同で行う中心市街地活性化イベント「マチナカあそび塾」。岩手県西部の豪雪地帯・西和賀を舞台にした地方創生デザインプロジェクト「ユキノチカラ」。岩手の工芸品をEC圏に向けてプロモーションするためのフィンランド視察。最近ではそれらの取り組みがメディアで紹介される機会も増えた。
「田舎だと、メディア側に“この人は面白いことをする”という刷り込みができると、何か新しいことをやるたびすぐ取り上げてくれる。それはメリットですね」
さらに仕事を抜きにして、ただ「やりたい」という思いだけで取り組んでいる活動もある。地元でエッジな存在感を放つ人々の話をじっくり聞く機会を提供する「クリエイティブテーブル」だ。2016年の元旦に思いついたというこの企画、これまでに登場したのはショップオーナー、美容師、服飾デザイナーなど。個性的なゲストの経験談を通じて、ローカルで創造的に生きていく上で本当に必要なことはなんなのか、「学校や会社では学べないクリエイティブ」を若者たちに学んでほしいと思っている。

仕事のステージは「場のデザイン」へ。眠れるまちに希望のタネを蒔く「モリノバ」。
そしてトークは、金谷さんが手掛ける最新プロジェクトの話題に移っていく。金谷さん含め、盛岡愛にあふれたメンバー5人で2016年秋に設立を予定している会社モリノバ。盛岡に数多く存在する遊休不動産を活用して、まちにイノベーションを起こそうというのが狙いだ。
最初のリノベーション実績となるはずだった物件では、大家に工事費用の融資が下りず計画が立ち消えになって涙をのんだメンバー。そこに現れたのが、モリノバで定期的に開催していたまちづくりイベント「盛岡さんぽ会議」に参加し、リノベーションに興味をもった「岩手県味噌醤油工業協同組合」の理事。取り壊し寸前だった同組合事務所の建物内部に入ってみると、倉庫はイベントスペースに、車庫はオープンテラスに、小さな区画にはショップを、と青写真が次々と見えた。9月に行われた内覧会には2日間で約500人が訪れ、ここで店をやりたいというカフェや雑貨店主、シェアオフィス入居希望者も続々と現れた。
「盛岡の素敵な人が集まる場所として、盛岡に行くならあそこに行かないとねって全国から言われるようになりたい。確かに盛岡の中でも辺鄙なところにあって、地元の人は“あんなところに人なんか来ないよ”って言いますけど、わざわざ足を延ばしてでも行きたくなるような場所をひとつ作ることで、周辺全体のイノベーションにつながると思うんです」

地方で生き残っていくためには、ハブになることとオールマイティであること。
デザイナーであると同時に、ローカルのハブでありたいと言う金谷さん。企業や生活者とクリエイターをつなぐことも、クリエイター同士をつなぐことも、さらには地域と地域をつなぐこともそこには含まれる。盛岡は小さなコミュニティだからこそ「あの人に聞けばきっと何か知ってる」「あの人に頼めば○○な人を集めてくれる」というキーパーソンの存在価値は大きい。
「でも、こんな活動してると僕はもうデザインなんてやってないと思われそうですけど、いまだに入稿データ制作まで全部やってるんですよ。東京なら何かに特化したスペシャリストでもいいのかもしれませんが、田舎では僕みたいにCMもやれば雑誌の組版もやるしイベントのプロデュースもやる、というふうにオールマイティでないと厳しい。あとは自分と同世代の経営者とのつながりを持つことも重要ですね」
「どんな田舎でも仕事は創れる」と言い切る金谷さん。だから最近多いIターンやUターンのクリエイターも、よそ者の目線を生かして、都市部とつながり何かを発信していけば、チャンスをつかめるはずと話す。
「僕、実はすごい人見知りなんです」と言いながらも、「今やりたいのは、全国各地の、できれば岩手県と同じぐらいの人口規模の土地に行って、地元でクリエイティブな活動をしている人と会って話をすること。どんなまちづくり、どんなクリエーションをして、どう全国に発信してるのか、それを吸収したい」と話す金谷さん。デザイナーという職域を超えて、好奇心の旅はまだまだ続きそうだ。

イベント概要
ローカルクリエーションをつなぐ役割
クリエイティブサロン Vol.111 金谷克己氏
都市と比較して圧倒的に仕事が少ない地方で、クリエイティブな仕事をつくるためにデザイナーが出来る役割とは何か。また、地方でクリエイティブな仕事をしていく上で必要なことはどんなことか。
岩手県盛岡市でデザインプロダクションを経営しつつ、地元デザイナー有志で運営しているデザインイベント「いわてデザインデイ」の立ち上げ、ローカルクリエイションの啓発活動やまちづくり事業など、デザイナーとしての幅を超えた活動を広げる意義をお話しします。
開催日:2016年9月16日(金)
金谷克己氏(かなや かつみ)
株式会社エディションズ
株式会社エディションズ代表取締役 / クリエイティブディレクター
1966年生まれ。岩手県内の印刷会社・制作プロダクションのデザイナー、広告代理店アートディレクターを経て、2003年に独立。グラフィック・CM等の分野で活動の他、盛岡・仙台にてセレクトショップを経営、バイヤー、BARプロデュースなども手がける。
2007年、株式会社エディションズを設立。以後は、盛岡にてアートディレクションの仕事を手がける。また、地元企業や行政のブランディング・プロモーションに関するアドバイザーとして各地で講演やセミナーなども行っている。
2013年より岩手の企業のデザイン意識向上をはかるため、デザイナー有志で運営する岩手発のデザインイベント「いわてデザインデイ」を立ち上げた。
代表作:地方創生 地域づくりデザインプロジェクト「ユキノチカラ」
日本デザイン振興会と信金中金、岩手県内の6人のデザイナーで手がけるローカルブランディング事業
日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)会員
いわて産業振興センター産業支援アドバイザー
いわてデザインデイ実行委員長

公開:
取材・文:松本幸氏(クイール)
*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。