オリジナル作品を発信するために必要なこと
クリエイティブサロン Vol.108 糸曽賢志氏

宮崎駿氏、大林宣彦氏、今敏氏。今回のゲストスピーカーである糸曽賢志氏が関わりを持ってきた人物には、日本映画界を代表する巨匠の名前がずらりと並ぶ。アニメ監督、プロデューサー、PV監督、大学教授の顔を持つ糸曽氏の活躍は多岐にわたる。そんな糸曽氏のルーツ、作品を作るための資金繰り、「スタジオジブリ」時代の経験、映像業界の現状にまで及んだ話に、来場者は真摯に耳を傾けた。

糸曽賢志氏

糸曽氏のクリエイターとしてのルーツは漫画にある。もともと絵を描くことが好きで、広島で過ごした高校時代から、「週刊少年ジャンプ」に定期的に持ち込みをかけていた。だが、「7年、8年くすぶっていて、すごく不安な毎日だった」という本人の弁のように、8年間持ち込みを続けたが思うような結果は得られなかった。出口の見えない状況で編集部を訪ね、「なぜ連載できないのか教えて下さい」と頭を下げると、編集者から返ってきたのは「ジャンプに載っている漫画を見返してみなさい」という言葉だった。

編集者の言葉に従い、ジャンプのバックナンバーにじっくり目を通してみると、連載枠にはギャグ、ストーリー物、バトルなどのジャンルがあり、同じジャンルの作品が同時期に連載されることは稀であることに気づいた。そこで糸曽氏は、当時のジャンプには連載がなかったマスコットキャラクターが出てくるジャンルに挑戦し、原稿持ち込みを再開した。結果的に連載獲得までには至らなかったが、連載作品を検討する会議の候補作となるまであと一歩のところには駒を進めることができ、「僕のような天才じゃないタイプは、分析することが大切」ということを理解したという。そして、編集者との厳しいやり取りはその後の創作活動に活きることになる。

後述するが、糸曽氏はクラウドファンディングで累計金額8億円以上の資金調達に成功しており、ギネス記録にも登録されている。その偉業の根底には、漫画家を志した時代の、試行錯誤の積み重ねがあるのかもしれない。

アニメのシーン数点
演出として参加した今敏監督の長編アニメーション「夢みる機械」 ©KON’S TONE / MAD HOUSE

スタジオジブリで磨かれた思考力

絵を描く仕事という選択肢は、漫画以外にもある。糸曽氏は漫画の持ち込みを続けながらも、1998年に「スタジオジブリ」が公募した演出家養成塾に10代で応募する。狭き門をくぐり抜け合格した糸曽氏は、尊敬してやまない宮﨑駿氏に師事するようになった。「技術的な部分より、これまでに触れたことのない思考や発想を肌で感じられたのが大きかった。今までは考えたことすらなかったことを、毎日教えてもらえた」と、振り返るようにジブリでの経験は、糸曽氏を大きく成長させる転機となる。特に“作品に意味を持たせる”ということを深く理解したのは、この時だったという。宮崎氏から掛けられた言葉の中で、今も糸曽氏の胸に深く刻まれているのはこんな言葉だ。「エンターテイナーは“嘘つき”である必要がある。クリエイティブに関わる人は、どこかで嘘をついて話す必要があるし、逆に話を聞いている時は“疑う”ものの見方も大切」

ジブリで濃密な時間を過ごす中で、作品を作るために自身の分析も行う時間も自然と増えていった。その中で自分は熱しやすい“オタク気質”ではなく、物事を論理的に読み解いていくのが得意という考えに行き当たる。作品を作り上げる時に、“何を一番伝えたいのか”ということを主軸に、物語を構成する現在のスタイルの礎を築いたのはジブリの経験に寄る部分が大きい。「宮崎さんは、自分の本当に言いたいことを作品の水面下に隠すのが上手かった。ジブリではそういった個々の表現の方法や見る側への伝え方を学べました」

採算を緻密に分析することの重要性

糸曽氏曰く、商業作品を作ることと、自分が撮りたい作品を作ることには明確な差があるという。「商業作品の場合は、クライアントに対して自分が持つ技術を提供することが仕事。オリジナル作品を創る場合は、TVアニメのDVDすらまともに売れない今の時代、資金集めから自分で行う必要があります」。実写、アニメーション、音楽PVなどに監督として関わってきた糸曽氏は資金繰りの難しさを痛感している。

総監督・プロデューサーを務めたオリジナル・アニメ「サンタ・カンパニー」製作時も、数千万から億円に届く資金をゼロから集める必要があった。まずは銀行回りからスタートするが、返ってきたのは「で、どうやってお金を返すのか」という冷やかな反応ばかり。そこで、国や地方自治体の助成金制度を利用して資金を捻出する方法を模索し、これまでになかったアプローチを行った。映像教育の現場で使われる資料は、著作権の問題もあり講師自身で作成することが多い。そこで、「実践型教育カリキュラムがあれば教育機関に買ってもらえるのでは」と思いついた。「教材を作るときにはアニメが必要」という逆転の発想で、東京都の助成対象プロジェクトに選定され、資金捻出だけではく販路開拓・認知度向上にもつながった。また、脚本を書籍化すれば、作品の映像化の近道になるというアイデアも思いつく。出版社に相談すると、書籍化の目安は販売部数3000部、それを達成するために、1000部を自主買い取りするという“荒業”もやってのけた。電話営業をしたり、100社以上の企業や団体に足を運んだりしてタイアップや企画を持ちかけていき、自身の営業力で1000部を売り切った。

アニメのチラシ
総監督・プロデューサーを務めたオリジナル・アニメ「サンタ・カンパニー」 ©KENJI STUDIO

自身の強みを理解し、いかに市場に発信するか

そして、最も特徴的なのはクラウドファンディングでの資金捻出だ。糸曽氏は、クラウドファンディングの後進国である日本より、日本のアニメに高い関心を持つ海外市場に目をつけた。決して得意ではない英語を駆使し、市場調査から傾向分析をひとりで行い、ニュースサイトへのプレスリリースまで行う徹底ぶりで資金を集めていく。

「事前にリサーチをしていくと、いくつかの傾向が見えてきました。例えば、欧米ではクリスマス時期に散財するため1月と2月は避けたほうがよい、木曜日が最もお金が動く、4・5・6月がよく集まる、最初の48時間でいかに集めるかが重要などです。もともと分析は苦じゃないので、そういった作業も楽しみながら新しい経験ができたことも良かった」

助成金+教材化+クラウドファンディング。糸曽氏は、この3つの軸で「サンタ・カンパニー」製作に必要な資金の大半を集めることに成功した。100社以上の営業回りも厭わない行動力。マーケティングにも通ずるリサーチ力。目的を達成しようという強い意志と柔軟な思考力。「オリジナルの作品を撮りたければ結局の所、全て自分の責任でやれば良いと思っています」。そんな力強い言葉が印象に残った。

現在、大阪成蹊大学教授として後進の育成にも励む糸曽氏は、映像に接する次世代の若者達の変化についても言及していた。「多様な情報を手に入れられる現代だからこそ、今の学生達の世代は、想像の余地がないぐらいがんじがらめの常識の中で生きています。私が担当する生徒達はすごく素直な子が多く、作品にもそれが顕著に現れています。でも、ただ素直なだけでは作品は生み出せません。『そうじゃないこともあるよね』、という考え方の部分を伝えていきたいと思いますね」

スライドの説明をする糸曽氏

イベント概要

世界へオリジナル作品を発信する。
クリエイティブサロン Vol.108 糸曽賢志氏

スタジオジブリで学んだ世界に通用するモノづくりの秘訣をはじめ、大規模プロジェクトの製作手法や裏側を解説。また、著作権を100%所持しながらも作品公開前に製作費用を全て回収したことで話題に上ったオリジナルアニメ「サンタ・カンパニー」を中心に、国内外クラウドファンディングの状況や助成金の活用事例もご紹介します。大使館や飲食業界、教育業界も巻き込んだ大胆な作品宣伝手法と得られた効果も公開予定です。

開催日:2016年8月23日(火)

糸曽賢志氏(いとそ けんじ)

株式会社KENJI STUDIO

大阪成蹊大学 教授、株式会社KENJI STUDIO代表取締役。
10代でスタジオジブリの宮崎駿監督に師事後、2006年に大林宣彦氏のプロデュースにより映画「セイキロスさんとわたし」で監督デビュー。近年は「SMAPコンサートツアー」映像の監督、劇場版「進撃の巨人」のプロデューサー、劇場アニメ「サンタ・カンパニー」の総監督、「フィンランド独立100周年記念アニメ」の監督など幅広く手がけ、作品は「カンヌ国際映画祭」等で評価されている。クラウドファンディングを活用した作品製作に造詣が深く、「Kickstarter」で累計金額8億円以上の資金調達に成功している。

http://www.itoso.net/

糸曽賢志氏

公開:
取材・文:栗田シメイ氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。