デザイン×アート〜関西から世界へ。期待を超えたものづくりをめざして
クリエイティブサロン Vol.100 泉屋宏樹氏

この日、第100回目を迎えたクリエティブサロン。節目となる回に登壇したのは、メビック扇町のほど近く、天神橋筋商店街で生まれ育ち、この地で活躍するおそらく唯一のクリエイター、泉屋宏樹さん。広告デザインやCI・VIなどを手がけるグラフィックデザイナーおよびアートディレクターでありながら、版画家としても活躍する泉屋さんのモノづくりのテーマは「アートとデザインの融合」。これまでの数々の出会いと経験を通じて見えてきた、社会におけるアーティストとデザイナーの役割や、作品と社会を繋ぐ取り組みについて、自ら手がけたワークを通じて語ってくれた。

泉屋宏樹氏

さまざまなアーティストたちとの出会いで見えた、自分の役割。

現在の泉屋さんを語る上で欠かせないのは、モノづくりに携わる作家やアーティスト、職人さんとの無数の出会い。その一人が書家の上田普(うえたひろし)氏だ。泉屋さんは新卒で東京の制作会社に入社し、営業としてさまざまなミュージシャンの販促物を手がけた後、「外から日本を見てみたい」という想いからワーキングホリデーを利用してカナダのトロントで2年間を過ごした。現地では子供たちに絵を教えたり、アートフェスで版画の作品を売ったりする中、多彩な分野のアーティストたちと出会い、その中に上田氏もいたという。二人は空間作りや展示の見せ方、販促物のデザインなどそれぞれの得意分野を活かし、現地での作品展をはじめ国内でもこれまで数々のコラボワークを行ってきた。「アーティストは自分の世界観を追求することに全力を捧げています。それを発信するのがディレクター」。泉屋さんは自身が版画家として活動しながらも、アーティストたちの作品を世の中に発信し、アートとデザインがどのように絡み合うかを模索し続けている。

展覧会チラシ
泉屋さん、上田普さん、上田バロンさんのコラボレーションで開催された「虎・TORA・トラ」展(2014年11月)

関西のクリエイティブを集結させた前代未聞のモノづくり

そしてもう一人、転機となった出会いが中川学氏である。中川氏は寺院で僧侶を務める傍ら、絵本『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』や京極夏彦氏の「えほん遠野物語」などを手がけるイラストレーター。ある日、泉屋さんは中川氏から敬愛する泉鏡花の短編「龍潭譚(りゅうたんだん)」の絵草紙をつくりたいと相談される。「泉鏡花」については、名前を聞いたことがある程度だったが、調べるうちに泉鏡花の作品の装丁から挿絵、商業広告などあらゆるデザインを手がけた小村雪岱の存在を知った泉屋さんは“中川氏にとっての小村雪岱になろう”と決意。制作におけるすべての設計図は泉屋さんが担い、イラストはもちろん中川氏。装丁は泉鏡花の妻と母の名前である「すず」にこだわり、今泉版画工房の摺師、今泉浄治氏が錫箔を一つひとつ貼付け、題字を銀箔で押した。印刷はアサヒ精版印刷のプリンティングディレクター築山万里子氏が担い、上質の紙面や本編末尾にある手彫り細工のようなトムソン抜きのつつじの花を実現。さらにミュージシャン山口智による各章ごとのイメージ音楽CDを封入するなど、関西を代表するクリエイターたちの高い技術とこだわりがつまってできた絵草紙は、印刷会社に「このクオリティでの増刷はムリ」と言われるほど完成度が高く、値段はなんと一冊3万円。

「作っただけで終わりにしたくない。これを誰に届けるべきか」そう考えた泉屋さんは、まず金沢の泉鏡花記念館へ出向き、そこで出会った学芸員の穴倉玉日氏と意気投合。記念館での原画展を企画、開催することに。そこから茶店でのトークイベントや朗読会、さらに金沢を飛び出し大阪のギャラリーでも制作過程を見せるトークイベントなど精力的に活動。泉鏡花×中川学の龍潭譚はTVの情報番組に取り上げられるほど注目を集めた。

龍潭譚の装丁と中面
『龍潭譚』

関西のモノづくりが海外のデザイン賞を獲得。

龍潭譚のプロジェクトの成功は翌年、明治30年発表の短編「化鳥(けちょう)」の絵本制作へと繋がる。5年に1度開催される「泉鏡花フェスティバル」に合わせての依頼だった。イラストは中川氏、題字は書家の上田氏、泉屋さんは企画・デザイン・ディレクションを担当。当然、龍潭譚ほどの予算はかけられなかったが、こちらも装丁や印刷などさまざまな技術が集結し、鏡花の世界観が見事に表現された。フェスティバルではワークショップやアニメーションの上映会を行うなど龍潭譚と同様、つくった後も泉屋さんは鏡花の世界を発信し続け、結果『絵本 化鳥』は業界では異例の増刷となった。

「泉鏡花の作品をどこに届けるかって考えたとき、ぜひ海外に発信したい、海外で広がったあとに逆輸入したいと思ったんです」。海外でのアーティスト活動の経験から、「関西から世界へ」という想いが強い泉屋さんだが、『絵本 化鳥』は国内の造本装幀コンクールに続き、香港デザインセンターが主催するアジアデザイン賞も受賞。授賞式には上田氏と二人で出席した。夢が形になった瞬間だった。

絵本化鳥の表紙
『絵本 化鳥』

アート、デザイン、社会……さまざまなモノを繋ぐ架け橋として。

作家として作品を、デザイナーとしてモノをつくりながらも、常にディレクターとしての立場でプロジェクトの全体を見つめ、誰に、どのように届けるのかを考え続ける泉屋さん。「デザインに興味がない人やアートは少し敷居が高い、そう思っている人たちの架け橋になれればうれしい」と話す。その想いと取り組みは「海外と関西」「アートとデザイン」「作家と社会」など一見遠く離れて見えるさまざまなものを一本の糸で繋いでいるようだ。

最後に、「地元で活躍するクリエイターとして、ここから発信できることを追求したい。」そんな強い意志を語り、第100回目のサロンは幕を閉じた。

会場風景

イベント概要

デザイン×アート~関西から世界へ。期待を超えたものづくりをめざして。~
クリエイティブサロン Vol.100 泉屋宏樹氏

メビック扇町のほど近く、天神橋筋2丁目の呉服屋「司光」の息子として生まれ育ち、早41年。デザイン、アートの世界に飛び込み、紆余曲折、自己流ながらも様々な経験や出会いを重ね、多種多様な作家、職人とのチームワークを武器に、多くのものづくりに関わる事ができました。今回は本作りにまつわるお話や、節目となった出会いや仕事、制作話やこれからの事……。またデザイン以外にもざっくばらんにお話したいと思います。

開催日:2016年6月27日(月)

泉屋宏樹氏(いずみや ひろき)

iD.(アイディー)

iD.(アイディー)代表 グラフィックデザイナー・版画家
1974年大阪生まれ。東京のデザイン事務所で企画営業を担当後、カナダ・トロントで2年間活動。
帰国後、デザイン専門学校講師を経て独立。デザインとアートを横断的に捉え、広告やブックデザイン、展覧会の企画を中心としたグラフィック全般のアートディレクションを展開。
近年では金沢・泉鏡花記念館シンボルロゴ、泉鏡花作・中川学絵による繪草子『龍潭譚』、泉鏡花文学賞制定40周年記念プロジェクトとして制作された『絵本化鳥』の装幀を担当。
第47回造本装幀コンクールで『絵本化鳥』が読書推進運動協議会賞、2013年アジアデザイン賞で繪草子『龍潭譚』が銅賞、『絵本化鳥』がメリット賞を受賞。

http://www.id-izumiya.jp/

泉屋宏樹氏

公開:
取材・文:和谷尚美氏(N.Plus

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