「本音」「おせっかい」「笑い」をたずさえ境界を越えてゆく生き方を
「この街のクリエイター博覧会2024」三木健氏特別講演
去る3月13日、メビック発足20周年を記念し、大阪のクリエイティブパワーを発信する祭典「この街のクリエイター博覧会2024」が開催された。その中で早くから満席・キャンセル待ちという事態になっていたのが、グラフィックデザイナー三木健さんによる特別講演。これまで数々の賞に輝き、独自のデザイン教育メソッド「APPLE」でも国内外から注目を集める三木さんは、「デザイナーがこの街・大阪で生きていくためには」という問いにどう答えるのか。百戦錬磨のベテランが大切にする「3つの大阪人気質」について、耳を傾けてみよう。
「3つの顔」を持つ今につながる、若い日の経験
デザイナーとして独立してすでに42年。関西のみならず国内外のデザイン界にインパクトを与え続けてきた三木さんは、現在3つの顔を持つ。一つめは三木健事務所を率いるグラフィックデザイナーという顔。二つめは十数年にわたって教鞭をとってきた大阪芸術大学の教授としての顔。そして数年前に加わった三つめの顔は、大阪芸術大学附属 大阪美術専門学校の校長。
「大阪で生き残るためにという、えらくむずかしいお題をいただきましたけど、そんなんわかるわけないやん!(笑)」
そんなふうにのっけからジャブを入れて笑わせつつも、「とはいえクライアントの意向にはしっかり応えることが、デザイナーにとっては重要なのでね。今日は『3』という切り口でお話をしようと思います」と語り出した三木さん。「大御所」のイメージを裏切るようなやわらかな物腰とお茶目な口調が印象的だ。
話はまず、独立間もない28歳の頃にさかのぼる。当時、三木さんに影響を与えた人物が、コンセプターの木原卓也さん。コンセプトの本質は「妊娠」であると説く、この7歳年上の先輩と共にさまざまな仕事に取り組みながら、三木さんはブランドの受胎から誕生、成長までを構想しデザインするという意味を学んでいく。
「赤ん坊と同じで、生みっぱなしではダメ、というのが彼の口癖でした」
大阪の本音「もうかりまっか」に応え、企業とともに育つべし
そんな経験の一つが、30歳の頃、U-COFFEEのために手がけた「ヌーヴォーコーヒー」。コーヒー産出国12カ国からなる「コーヒーリパブリックス(共和国)」なるものを設定し、商品だけでなくそれぞれの土地の文化や風土まで届けることをコンセプトとした。プリミティブな民俗モチーフと冒険旅行のスピリットを散りばめたパッケージやパンフレット。共和国の国歌をイメージした音楽。さらには行商人のトランクのような売場演出キットまで。ブランドの世界観や体験まるごとをデザインし、「モノの充足から精神の充足へ」という戦略を形にした。まさにブランディングによる圧倒的な差別化だ。ちなみに38年前は、まだブランディングという概念がなかった時代だ。
ここで「大阪で生きるため」に欠かせない、三木さん流マインドセットの一つめが登場する。
「大阪の本音、“もうかりまっか”に応え、経済を生み出すど真ん中に球を投げることです。そのためには、クライアントと“共育ち”できる関係をつくることが大事です」
単なる制作物の受注者に終わるのではなく、デザインの力でクライアントの経営にまで関与していく。三木さんにとってデザインとは、「情報を建築のように捉え、立体的に環境化する行為」だという。そのために大切にしているのが、3つの「見る」、つまりsee(俯瞰)とlook(観察)とwatch(動くものに対する注視)。言い換えると、着眼大局・着手小局。広く全体を俯瞰しながら、目の前にある小さなことをコツコツ実践していくことだ。
めざすは大阪のおばちゃん? おせっかいという名の「越境」を
そして三木さんはブランディングも三位一体で考える。
「ブランディングとは、お客様との絆づくりです。人にたとえるならば、それには3つの要素があって、最初に重要なのが、“心づくり”。これはマインドアイデンティティ、つまり理念や行動規範の成文化です。そして次に“顔づくり”。これはビジュアルアイデンティティ、視覚によるわかりやすさの設計ですね。最後に“体づくり”、つまりビヘイビア(行動)アイデンティティ、お客様の“幸せ満足度”を意識した仕組みづくりです」
そんな取り組みがよくわかる事例が、京都祇園のショコラトリー「加加阿(カカオ)365」。洋と和の融合から生まれる京都流「ほんまもん」のチョコレートを通して、四季の巡りとともに日々を丁寧に暮らすライフスタイルを発信しようと決めた。先述の「心づくり・顔づくり・体づくり」を徹底的にやり切るには、理念の共有から商品構成、製品デザイン、パッケージ、空間演出、おもてなしのスタイルまで、考える範囲は多岐にわたった。
「日々是好日をテーマに1年365日、正確には閏年を入れて366日、毎日違うチョコレートをデザインしようと考えて、スタッフ総出でつくったのが366のコンセプトと紋です。これ、めちゃくちゃ大変でした。それからチョコレートのおいしさを図化する“味覚チャート図”もつくりました。チョコレートに含まれるさまざまな風味・香りの設計を、その強弱とともに可視化するインフォメーションデザインですね。あれもこれも、頼まれてもいないのに、ここまでするバカは世の中にいないんじゃないですかね」
「そこそこ」でおさまることを知らない、「とことんやり切る」思考。
ここで再び「大阪で生きるため」のマインドセット、二つめの登場だ。
「大阪のおばちゃんたちの“飴ちゃん食べる?”というおせっかい。あの“越境する力”に学ぶことです。既存のデザインの領域を超えて、未知の人や分野にも物おじせずに勝手に近寄っていくんです」
クライアントのその先にいるお客様を笑顔にするため、知恵を絞る
「大阪のおばちゃん」という意外なテーマが飛び出したところで、話題は2021年に兵庫県立美術館で開催されたコシノヒロコ展「TO THE FUTURE 未来へ」に移る。86歳(当時83歳)にして今なお現役ファッションデザイナーとして活躍するコシノさんから依頼を受け、三木さんは展示構成や宣伝美術を担当することになった。「コロナ禍やウクライナ戦争などが暗い影を落とす現代社会に、かつて自分が絵を描くことで味わったワクワク・ドキドキを伝えたい」というのがコシノさんの想いだった。
「外国人スタッフのデザイナーやモデルと一緒にフィッティングをしていて、熱を帯びてくるほどに、“ちゃうねんちゃうねん!ここ『ギューッ』と上げて『グルグル』と絞るねん!”と会話がオノマトペだらけになるんですよ。そのエネルギーが周囲に伝わる。これだ、と思って、“ヒロコさん、オノマトペで行きましょう”って言いました」
たとえば「ニョキニョキ」の部屋では、カラフルなタイツ400本を壁から飛び出させ、「ピョン」の部屋では、コシノさんが描いた絵を映像で繋ぎ、まるで絵本の中に来館者をいざなうような仕掛けをほどこす、という具合。ほかにも美術館の天井にコシノさんをかたどった巨大バルーンを浮かべたり、大階段にロボット仕掛けの動くマネキンを並べたりと、まさに驚きと遊び心満載のエンターテインメントワンダーランドに仕立てた。そこには「訪れる人に夢を与え、笑顔にしたい」というコシノさんと三木さんの強い意志がある。
ここで導き出されるのが、「大阪で生きるため」のマインドセット、三つめだ。
「大阪の笑いの精神を忘れないこと。笑う門には福来る。クライアントのその先にいるお客様を幸せにし、笑顔にするにはどうすればいいかを考えることです」
デザイン教育を通じて、若い世代にバトンをつなぐ
40年以上にわたってビジネスという「実学」で培ってきた、三木さんなりの「大阪で生きるため」の3箇条が出揃ったところで、トーク後半のテーマは、若い世代と取り組む「学び」へと移ってゆく。
三木さんといえば、大阪芸術大学の基礎実習のために構築した独自のデザイン教育メソッド「APPLE」で有名。その評判は国内のみならず海外にも広がっており、その実践をまとめた書籍は、現在、日英中韓の4カ国語で出版されている。
「りんごという誰もが知っている果物を通して、知覚と認識の違いに気づき、自分が無知であるという“無知の知”を悟ることから本当の学びは始まります。この教育メソッドは、りんごを巡ってデザインの基礎を学ぶ授業です。身体感覚を“不自由さ”から学んだり、偶然の幸運に出会うセレンディピティを鍛えるために“起点と機転”の重要さを学んだり、“考え方の考え方”や“作り方の作り方”や“学び方の学び方”を通して“気づきに気づく”多彩なプログラムを用意しています。自分の目で見て、自分の頭で考えて、自分の耳で聞いたことを、誰かのコピペじゃなく自分の言葉で語ることの大切さを、学生たちに伝えたいと思ったんです」
そして三木さんが校長を務める大阪芸術大学附属 大阪美術専門学校では、「ビセン7則」を定め、学生たちの行動規範として示すとともに、授業の組み立てにも活かしている。
曰く
- 最小の表現で最大の効果を
- ユーモアは魔法の薬
- 語れるモノづくり
- 広い視野と小さな視点
- 残すものと新しくするもの
- わかりやすさの設計
- 喜びのバトンをつなぐ
というもの。ここにも三木さんが40年以上かけて体得してきた、デザインの本質が詰まっている。
「そこそこ良い」がもっとも危険、「とことん良い」をめざす教え
いよいよトークも終盤に近づくと、三木さんの薫陶を受けたゼミ生たちの研究事例がいくつか紹介された。
たとえば「餃子」という言葉に潜む「交わる」の字にインスピレーションを受け、異文化のクロスオーバーから生まれる新しい餃子を考えた学生。野菜や肉、魚など素材を生かしたスナックのような「和食バランスバー」のシリーズを考案し、ユーザーが献立を自由に編集できる未来を構想した学生。どれもユニークだ。
最後に登場したのは、ゼミOGであり、現在、三木健デザイン事務所に在籍する荒川芙生さんの研究成果。「ココロとカラダを整える」というコンセプトから構想したお香 Pure Scentのトータルクリエーションだ。海や木漏れ日など自然界に存在する「1/f ゆらぎ」をキュレーションし、香りで再現しようというのが彼女の着眼点。
二重螺旋や雫のフォルムをヒントに15種類ものお香のデザインを企画し、これまでにない発想で、香りのトーンによる強弱が常に変化し続けるよう組み立てた「1/f ゆらぎ」の香りを作り出している。
そして3Dプリンターを使ってそれぞれのお香のプロトタイプを製作し、ネーミングからパッケージ、パンフレット、ポスター、動画といったすべてを一貫した世界観でデザインし切った。まさに三木さんのいう「情報を建築のように捉えて立体的に環境化する」を実践している。「そこそこ良い」がもっとも危険、「とことん良い」をめざすべし、という三木流が、若い試行錯誤の中にもしっかり根付いているのがわかる。会場で耳を傾けていたクリエイターの多くも、身の引き締まる思いがしたことだろう。
「本音という“ど真ん中”」「おせっかいという“越境”」「笑いという“おもてなし”」、この3つの大阪人気質を忘れず、やるとなれば「とことん良い」をめざしてやり切る。それこそがクリエイターの生き方なのだ、という力強いメッセージに満ちた1時間半の特別講演。
最後に三木さんは「みんなで五本締めをして終わりましょう」と会場に呼びかけた。三三七拍子に合わせて最初は人差し指一本だけを打ち鳴らし、やがて指を二本、三本、と増やしていき、最後に指五本揃えて手拍子を打つ。ひそやかだった音が徐々に大きくなって会場に満ちていくにつれ、居合わせたオーディエンスの心も一つになっていくのがわかる。ここにもまた三木さん流「デザインの力」が働いているんだな、とニンマリせずにはいられなかった。
イベント概要
特別講演「デザイナーがこの街・大阪で生きるためには」
「この街のクリエイター博覧会2024」同日開催イベント【1】
経済のさらなるグローバル化や、政治・行政、経済、文化などの諸機能の首都圏への集中など、大阪の相対的地位が低下する中、クリエイターやデザイナーが「この街=大阪」で今後も活発に活動していくためには、何をすべきでしょうか? 長年にわたり大阪を拠点に活動してきたグラフィックデザイナーの三木健氏に、これまでのご経験を踏まえ、クリエイターやデザイナーが大阪で生きていくために必要な術について話題提供いただき、今後を考えるヒントを得たいと思います。
開催日:
三木 健氏(みき けん)
三木健デザイン事務所
グラフィックデザイナー
話すようにデザインを進める「話すデザイン」と、モノやコトの根源を探る「聞くデザイン」で物語性のあるデザインを展開。「心づくり」という理念の成文化から始まり、「顔づくり」という名前やデザインを見つけ出し、「体づくり」という仕組みづくりから商品開発へと発想を広げ、「語れるモノづくり」によってプロジェクトの存在意義を明確にする。機能的価値と情緒的価値の重なりに浮かび上がる「幸せ満足度」をお客さまに届けるためにパーパスブランディングを展開。大阪芸術大学教授。
公開:
取材・文:松本幸氏(クイール)
*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。