デザインから考えるドイツの都市の発想
クリエイティブビジネスフォーラム
ドイツのエアランゲン在住のジャーナリスト高松平藏氏を迎え、ドイツの地方都市のデザイン事情から、日独のデザインに対する考え方の違いやデザインが都市や市民生活に与える影響について独自の見解を交えつつ話を伺った。
デザインってなんだろう
デザインというと色や配置といった「意匠」という意味合いに取られがちですが、本来は「設計」といった解釈をすべき大きな概念です。参考までにRalph and Wandの定義では、“デザインとは与えられた環境で目的を達成するために、さまざまな制約の下、利用可能な要素を組み合わせて要求を満足する対象物の使用を生み出すこと”とされています。
今日は都市に溢れる看板、広告、造形物などにおける「デザイン」の観点から「社会の発想」を読み解いてみましょう。
ドイツにおけるアイコン型デザインとシンボルの共有
ドイツには各政党の色があり、シンボルカラーでもってイデオロギーをイメージさせています。国民は感覚的にその政党の世界観や思想を理解することができます。選挙後、複数の党で連合する場合も、色の組み合わせで表現されるのが面白い点です。
また、ヨーロッパに古くからある紋章は、元は戦争のときに敵と味方を見分けるためのものでしたが、家同士が婚姻で一緒になったような場合、新たに両者のシンボルをうまくあわせた紋章が作られるなど、記号として独自の体系があります。この発想は現代の会社やチームのロゴなどに踏襲されていると考えられます。たとえばBMWのロゴはその一部にバイエルン州の州旗を取り入れたようなデザインです。これはBMWがバイエルン州を拠点としていることからシンボルを共有しているためで、こういった例は他にシュツットガルトにおけるポルシェやサッカーチームなど多数見られます。
ドイツの中世の景観を残しているような街では、それぞれのお店の看板も中世を思わせるデザインのものが設置されている場合もあり、大変美しいです。街全体を見ると、大きくはないものの、まるでアイコンのように一目でお店の存在が分かるようになっています。こういったアイコン型看板発想とでもいったようなものは現代的ロゴにも見い出せます。
エアランゲンの街とデザインの関係
私が住んでいるエアランゲン市は人口10万人ほど、大阪でいうと阿倍野区くらいの小さな街です。この町にも歴史的な市の紋章がありますが、今日は1970年代に作られたロゴを少し紹介しましょう。
同市は17世紀にバロック形式の碁盤の目状の都市計画に基づいてつくられたのですが、正方形を組み合わせたロゴはその街並を表しています。ロゴのなかで一つだけ開いている部分がありますが、これはかつてフランスから宗教弾圧を受けたプロテスタント系の移民を受け入れたという歴史を表すもので、「受け入れる・寛容」という意味合いが込められています。それから実際の街を見てみると、特に市街地などは景観の維持がなされ、バロック型の町並みと古い建築物がけっこう残っている。しかし中身といえばマクドナルドやアップルストアなど現代的な店になっていて、看板もアイコン型デザインを使って主張しています。
ドイツと日本における街づくりの違いは“物語”
ここでアイコン型看板と街づくりの関係をもう少しまとめてみましょう。ドイツの全体に言えることですが、街には歴史や文化といった「都市」という物語が大前提にあり、その大きな物語を崩さないように建物をつくり、小さな主体(店舗等)が存在を誇示するためにアイコン型のデザインを用います。街が持っている物語を維持しながら発展させるという考え方です。
たとえば、エアランゲン市のマクドナルドは歴史的建築物の元郵便局をつかっています。これによって都市の歴史や文化といった物語を維持しながらも中身を時代に合わせて更新し、価値を積み重ねて行く。その結果、街全体は秩序のあるビジュアルになります。日本だと建物ごと壊してその上に新しいものをつくるのが普通ですよね。さらに道路ができると道路沿いにいろんなものが無秩序にできてくる。それを僕は「国道文化」と呼んでいます。沿線都市開発といったものも同様。当時の方法としては正しかったのかもしれませんが、大きな物語を共有しないまま道路や鉄道をつくった場所に、小さな主体がどんどんそれぞれの物語をつくって自己増殖していくと、どうしてもごちゃごちゃとした印象になってしまう。たとえば一枚の広告をデザインするとき、せっかく全体を捉えた大きな物語を考えても、クライアントに「ここの文字もっと大きくして」とか「派手にして」とか言われることってありますよね。そうすると一枚の紙の上に様々な要素を配置することでできていた「物語」そのものが崩れてしまう。それと同じです。80年代の東京の街づくりなどは顕著な例で、当時は資本の論理で他と比べてどれだけ変わっているか、という基準でモノをつくった。つまり小さな物語の自己増殖に繋がっていきました。これがドイツと日本の大きな違いです。
しかし、ドイツの「大きな物語」の元になるのは結局「美観」とか「郷土愛」という非常に抽象的で感情的なものなんです。抽象的なものを体現するためには普遍性を持たせないといけない。それには理屈が必要です。きれい、美しいという感情を理論立てて社会運動などで共有し、それが景観法へと繋がっていきました。加えてドイツの各都市には都市法があり、単純に人口が多ければ「都市」というわけでもなかった。美しい街は権力の象徴でもあったんです。それから、実は政治もそう。日本で「イデオロギー」というと、ちょっと構える人も多いですが、イデオロギーもアイデアの「大きな物語」のひとつなんです。冒頭で紹介した政党のシンボルカラーは「大きな物語」を示すものと考えると分かりやすいかと思います。
文化を重要視することで蓄積された豊富なアーカイブ
マーケティングの手法で街づくりを進めてきた日本。それに対してなぜドイツは「大きな物語」を作り、維持、更新できているのでしょうか。それは文化とアーカイブにあると思われます。ドイツを見ていると、社会的な課題があると文化の力で共有し、視覚化していくことがよく見られます。さらにドイツが大切にしているのがアーカイブ。街の歴史などが大量に蓄積されています。たとえばドイツといえばビールですが、長い歴史で蓄積してきた醸造学など、ビールを囲む知識体系ができあがっていて、それが地域とつながり地産地消を実現しているんです。たとえばエアランゲン市のビール祭りの250周年の際、写真集が作られましたが、カメラマンや出版社などすべて地元で完結した文化プロジェクトであり、それがまた一つの街のアーカイブになっています。文化やアーカイブは都市の「大きな物語」を常に確認し、更新していく役割があるといえます。
都市と生活者は切り離せないものであり、生活者にリーチするためのクリエイティブに役立つヒントがたくさん詰め込まれていた今回のビジネスフォーラム。終了後の質疑応答も大いに盛り上がった。
プレゼンの中で「属人的」と形容された日本の都市デザインだが、文化や歴史に対する国民の意識の高まりに伴い、今後どのように変化を遂げて行くのか楽しみだ。
イベント概要
デザインから考えるドイツの都市の発想
クリエイティブビジネスフォーラム
メビック扇町では、クリエイティブに関する先端的・専門的な話題や海外情報等を提供するため、クリエイティブビジネスフォーラムを開催しています。今回は、ドイツの地方都市エアランゲン市に在住し、日独の生活習慣や価値観、社会システムの比較をベースに地域社会のビジョンをさぐるような視点で執筆活動を続けているジャーナリストの高松平蔵さんにお越し頂き、ドイツの地方都市のデザイン事情から、ドイツの都市にひそむ「社会の発想」についてお話しいただきます。
日独のデザインに対する考え方の違いが、都市や市民生活にどのような影響を与えているか。今後、我が国で活動するクリエイターが、都市や生活との関わりを深めていく上で、何らかのヒントを見い出すことができればと思います。
高松さんと参加者との質疑応答・意見交換も行いたいと思いますので、ご関心ある方はぜひお越しいただければ幸いです。
開催日:2014年7月18日(金)
高松平蔵氏(たかまつ へいぞう)
ドイツ・エアランゲン市(バイエルン州)在住のジャーナリスト。人口10万人の同市および周辺地域で定点観測的な取材を行い、日独の生活習慣や価値観、社会システムの比較をベースに地域社会のビジョンをさぐるような視点で執筆している。著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか—小さな街の輝くクオリティ」(学芸出版 2008年)、「エコライフ—ドイツと日本どう違う」(化学同人 2003年)など。帰国のたびに大学や地方自治体などで講演を行なっているほか、大阪のNPO「recip(レシップ / 地域文化に関する情報とプロジェクト)」の運営にも関わっている。
公開:
取材・文:和谷尚美氏(N.Plus)
*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。