新規事業への挑戦を支えた「デザイン思考」
I-LABO - クリエイターのためのイノベーション創出研究会

メビック扇町で開催されている、「I-LABO−クリエイターのためのイノベーション創出研究会」。これはクリエイターの力を活かし、専門領域の知識を修得してクリエイティブニーズを探ろうというもの。今年度はさらに踏み込んで製造や研究の場におもむき、最先端の現場を見学、専門家との交流を深め、産業、経済、社会のさまざまな分野でのイノベーション創出をめざす。

今回訪問したのは圧力計メーカーの株式会社木幡計器製作所。明治創業の百年企業ながらベンチャーマインドを持ち、IoTや医療機器の新事業を創出している。職人的な製造現場から、イノベーション創出支援施設を運営する同社が求めるクリエイティブを探った。

古くからものづくりの町として知られる大正。この地で1909年創業の圧力計メーカー木幡計器製作所がおもに製造しているのは、計器に内蔵された金属管の曲がり具合で圧力を測るブルドン管圧力計。約170年前にウジェーヌ・ブルドンが考案したもので、現在も基本原理は変わらず産業用圧力計として広く使われている。初代木幡久右衛門氏がこのブルドン管圧力計に着目し、家業の金物製造技術を活かして開発に成功。木幡計器は日本で3番目に古い圧力計メーカーとして誕生した。以来100年以上「錨印」ブランドの圧力計を生産し、造船業をはじめボイラー、燃焼器、化学、食品、建設など産業界における装置メーカーに採用されてきた。

2013年に木幡巌氏が代表取締役に就任してからは「老舗ベンチャー企業」を謳い、医療機器やIoTなど新事業を次々と確立している。医療機関や他分野メーカーとの共同開発にも積極的に取り組み、医療分野では呼吸筋力測定器、IoT分野では後付けIoTユニットなど今までにない製品サービスを生み出し続けている。「IoTはセンサ、ソフトウエア、通信、電源、セキュリティなどさまざまな要素技術を掛けあわせないと、製品はもちろんサービスも生まれません。IoTに取り組むことで分野を超えた連携の必要性を実感しました」。それが2018年から自社工場内で運営する、IoT・ライフサイエンス分野のイノベーション創出支援施設「Garage Taisho(ガレージ大正)」へとつながっていく。

老舗を支える職人技とイノベーションを生み出す場

まずは社内見学。工場の2階はミーティングルームや測定検査機が置かれたガレージ大正のコワーキング施設と、医療機器関連の組み立て室や保管室に使われている。「ガレージ大正では、ものづくりのネットワークやノウハウなどの無形の支援だけでなく、当社が保有する3DプリンターやCNC加工機といった最新のデジタル工作機器や汎用機械はもちろん、圧力基準器をはじめとした各種測定機器なども使っていただけますし、熟練の職人やエンジニアが製品開発や加工、試験検査業務を支援することもできます」。ものづくり以外にも提携の法務、財務、知的財産、広報PR、マーケティング等の各分野の専門家との連携で、事業化のための総合支援セミナーやサポートもおこなっている。

1階は圧力計の製造現場。「当社は船舶などの産業用を中心に1個からの完全受注生産です。つくりかたも昔から変わらず、伝統工芸品のような手作業が多い」。百ミクロンほどの金属膜を貼り付けるYAGレーザー溶接、ブルトン管と接合部の根本と先端部のロウ付け、そしてTIG溶接は「薄いもので50ミクロンのパイプをブロックの塊に手で溶接するのですが、熱の加減などを見ながらおこなわなければならない、とても高度な技術。溶接を専業にしている人も、こういった繊細な溶接は少ないので難しく感じるはずです」

「うちがやらなきゃ、どこがやる」そんな使命感が芽生えた

医療機器への挑戦、そのきっかけは約10年前にさかのぼる。管楽器販売店から、トランペット奏者の練習用に呼気圧の計測器がつくれないかと依頼がきた。従業員の1人が依頼者を知っていたこともあり、呼気圧測定器を製作。それをウェブに掲載していたところ、ある医療系大学から呼吸リハビリテーション用にと専用機器の製造を依頼された。呼吸リハビリは呼吸器の運動機能を向上・改善させて健康な生活を取り戻そうとする運動療法だ。開発に着手した時を同じくして、母である先代社長の肺がんが発覚し余命宣告を受ける。近年、肺がん、COPD(慢性閉塞性肺疾患)や誤嚥(ごえん)性肺炎などの疾患は増加を続けている。「母もそうでしたが、呼吸器疾患は初期の自覚症状が低いため患者の重症度は高くなる傾向にあり、潜在患者数も多い。また、一度悪くなるとなかなか元には戻らない。注目度は高いのに、呼吸機能を気軽に測れる測定器はこれまであまりなかった」。だが自社の技術が早期発見に役立つ可能性があるとわかった今、「うちがやらなきゃ、どこがやる」と使命を感じた。その後、国立の医療研究機関と共同で、乾電池駆動の携帯型の専用機としては「国内初」となる呼吸筋力測定専用器を開発し、事業化に成功。2018年11月に販売開始した。「従来はスパイロメーターという呼吸機能測定器のオプション機能として呼吸筋力を測っていました。スパイロメーターでは肺の換気量などを測るため時間がかかるうえ、被検者は長く息を吐き出す努力が必要です。対してこの製品は口腔内の圧力を測ることで呼吸筋力を測定でき、1秒半で測定が完了するため負担は低く、単機能器なので機器自体の価格も抑えられます」

医療参入の高いハードルを超えた「イノベーションのQPMI」

医療機器参入で開発をはじめた経緯を振り返った木幡氏、薬機法・業対応等の許認可などいくつも控えた高いハードルを超えるには「イノベーションのQPMI」が重要だと語る。これは「ガレージ大正」の運営で連携する株式会社リバネスが提唱する概念。QはQuestion(疑問や課題)、PはPassion(情熱)、MはMission(使命)、IはInnovation(革新)。今回の医療機器参入に当てはめると、「医療分野で呼吸圧力測定が必要なのか(Question)」「自社技術が活かせるのでは (Passion)」「母の肺がん発覚と余命宣告(Mission)」「クラス2医療機器認証と業許可取得(Innovation)」となる。医療の世界でイノベーションを起こすことは、非常に難しい。これまでの常識をくつがえす医療機器だと、画期的であるほど認可を受けるのに時間がかかるからだ。もうひとつの大きな課題は「保険診療点数がつくかどうか」。残念ながら、現時点では呼吸筋力測定器には点数がつかない。「測定に医療報酬がつかなければ、病院はなかなか購入しない。だから現在は大学病院で新しい臨床研究をする先生がおもな購入先。ただ呼吸リハビリは注目されていることは、事前調査したからわかっていた。医療機器参入には、この事前調査が必至となる」。木幡氏は参入を決める前に、ネットでの医学論文のリサーチにはじまり統計データや特許検索、さらに現場ニーズを知るために医療従事者へのヒアリングも徹底的におこなった。「これは事業探索調査(Feasibility Study)であり、こういったプロセスは、今思うとデザイン思考的アプローチであった気がします」

ユーザー視点を大切にするデザイン思考こそものづくりには必要。

木幡氏はネット黎明期に、ウェブ制作会社を経営していた時期がある。現在の仕事に携わりながらの経営で、製造業を理解していることが強みだった。「顧客から相談を受けたときに最初におこなったのが、同業他社のホームページを横断検索で調べ尽くすこと。おかげでユーザー視点で分析する習慣が身につきました」。横断検索によって知らない業界の動向が感じとれたり、依頼を受けた会社の強みをどう表現すべきかの戦略立案もできるようになった。デザイン思考とはこのユーザー視点で考えること、すなわち「共感性」だと木幡氏は言う。だがものづくりに熱中していると、忘れがちなものでもある。

「以前、在宅酸素療法という日常生活で酸素吸入が必要な患者さんに対して、ロボットやセンサの技術を活用し、酸素ボンベが人の動きに自動追随する機器が考案されたことがありました。ものづくりに携わる者として、私は単純にすごいと思った」。ところがこの話をしてくれた医師は否定した。当事者からすれば、ただでさえ酸素ボンベを引いて歩くのは目立つのに、ロボットがついてきたら見世物になる。自分たちの技術を追うあまり、患者の気持ちが置いてけぼりになっていると」。またプロトタイプを見たある医師からは、操作ボタンを直感的なものへと改良が求められた。しばらく触っていなかった看護師や理学療法士が操作を迷うと患者は不安になるからだ。「患者と医療従事者の信頼関係で成り立つ医療の世界で、それはあってはならないこと。ユーザー視線の重要性を再認識した瞬間でした」

クリエイターの参入で社会問題の課題を一緒に解決したい。

医療の世界は最近話題になる地域医療連携をはじめ、解決できていないことが山ほどあるという。昔から続く業界特有の構造も難しい。「医療機器の場合、日本では保険診療点数制度というものが重要ですが、イノベーションを起こすうえで足かせとなっていることもあるのでは?という気もします。そこを突破するには、今までとは違ったアプローチが必要。弊社で今後展開したいのが、この測定器を使った健康測定会。これなら保険点数も関係ない。測定会が浸透すれば、一般の人も呼吸筋に興味を持ってもらえます。だから呼吸筋をプロモートして、普段気に留めない“肺”の健康を意識してもらえれば。そして潜在患者に病院に行ってもらえるようにできたら、この測定器をつくった意義もあります」

ガレージ大正でも、地元病院の臨床工学技士たちと区内ものづくり企業が参加する医工連携についての研究会をはじめた。今後は月一回開催予定だ。自身もウェブ制作を通してクリエイティブな世界を知っており、デザイン思考でものづくりと向き合う木幡氏。だからこそクリエイターの表現力や課題解決力には強い期待を寄せている。
「医療の世界にはクリエイターの力が必要。みなさんが活躍する場所もいっぱいあります。ここで医工連携に加わっていただいて、一緒に世の中を変えていけたら」

公開日:2020月01月30日(木)
取材・文:町田佳子氏

株式会社木幡計器製作所

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