さまざまなものを“編集”して価値を見出す、それがゲイルの信念
竹原 伸一郎氏・村松 葉子氏:(有)ゲイル

一冊の紙媒体から展示会の空間レイアウトまで、幅広い分野を手がけるゲイル。多種の分野で力を発揮できる理由は、高い編集力と企画力、そしてデザインから生まれる価値提供にある。ゲイルが設立されたきっかけと、代表取締役の竹原さんと村松さんが考える、編集力について語ってもらった。

“デコ”と“ボコ”の2人がひとつになったら強い!


竹原氏(左)と村松氏(右)

代表取締役の竹原さんと村松さんが出会ったのは、今から約25年前のこと。当時、関西で発行されていた総合誌の編集記者時代だった。
「僕はエッセイや創作が好きで、感性的なところがあるんですが、村松は論理的。企画をロジカルにつめていく力がすごいんです。そんな“デコ”と“ボコ”の2人が、ひとつになったら強いやろうなぁ、と」。
そんな折、ある制作会社の社長から入社の誘いを受けていた竹原さんは、村松さんを引き連れて転職。大手企業の社内報などを手がけていたが、バブルが弾けたのをきっかけに解散してしまう。竹原さんと村松さん、そしてほかの社員は、独立か、組織として再始動するか、選択に迫られた。
「独立といっても、私たちはチームで編集をやってきたので、組織でないと難しい。当時のクライアントさんからも『ぜひ会社としてやってほしい』という要望もあり、社員5人で“再結成”することを決めました」と、村松さん。
そして97年の4月、ゲイルを設立。まずは会社にお金を蓄積せねばということで、5人とも半年は給料ナシ。そのかわり、「1年後にみんなで海外旅行へ行こう!」を合言葉に突っ走った。1年後には利潤を出し、合言葉どおり5人でロスに海外旅行へ。竹原さんは「ガムシャラというより、めっちゃ楽しかったんです」と当時をふり返る。設立時は編集者ばかりだったが、3年後に新人デザイナーも採用し、育てながら仕事の幅を広げていった。

編集力×企画力であらゆる媒体を輝かせる

雑誌やPR誌、社内誌から映像、Web、さらには展示場の空間プロデュースまで、ゲイルの手がける仕事はさまざま。そこで発揮されるのが、持ち前の「編集力」だ。竹原さんと村松さんは、長年培ってきた編集者の目で、どんな媒体でも魅力を最大限に引き出す。
「あらゆるモノの関係性を合わせて編集することで、価値を見出していくのが僕らの信条。デザイン、文章、写真、あるいは空間そのもの、それらすべてを編集して、受け手へダイレクトに伝わるようにする。それが僕らのすべてなんです」と竹原さんは語る。
村松さんも、「お客さんが誰かとコミュニケーションしたいとき、自分たちができる編集やデザインで価値を提供し、話題づくりのお手伝いができれば」と語る。
もうひとつの武器は、企画力。「設立まもないとき、印刷会社さんからコンペの話をいただいたり、代理店さんからマーケティングの仕事をいただいたりして、戦略や企画の作り方を徹底的に仕込まれました(笑)」と村松さん。ゲイルの、みずから企画提案して創り上げていく力がクライアントに支持され、PR誌や社内報のコンクールで様々な賞を受賞。「与えられたテーマのなかで考えるのではなく、企画から入っていくほうがモチベーションも上がりますね」。

阿波十郎兵衛屋敷

会社経営もクリエイティブ

松村氏

パワーに満ちあふれる竹原さんと村松さんにも、一時期迷いが生じたことがあった。それは、リーマンショックが弾けた頃。一緒に仕事をしてきたクライアントやカメラマンが大阪を離れ、さらに手塩にかけて育ててきたデザイナーの独立が重なった。落ち込んでいるさなか、村松さんは取引先の経営者から「会社経営にも向き合わないといけないのでは?」とアドバイスを受けた。「これまで、仕事上で経営者さんと付き合いがあっても、“経営者仲間”として向き合ったことはなかったんです。話してみると、皆さん自分の会社のビジョンや戦略、財務のこと、人材育成での悩みもあって。そこで、私たちも真剣に経営を考えないとあかんと思いました。これまで制作一筋に打ち込んできましたが、『社員が幸せになれるような会社にせなあかん』と、経営者として見えてくるものがあったんです」。

竹原氏

竹原さんも覚醒する。「ある人から『あなたたちは、経営者、やってますか?』という言葉を突きつけられたとき、『あぁそうか、仕事に夢中で経営は二の次やった。経営者として僕ら、本気でやってきたか?』と」。
会社経営、人材育成、これからのビジョンや戦略……。真剣に考えてふたりが行き着いた答えは「会社経営も、めちゃくちゃクリエイティブ。『編集と同じやな』と、おもしろくなってきました(笑)」。

編集とデザインで大阪を元気に

事務所

経営者としてはもちろん、今も編集者として第一線で活躍する竹原さんと村松さん。「私が思っているのは、現場から足を引いたらあかんということ。私たちは、プレーヤーであり、マネージャーでありたい。現場から離れたら、人を育てられへんじゃないですか」。そう話す村松さんは、人材育成への想いが強い。「関西から雑誌がなくなり、編集者がいなくなっていくことに危機感を感じますね。だけど、編集者って本当に幅広い。人そのものがメディアだと思うし、自分の人生を編集していくような世界。こんなやりがいのある仕事やのに、編集という考え方を学ぶ場所が失われてきている。だからこそ、今いるスタッフの幸せ感や実力、いろいろ含めて、私たちが経営者として責任を持って果たしていけば、次のビジョンが見えてくるのかな、と思います」。
そんななか、数年前からゲイルで編集の技術を学び、独立した仲間が再び集まってきているのも確か。「彼らがやめたときは心に穴が空いたように寂しかったですけど、独立した子たちが外で活躍して、『一緒にやりませんか』と言ってくれることで、『僕らの考え方を継承して、大阪で元気でがんばってるんや』とうれしいです」と、竹原さん。「志は『編集とデザインの力で企業を元気にしたい』、『優秀な編集者、デザイナーを育てたい』ということ。大阪から元気になって、西日本を、そして日本全体を元気にしたい。壮大ですが、そういうことを思わないことにはできないんですよ」

公開日:2012年08月03日(金)
取材・文:中野純子 中野 純子氏